鵺式。
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※四年生ぐらい? 色々捏造




「おう、潮江。お前同室変わるんだってな」
「ああ」

部屋に入ろうとしたところで呼び止めるように声をかけられ、またその話かと文次郎はうんざりとした。今日だけで、何度そう呼び止められたか分からない。
文次郎の同室だった少年は進級試験に引っかかり、一年余分に学ばせるような余裕のある家ではなかったので、学園を辞めていった。特に珍しくもないことだが、それが馴染みある人間となると文次郎の心中は複雑だった。その背中を見送った時のそわそわとした感覚は、寂しい、というよりはこうはなりたくない、というのに近くて、自分自身に反吐が出た。
この話を振られるたび、その時の心地悪さを思い出す。

「いいよな、次の同室ってあいつだろ。羨ましいぜ」
「…あ?」

思わず、眉間に皺がよった。
この言葉も何度繰り返されたかわからない。何が羨ましいものか、と思う。もう二度と、あんな何かが腐ったような心持ちはごめんだと思うのに、的外れな羨みがいちいち文次郎を責めるように聴こえた。

「私の話か?」

背後から声がして振り返ると、そこには黒くて艶のある長髪をなびかせ涼しげな顔をした少年が立っていた。文次郎と同じように古い同室が学園を辞めていった、立花仙蔵。この少年こそが文次郎の新しい同室だった。
その顔を見て、文次郎に話しかけた同級生はなんでもない、と言って逃げるように去っていく。その背中を特に興味もなさそうに見送る横顔は酷く白く、どこか儚げだった。その横顔がゆっくりとこちらを見て、文次郎はどきりとする。

「潮江文次郎だな。立花仙蔵だ、よろしく頼む」

それだけ言うと、仙蔵は部屋の中へ入っていった。
仙蔵が目の前を通り過ぎた瞬間、ふわり、と花のような匂いが花を掠める。

「なんだ、入らないのか?」

開け放してあった戸の向こうから声をかけられて、文次郎ははっとした。
入るも入らないも、この部屋は文次郎と仙蔵に宛がわれたものだ。仙蔵は以前の部屋の整理に時間がかかったらしく、この部屋に移ってきたのは文次郎のほうが一日早かった。一晩過ごせばどんな部屋でもある程度は慣れてしまう多少雑な性格である文次郎だが、しかし仙蔵がその部屋の中にいるだけで、まるで全く知らない他人の部屋のように感じる。
男の癖に花の匂いなんかさせやがって、そう心中で吐き捨てる。追うように部屋に入るとすでに仙蔵はこちらに背を向けて、さっそく荷解きをしていた。
その日、二人はそれ以上一言も言葉を交わすこともなく、文次郎は並んだ布団に妙な居心地の悪さを覚えたまま、床に着いた。

翌日、目を覚ますと、隣に引いてあったはずのもう一組の布団はすでになかった。
自分も朝は早いほうだが、更に早いのか、と間抜けに欠伸を一つ零す。
すでに押入れの中に几帳面に畳まれていた布団を押し退けるように自身の寝ていた布団を大雑把に詰め込むと、手早く忍装束に着替え寝癖のついたままの頭を適当にまとめる。
最近、文次郎は委員会の先輩に習って朝の鍛錬を行なうようになった。怒ると恐ろしいけれど、頼りになる先輩だ。先日、朝の鍛錬だけでなく深夜の鍛錬にまでついて行こうとしたら凄まじい剣幕で怒られたので、夜の鍛錬はもう少しほとぼりが冷めてからこっそり一人でやることにして、今は朝飯前の鍛錬を欠かさず行なうことが自身に課した鍛錬の一つだった。
人気のない静かな裏庭に向かう途中、不意に何者かの話声が聞こえた。先約がいたか、と思って立ち止まり、場所を改めようかと思案しながらもつい聞き耳を立ててしまう。
話声は、二人。声を殺しているようだが、何か言い争っているようにも聴こえる。どうやら鍛錬をしているわけではなさそうだ。込み入った話をしているなら、立ち聞きは無粋だろう。しかし、忍びの性だろうか、好奇心が勝った。
文次郎は足音を、息を殺し、するりと壁際によって耳をそばだてる。

「…早朝から何かと思えば、用件はそれだけか?」

誰かと思えば。まだ一言二言しか言葉を交わしてはいないが、この鈴の転がるような声は間違いない、立花仙蔵だった。
早朝から一目を憚るようにして口喧嘩か、と文次郎は眉を顰める。
昨日の印象では、仙蔵は確かに人懐こい性格ではないようだが、しかし進んで何か争い事を起こすような人間にも見えなかった。話の様子からどうやら絡まれているのは仙蔵のほうのようだし、荒事になるならばさすがに止めに入らねばなるまい、そう理由をつけて文次郎はちらり、と影から様子を盗み見る。仙蔵は壁を背にして澄ました様子で、その正面には退路を塞ぐように同学年の男子生徒が一人立っていた。
普段から他人にあまり興味を示すことはなかったはずなのに、立花仙蔵という未だ掴み所のない少年のことを知りたいと思う。それが我ながら不思議だった。

「なあ、いいじゃねえか」
「断る。そこを退け」
「…ばらされてもいいのかよ?」
「好きにしろ」

言うが早いか、仙蔵は相手の向こう脛を思い切り蹴り上げた。
突然の出来事に、蹴られた本人どころか文次郎まで呆気に取られる。蹴られた当人と言えば、言葉にならない呻き声をあげてその場に蹲っていた。仙蔵はそれを心底見下したような目で睥睨して、その場を去ることもなく、男子生徒がまた立ち上がるのを悠然と待っている。
思わず、にやり、とした。
なるほどなるほど、立花仙蔵とはこういう人間だったか。外見からてっきりすかした脆弱な奴だと思っていたのだが、それ以上に気性の荒い、文次郎にとっては付き合い易そうな男だ。

「て、めえ!」
「おい、なにやってんだ」

ついに仙蔵に飛び掛かろうとした男子生徒を遮るように、文次郎はその中へ割って入った。突然の第三者の登場に仙蔵は目をまん丸にしているし、男子生徒に至っては顔を赤くしたり青くしたり、忙しいことだ。
よくよく見ると、仙蔵に蹴られた男子生徒は昨日文次郎に話しかけてきた男だった。
文次郎が何か言う前に、男子生徒はそそくさと逃げるようにしてその場を去った。後に残された仙蔵は、ばつの悪そうな顔をしている。

「喧嘩か?」
「…いつから居た」
「『早朝から何かと思えば』、あたりだな」
「…ふん、」

仙蔵は眉間に皺を寄せたまま小さく息をつく。

「立ち聞きとは、悪趣味だな」
「案外、根性あるんじゃねえか」

仙蔵の嫌味にも動じることなく、文次郎は笑った。面白い見世物を見れたことでか、不思議なくらい気分が高揚している。
変に上機嫌な文次郎を怪訝に思ったのだろう。仙蔵は片眉をあげて胡乱げに文次郎を見ている。

「もう少し脆弱かと思っていたが、そうでもないらしい」

思ったままを口にすると仙蔵はますます目を丸くして、それから酷く悪い顔をして、嗤った。
それ以上何かを言うわけでもなく、仙蔵はするり、と文次郎の脇を抜け颯爽と去っていく。その背中を視線だけで見送りながら、文次郎は昨日まで胸に巣食っていた靄のような感情が、次第に晴れていくのを感じていた。
面白い、面白くなってきた。口の中でそう呟いて、文次郎はようやっと先約の居なくなった裏庭で鍛錬を始めた。





愚者は机上空論に喘ぐ






10.12.21
なんかここからシモにいく予定だったみいたいだけど忘れちゃったよ^p^

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