鵺式。
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※ちったくなった仙蔵




一息ついて、幼くなった仙蔵を囲むように四人は座布団の一つもない部屋に座していた。
目の前には一口飲んだだけでとっくに温くなった茶が出されているが、正直文次郎にはこれが茶なのか薬湯なのか判断がつかない。留三郎と伊作はそれを顔色一つ変えず飲んでいるが、仙蔵は匂いを嗅いだだけで湯飲みを文次郎の前へ押しやって、あとは知らん振りだ。未だ口の中に広がる苦味に辟易としながら、文次郎は飲むでもない湯飲みをゆらゆらと揺らしていた。

「多分幻術の類だと思うんだよね」

言いながら、伊作は急須の口を自分の湯飲みに傾けた。次いで留三郎の湯飲みに注ぎ足して、それから文次郎の湯飲みにも注ぎ足そうとする。それをやんわりと断って、文次郎は改めて仙蔵を見た。仙蔵は眉を寄せて小首を傾げており、いまいち要領を得ない、といった様子だ。

「…そんな術、聞いたこともないが」
「僕だってないよ。でも物理的に骨格を縮ませる術なんてもっとあり得ないし」

幻の一種って考えたほうがまだ現実的じゃない、と嘯く伊作に、仙蔵もふむ、と少し考え込んでいるようだった。
術にかかった当人だけでなくその周囲の人間にまで伝播する幻術など聞いたこともないが、確かに、単純に骨格が縮んだというなら今のようになんともない、ということはない。現実、骨格を少し歪ませるというだけでも相当な痛みを伴う。演習中に初めて肩が外れた時はかなり痛い思いをしたし、と若干的外れなことを文次郎は思い出していた。骨格が外れるのと変わってしまうのとはそもそも同じ程度の問題ではないが、それが全身に及ぶとなればどれほどのものなのかなど想像もつかない。
特に痛がる様子のなかった仙蔵を鑑みれば、やはり幻術、つまり気のせいである、というほうが説得力もあるし、何よりも仙蔵の身体に害がないのならそれに越したこともなかった。
しかし目には幼く映るだけで実際には普段通りの仙蔵なのだと思うと、その仙蔵に自分が何をしてやっていたのか、もはや考えたくもない。幻術に嵌っているというのは不愉快だしその構造も不可解極まりないが、幻術が周囲にも伝播するようなものでよかった。誰もそれを不自然だとは思わないのだから。

「痛みも、熱も、だるさもない。全くの健康体だ。とにかく害はないと思う」

幻術にかかっているという自覚もあるし、一生このままということもないだろう。そう結論付けて、一応校医にも伝えておくと言う伊作に礼を言って、文次郎と仙蔵は部屋を後にした。短くなった足でとてとてと文次郎について歩く仙蔵の旋毛をちら、と見て、文次郎は内心息をつく。
差し当たって仙蔵に害はないのは安堵した。しかし次の問題は当の仙蔵をどうするか、である。このまま仙蔵が気ままに学園内を歩き回っては少なからず混乱を生じさせはしまいか。仙蔵自身騒ぎになるのは本意ではないだろう。あまり出歩かず部屋の中で過ごすのがいいが、だからといって一人にしたものだろうか、と文次郎は密かに唸る。子ども扱いするつもりは毛頭ないのだが、それなりの不自由はやはりあるはずだった。文次郎自身共に居ることが出来れば何の問題もないのだが、如何せん、今朝は会計委員会の活動日である。決算も近い重要な委員会を、委員長たる文次郎が欠席するわけにもいかない。
仙蔵の様子を知っても大して動揺しない誰かに頼むのもいいかと思うが、伊作は不運だし、留三郎は幼児趣味だし、長次にはもれなく破天荒な小平太がついてくる。大なり小なり、不安要素が絡んでくるのはやむを得ないか。

「文次郎、」

一人悶々と考え込んでいると、小さな手に袴を引かれた。なんだ、と振り返ると木の実のような大きな目がこちらを真っ直ぐに見ていて、それにしても当事者のくせによくもこんな状況で物怖じせずいられるものだと思う。

「私は部屋にいる」
「あ?」
「今日は委員会があるのだろう」

しまった、と文次郎は内心舌打ちした。無意識に寄ってしまっていた眉間の皺を意識してもとに戻す。
本人が気にしている風ではないとはいえ、その内心は簡単に推し量れようもない。それが天邪鬼なところのある仙蔵とあればなおさらだ。自身は厄介ごとに巻き込まれているからとはいえ、厄介ごとの当事者に気を遣われるなどなんだか負けた気分になる。

「…大丈夫か?」
「いざという時には伊作のところにでも行くさ」

言いながら、仙蔵は小さな手に比較して随分大きく、重く見える部屋の襖を引き、さっさと中に入っていった。いくら小さくなったとはいえ、何もかも庇護してやる必要などない。態度がいちいち変わるのも仙蔵にとっては鬱陶しいだろう。
思い直して追うように部屋に入ると、仙蔵はどこからともなく火薬の入った壷を取り出していて、文次郎はぎょっとした。

「お前何するつもりだ?」
「火薬の調合だが」

今日は湿気もないし天気もいい、暇つぶしには丁度いいだろうと、仙蔵はあっという間に床に店を広げてしまった。仙蔵の今にも折れそうな柔い手が火薬壷に突っ込まれるのかと思うとぞっとしない。しかしそうでもしなければ手持ち無沙汰に引き篭もるだけなのだろうと思うと、それはあまりに気の毒で文次郎はぐ、と言葉を呑み込んだ。
今日は早めに休憩をとって一度様子を見に来よう。思って、文次郎は後ろ髪を引かれるような気分で委員会に出かけていった。





10.06.28
幻術?いいえ私の都合ですげふんげふん

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