鵺式。
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※死ネタ?注意




夜の帳の下りた、ただ冷たいだけの夜。
一つの足音が反響し、幾重にも重なって闇に呑まれていく。

「誰だ」
「…私だよ」

振り返ることはしなかった。
聞き慣れた、しかし酷く懐かしい声が鼓膜を通り越して頭蓋に響き、脊髄を伝って全身に伝播する。

「……ふざけるのも大概にしろ!」

猫のように肩を怒らせ、叫ぶ。けれど声は掠れて、裏返って、随分情けなかった。

「なぁ、文次郎。お前は私を忘れてしまったのか?」

ひたり、背後に張り付いて離れない気配。
髪の毛一本触れていないのに、まるでさわりと撫でるような風に肌が粟立った。
狐のような切れ長の吊り目、下弦の月のような笑み、雪のように冷たくすべらかな肌、匂い立つ百合のような立ち姿、全てが虚像と化して脳裏に焼きついている。

「黙れ…」

吐き捨てた声は地を這うようにたゆたって、草むらに紛れる蛇のように気配を探る。けれど空を掴むように曖昧な気配はただそこにあり、尚も問う。

「この声も、この身体も、この心も、忘れてしまったのか?」
「その声で喋るんじゃねえ!」

頭蓋の器に酒を注がれて、滅茶苦茶に掻き混ぜられる気分だった。
失くすまいと仕舞いこんでいたもの全て、どろどろに溶けて目から、喉から、全身から滲み出る。

「あいつは死んだ。俺の目の前で死んで、俺の腕の中で冷たくなって固くなって、俺がこの手で埋めた!」

背後の気配は、ただ笑った。

「ああ、死んだ。確かに死んだよ。胸に小太刀を突き立てられた。けれど心臓には届かなくて、それはただ肺を突き破って、喉まで芹り上がった血を吐き出し続けた。なかなか死ねないし、お前も楽にはしてくれないし、この世の全てを呪ってやろうと思うくらいに苦しかったよ」

ただ静かに、彼の者の最後を語る。瞼に焼きついて離れない、黒と、白と、赤と、芯から凍りつくような冷たさ。
背を伝う冷や汗、指先はすでに氷のように冷たく、全身はそれこそ凍りつき一寸も動かない。

「…何者だ」
「私は私だよ」
「ありえない」

あるはすがない。なぜなら男の最後は見知っている。
今頃骨もなく地に還ったはずだった。髪の毛一本、何一つ奪うことはしなかった。

「全く相変わらず理解の足らん男だな。腐っても忍び、疑り深いのは結構だが、己を疑うのは愚かだ」

いつかされた叱責、虚像は瞼の裏に逆さまに、片足に体重を乗せ腕を組み首を傾け、呆れたように笑った。

「死んだんだ」
「ああ、死んだな」
「何故」
「さあ、死んだからかな」
「何のために」
「もちろん、お前に会うためじゃないか」
「…本当に、お前なのか」
「さあ文次郎、呼んでくれ、私を」

わかっていた。それは篭絡。まるで縋るような、声だった。

「せん、ぞう、」





うしろのしょうめんだあれ






10.03.14
多分、全部文次郎の妄想^^
死ネタは時代物の王道


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