七松小平太

Cthulhu




仙蔵は、首を飛ばした。
文次郎は、手足を引き千切った。
留三郎は腹を裂き、伊作は頭を潰した。
久々知は皮を剥ぎ、尾浜は井戸に沈め、竹谷は喰い千切り、鉢屋と不破は、区別が付かなかったな、片方は目玉を抉りもう片方は焼いた。
四年生や下級生達はあんまり手応えがないから見向きもしなかった。何故だか先生方はいなかったな、そういえば。

一晩のうちに、学園は阿鼻叫喚の渦中に変ずる。

もちろん、夢の話だけどな。



私は、夢を見る。
それが一体いつからなのか、もう思い出せない。つい最近からだった気もするし、昔からの長い付き合いだったような気もする。
夢の始まりは大概、まるで空想めいた巨大な化け物に対峙して始まる。
化け物はタコのような丸い頭部、イカのような触腕を無数に生やした顔、巨大な鉤爪のある手足、ぬらぬらした鱗に覆われた山のように大きくぶよぶよした身体、背にはコウモリのような細い翼を持っていた。
化け物は穏やかな優しい目で、いや、本当はあれが目なのかはよくわからないんだが、それでも私に対して語りかける。酷く静かに、いいよ、と。

『■して、いいよ』

それを聞いて、私は怒る。笑う。頷き、首を横に振り、蹲り、立ち尽くし、雄叫びを上げ、泣き咽ぶ。子供のように。獣のように。
そして、私は衝動に突き動かされるまま一人ずつ■していく。学園中を当てもなく歩き回り、出会い頭なので順番は割とバラバラだが、間違いなく■すのは同じ奴らだ。■し方も大体同じ。

仙蔵相手に遠距離は駄目だ。胸元に飛び込み苦無一閃で■す。
文次郎は組合って一本ずつ砕いて動きを封じて■すのがいい。
留三郎は擦れ違い様、伊作は背後から、あの二人は警戒心がないから楽に■せる。
久々知は引き摺り回して、尾浜は殴り倒す。頭はいいが体力は他の奴らほどじゃない。弱らせてじわじわ■せる。竹谷は、あいつは面白い。一番下手に足掻くから■すのも一苦労だ。鉢屋と不破は、絶対に目を逸らさない奴と絶対にその場から動かない奴がいる。多分前者が鉢屋で後者が不破なんだろう。揉み合ってるうちにどっちかわからなくなって結局どっちも■すから興味ないけどな。

それぞれの■に顔が、驚愕、恐怖、憤怒、困惑、呆然、無念、哀惜、そんな、色んな感情が入り混じった複雑な表情をしていて、けれど誰一人同じ顔をしていない。ああ、でも■に顔わからない奴も何人かいるな。まあいいか。

夢から醒めて、私は安堵と共に落胆する。そして、次の夢を待つ。
正直、とても、■しい。生暖かい返り■を浴びるたび、■が砕ける音を聞くたび、震え上がるほど■しい。
みんな不穏で、酷薄だと罵るだろう。面倒だから口に出して言ったことはない。結局私の夢の中の話だし、実際に■してるわけじゃないんだから責められることもない。
まあ、たまに夢を引き摺っちゃってやり過ぎちゃうこともあるんだけどさ。

そんなとき、頼りになるのが長次だ。
長次はやり過ぎる私を諌め、私の背中を押し、そっと傍らに寄り添う。これほど信頼に値する人間を私は知らない。もちろん、他のみんなを信頼してないってわけじゃないんだが、長次は、きっと誰からも信頼され、害されることがない。害することがない。そんな奇跡のような人間だ。



今朝の、夢の話だ。
私は、また夢を見た。いつも通りの、■しい夢だ。一人、また一人、■していくたびに満たされる。
けれど、全員■しても、その日の夢は終わらなかった。■溜まりの中に立っているのは私だけではなかった。もう一人、長次が、立っていた。
化け物の声が頭の中に反響する。いいよ、■して、■して、いいよ、さあ。

長次は、■してきた奴らの中で唯一、抵抗らしい抵抗を見せない。
静かで、穏やかで、優しい、その目で、私を見る。見ているだけだ。まるで夢の最初に現れるあの化け物のように、私の全てを許し、目を閉じる。

噎せ返るような■の臭い、■が裂ける感触、暖かい、砕いて、引き摺り出して、喰らう。
私は、それまで感じたことのない■■に、慄く。震え上がる。体が芯から作り変えられていくかのような感覚。こんな感覚を知ってしまったら、もう無理だ。他で満足なんて出来ない。なんて、■しいんだろう!



目が醒めても、私は暫く身動き一つすることが出来なかった。
背中がじっとりと冷たい汗で濡れ、手が震える。寒くもないのに歯の根が合わない。
私は、どうしてしまったんだろう。
ゆっくりと、隣に敷かれた布団を見る。布団は乱れ一つなく、使われた形跡がない。ここ最近、長次は図書室に篭りっきりで何か調べ物をしているようだったが、結局昨夜も図書室で夜を明かしたらしい。
私は嘆息する。それは、安堵でも落胆でもなかった。



その日、長次は学園から姿を消した。
残された図書室はまるで気が触れたかのように様々な、解読出来ない資料のようなもの、書物をバラバラにしたようなものなどが散乱していた。長次が部屋で休まないどころか、公共の場を私物化することだけでも珍しかったのに、それに気が付かずに、夢に溺れていた私は、一体なんだ。

もしかしたら、ここ最近の学園の異常は、夢ではなく実際に私がやらかしていたんじゃないかと思って、笑った。酷く馬鹿らしく、おかしかった。
耳の奥で、まるで蝿の羽音のような、全てを覆い隠すような耳鳴りがする。あるいは、潮騒のような。
ああ、そうだな、それはいい。



■ぬなら、海がいい。




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『クトゥルフ』

太古の地球に飛来しルルイエなどを築き、古のものと地球の覇権を賭けて争ったが、死の眠りにつき、ルルイエと共に海底へと封印された。
タコに似た頭部、イカのような触腕を無数に生やした顔、巨大な鉤爪のある手足、ぬらぬらした鱗に覆われた山のように大きなゴム状の身体、背にはコウモリのような細い翼を持つ。
星辰が正しく揃った時、復活し、この世を再び支配すると言われている。
旧支配者の一柱ともされ、「水」を象徴し、「風」の象徴であるハスターと対立するものとされる。
眷属は、ダゴン、ハイドラ、深きものどもなど。
ルルイエは、星辰が適切な位置に近づいたごくわずかの期間や地殻変動によって、海面に浮上することがある。そのとき本来大量の海水により遮られているクトゥルフの夢がテレパシーによって外界へ漏れ、ある種の精神的なショックを及ぼす。
以前海底火山の活動に伴ってルルイエが浮上した際には、子供や芸術家など感受性の強いものの間に、同時多発的な激しい悪夢、精神異常、自殺の頻出などが見られたとされている。

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