鵺式。
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※百合作法 藤内視点
「藤内」
三年、浦風藤内は、一人廊下を歩いているところを突然呼び止められた。振り返ると、そこには珍しい人、四年の綾部喜八郎が音もなく立っている。
こういう風に後ろに立たれるのは初めてではないが、しかし未だに慣れない。最初は、たまごとはいえ忍者の端くれであるというのに一学年違うだけでここまで技量が違ってくるものかと驚き、苦悩したものだが、最近ようやっと自身が特別劣っているわけではなく、この人はこういう人なのだ、ということに気が付いた。現に、失礼ながら、鬱陶しいくらいの存在感を発揮する平滝夜叉丸が、自称たるところも多いが、この人よりも優秀と言われているのだから。
はい、と一言で簡潔に返事をする。それに満足したのか、そうでないのか、喜八郎はぱちり、と大きな目を瞬いた。
「今夜、委員会だって。一年にも伝えといて」
それだけ言うと喜八郎は踵を返し、今度はとことこと、忍びとしては間が抜けるほど軽快な足音をさせて去っていった。相変わらず不思議な人だ、と思って、はたと気が付く。
今夜、とは。
はて、委員長の気まぐれはいつもの事として、しかしさすがと言うべきか、その気まぐれはあくまで常識の範囲に収まっていたはずだ。どこかの委員会のように夜を徹し、屋外あるいは学外での無茶な活動は基本行なわないものだと思っていたのだけれど。
しばし考えて、ああもしや、と思い当たる。急に泣きたくなって、次いで一年にも伝えるようにと言われた事も思い出し、今度は胃が痛くなった。
その晩、作法委員会は作法室に集結していた。
入り口に向かい部屋の正面一番奥に座しているのが、我らが作法委員長、六年、立花仙蔵。その左右を固めるように向かい合って、喜八郎と藤内。そして立花先輩の前に並んでいるのが、一年の笹山兵太夫と、黒門伝七である。
一年の二人は普段何のお咎めもなしに入ることは出来ない夜の作法室に少し興奮気味であり、しかし普段とは少し違った何とも言えぬ重苦しい空気を感じているのか、静かなものだ。
自身の時はどうだったかな、とすでに遠い日を思うような目で藤内は考える。確か、同じようだったろうか。いや、小心者だから、もう少し緊張していたかもしれない。こうしてこの場に後輩を迎えるというのは、なんだか、少し居心地が悪かった。飄々とした印象の喜八郎も、内心はこんな思いをしていたのだろうか。
結局、一年には何を聞かれても、さあ、とか、行けばわかるよ、などとしか藤内は答えられなかった。その純粋で好奇心の塊のようなころころとした目が、まるで自身を責めているようで、むずむずした。
作法委員会において、夜が更けてから行なわれる委員会といえば、二つしかない。
一つは、首実検。あるいは死に化粧だ。普段使っている首の模型などではなく、本物の人の首、死体が運び込まれてくるのである。しかしこれには顧問が必ず立会い、何よりも低学年は参加することができない。かく言う藤内自身も参加したことはなく、仙蔵と喜八郎に少し話を聞いた程度だ。
もう一つは、顧問は退席し、高学年も低学年も関係なく、生徒は必ず参加する。
「今回の集まり、一年は初めてだな」
重々しい緊張感の中、発言したのは仙蔵だった。
委員長の一言に、一年はぴしり、と背筋を伸ばす。一年であってもさすがは作法委員、とこの場でなければ褒めてやりたいところだ。
「低学年が参加しなければならない夜を徹しての委員会は、この集まりだけだ。今年中にもあと何度かは行なわれる予定だし、作法委員会の慣例行事でもあるからよっぽどのことがなければなくなることはないだろう。これからも作法委員会に在籍するつもりなら、それを覚えておいて欲しい」
傍若無人と言われる仙蔵にしては、回りくどい言い方だった。そういえば、この人が最高学年になってからも初めての集まりだったか。仙蔵は、一拍置いて、溜息ともとれるような小さな息を一つ零した。
「今夜は、房事の作法についての委員会を行なう」
房事、と聞き慣れない言葉に、一年はきょとり、と首を傾げた。それに仙蔵は苦笑する。
この人でも困ることはあるのだなあ、とぼんやり思っていると、いつものように何処吹く風、といったような飄々とした態度で、喜八郎が言った。
「要するに、性交」