鵺式。
http://nanos.jp/nueshiki/



※ちったくなった仙蔵




刈り取られたばかりの青草、あるいは暫く乾燥させた枯草、そんなものがごちゃ混ぜになったような、まるで馬の餌を敷き詰めたような臭いの充満する部屋だった。本人には明確な意図と目的があるのだろうけれど、傍から見る文次郎にしてみれば必要とあれば医務室で全て事足りるのだから、手当たり次第に薬と名のつくもの、それこそ治療薬に留まらず毒薬の類まで、個人的に収集したところでどうなるものかと思う。
圧迫するように壁際に乱立した薬棚に飽和状態まで得体の知れない薬を詰め込んだ部屋に住まうというのは、そう足らしめた当人は気にもしないのだろうが、ただ同室というだけでそれを許容しなければならない者は負けず劣らず不運であると言わざるを得ない。それを気の毒などとはこれっぽっちも思ってはいないが。
そんな草まみれの部屋の何処から引っ張り出してきたのやら、伊作は少し古びてはいるものの存外しっかりとした一年生の制服の皺を伸ばすように軽く叩く。聞けば、二年生に進級した際に発注の不手際で伊作だけが一年生の制服を宛がわれ、代わるものが用意できるまでやむを得ず数日一年生の制服で過ごし笑い者になったとか。そういえばそんなこともあったか、と仙蔵は興味なさげに頷いている。筆頭になってからかったのはまず間違いなくお前だろうと思って、文次郎はそれを呑み込んだ。いかなる時も加害者の意識というのはこんなものだろう。かくいう文次郎自身も笑ったに違いない、全く覚えはないが。
ともかくなんの因果か、仕舞いこみそのまますっかり忘れられていたのをちょうど先日棚の整理をしている際に見つけ、持て余していたらしい。棚の整理、と聞いて嫌な予感はしたものの、皺を伸ばしていた時に枯れ草が二、三落ちたのは気のせいではなかった。受け取った瞬間にすん、と鼻をつくような臭いがしたが、文次郎は問答無用と仙蔵に手早くそれを着せる。寸法はあつらえたようにぴったりだが、仙蔵が引っ切り無しに袖の臭いを嗅いでは口を引き結んで眉を顰めていたのを、それまで仙蔵の身につけていた寝間着を畳みながら見ない振りをした。

「仙蔵は小さくても美人さんだねえ」

所謂不運への抗体なのだろうか、そうのんびりと感心している伊作に更に頭が重くなる。
小さくなった仙蔵を腕に抱えてこの部屋を訪ねたときの伊作の第一声はあろうことか「可愛い!」、だ。思わずこけそうになってなんとか留まったわけだが、これの緊張感のなさというか、一貫した落ち着きぶりは一体なんだろうか。

「当然だ」
「うん、可愛い可愛い」

自慢げに小さなたっぱで胸を張る仙蔵と、それをにこにこ微笑んでみている伊作の図はまるで生意気盛りの孫とそれを溺愛する爺さんだ。和やかな雰囲気に文次郎は一層脱力する。
焦っているのは自分だけなのか、概念がずれているのは自分なのか、と思って、それぞれの意味で非常識なこの二人を前に自分だけがずれているかと言えばそうではないだろう、と即座に思い直してまたどっと気疲れした。

「…おい、伊作」
「なに?」

伊作は未だ仙蔵を構うのに夢中のようで、どうでもいいような適当な返事が返ってくるだけだ。逼迫していた状況で一番に頼った相手がこれではどうにも締まらない。
とはいえ病人怪我人と聞けば何を置いても、それこそ敵でさえ治療してしまうのが伊作だ。この様子なら余計な心配だったのだろう。それには確かに安堵したが、しかしそれにしたってそう判断するに至った理由を明確にしてもらわなければこちらも座りが悪い。
説明を求めようと口を開きかけたその時、人目がつかないようにと締め切られていた部屋の戸が、背後で勢いよく開いた。

「…なんでテメーがいんだよ」

現れたのは伊作と同室、もう一人の部屋の主の食満留三郎だ。留三郎は戸を開けた途端目の前に立ちはだかっていた文次郎に眉をひそめる。
確かに、文次郎とて何気なく自室に帰ってそこに普段から気に食わない人間が立っていれば同じ反応をするだろう。そして売り言葉に買い言葉、あっという間に口論だ。しかし今この状況で、すでに文次郎にそんな気力はほんの欠片も残ってはいなかった。
振り返って顔をしかめるだけで何も言い返してこない文次郎を気味悪そうに見て、留三郎は部屋の中に視線を移す。そこで初めて、伊作と文次郎に挟まれるようにしてこちらを見上げている一年生の制服に気がついた。途端、子供好きする質の留三郎の表情がたちまち柔らかくなる。

「お?なんだ、一年か?」

留三郎は視線の高さを揃えるように膝を折ると、人好きのする笑みを浮かべて仙蔵の頭を撫でた。それに何を言ったものかと思案したまま何も言わない仙蔵と、まるで見てはいけないものを見たというようにぎこちなく視線を反らした文次郎に、伊作は苦笑する。

「留さん、よくみて。一年じゃないよ、仙蔵だ」
「あ?仙蔵?」

伊作の言葉に首を傾げ、留三郎は真っ直ぐに視線を返してくる仙蔵の顔をまじまじと見る。数度瞬いて、何かを考え込み、それから戸惑うように口を開いた。

「……妹、か弟」
「立花仙蔵本人だよ」

即答に、留三郎は凍りついた。しかし本来察しのよい留三郎だ。見覚えがあるようなないような一年と文次郎が自室に揃っているという事の顛末に大体当たりをつけて、頭を抱えて一つ溜息をつくと、仙蔵の頭に置いたままだった手をそろりと離して立ち上がり、じとりと伊作、と振り返る。

「お前何した?」
「なんにもしてないよ!」
「俺はてっきりまたお前が怪しい薬でも調合したのかと」
「またってなに!?」

失礼な!そう喚く伊作に、なおも留三郎は胡乱な視線を向けていた。長らく同室とはいえ、やはり留三郎にも苦労はあったようだ。珍しく口論を始めた二人を傍目に、当の仙蔵は興味もなさそうにくわ、と大きな欠伸を一つ零している。文次郎といえば、留三郎が登場したことで少しは状況に則した雰囲気になったことに少なからず安堵を覚えているのを認めざるを得ず、どこか遠い目をしていた。
留三郎が入ってきてそのまま開け晒しになっている戸から眩しい日差しが差し込んでいる。微かに入り込む穏やかな風が心地いい。このなんとなく陰鬱な部屋で共同生活が成り立っているのは一重に、本人達の相性以前にこの日当たりと風通しの良さによるところも少なからずあるのではないだろうか。
清々しい、実にいい天気だった。





10.05.22
私は6はをなんだと思っているのか

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -