中在家長次

The King in Yellow




自分は、一体何をしてしまったのだろうか。

久々知が任されたらしい南蛮渡来の書物。その解読を、同室の尾浜と共に寝る間も惜しみ取り組んでいると聞いたので、少しでも役に立てればと資料などを探した。
図書委員会の予算で関連書を取り寄せたりもしたが、何よりも驚くべきは元よりその多くが図書室の蔵書にあったことである。長年図書の整理を行っており、もちろん蔵書の点検など幾度もしたが、そういった本の類がどこに紛れ込んでいたのか。ともかく、長次はこれならば、と勇んで関連書の解読に没頭した。
不思議なほど、作業は捗った。誰の仕業か知らないが、古びて黄ばんだ書物達はすでにいくらかが解読済みだったのである。それらを照らし合わせ、法則と指向性を読み解く。そうして出来上がったのは、南蛮の書物を読み解くための山のような資料だった。原書を持っているのは久々知達なので、あとはこれを託せば優秀な彼らならばすぐに原書を解読せしめるだろう。

そうして学園にもたらされたのは、未曾有の異常事態だった。

託された原書を解読したらしい久々知は、何か大病を患い部屋から出てこられなくなった。まるで後を追うように尾浜が帰らず、鉢屋が惨たらしく死に、竹谷、不破が失踪する。五年生ばかりではない。六年生は、まず仙蔵がいなくなった。それを探しに出た文次郎が帰らない。その後留三郎まで消え、四年生の田村は文次郎を欠いて最初の会計委員会を最後にいなくなり、綾部や滝、斉藤に至っては、いつどうやって消えたのか知られぬまま忽然といなくなった。残った上級生は、小平太と、伊作と、自分。

久々知や尾浜は優秀だった。資料を渡さなくてもいずれ原書を解読しただろう。
しかしもし、資料を渡さなければ、まだこの学園は平穏としていたのではないだろうか。あるいは一生脅かされることはなかったのではないか。

長次は、久々知が託されたという原書の内容を知らなかった。
最早聞ける者もない。しかし、彼らが読み解いてしまった物がこの災厄を引き起こしたというのなら、それを知ることがどんなに危険なことであろうとも、今更自分だけ逃れようとは思わない。
そう、思案していた矢先のことだった。

早朝、図書室へやってきた長次は、図書室の戸を開け、そのまま凍りついたように動けなくなった。
そこには、見覚えのない一冊の書物が置かれていたのである。
書物は、やはりと言うべきか、件の判読できない南蛮の文字で書かれ、何かの文字のようにも見える幾何学的な印が記してあった。
これは久々知達が解読に勤しんでいたあの書物なのだろうか。
長次は、最悪の事態を考える。もしそうなったとき、自分は何を失うだろう。自分の身だろうか、残った友人達だろうか、尊い下級生達だろうか。もし何かが起こったとき、自分にはきっと償うことが出来ないだろう。
それでも、長次は静かに、書物の扉を開いたのだった。



書物を紐解こうと決心したそれは、罪悪感や好奇心、そんなありふれたものでは到底なかった。
何者かに導かれるように、操られるように、長次は書物の解読に没頭した。食事も睡眠も取らず、ひたすら図書室に閉じこもり、誰も中に入れることはない。
思えば、書物を手にしたときからおかしかったのだ。書物はあの朝、誰の手によって長次の目にだけ留まるようにああして置かれていたのか。目的は長次に書物を解読させるためだろう。しかし誰が何のために。わかっていながらそれ以上考えることをやめ、長次は尚も全てを投げ打って書物を穴が空くほど読み込んだ。それは焦燥と言うよりは、何かある種の使命感のようなものであった。

わかったのは、その書物は『黄衣の王』という表題であること。その王は狂気を振り撒き、人を破滅させること。そして何より、それが形容しがたいほど「美しい」こと。

それを理解してから、長次は自分を苛む何者かの存在を感じていた。それは影であり、空であり、常に長次の傍らに寄り添っている。もう、それほど時間は残されていない。
長次の手元には、もう一冊の、南蛮文字で画かれた書物があった。
久々知達のために資料を作る傍ら見つけたものである。表題は、「死霊秘法」。何者かによる走り書きが、この書物には残されていた。

『あらゆる恐怖から逃れるための、秘法を記す』

長次が、彼らが、あるいは生き残るための方法。それが、この書物には記されているかもしれないのだ。
せめて、後の彼らのために何かを残す。



それまでは、眠ることはないのだと、長次は背後に立つ何者かに向かって呟いた。




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『黄衣の王』

読む者を破滅させる呪われた戯曲。「黄の印」と呼ばれるシンボルとも文字ともつかない奇妙な紋章が表紙に描かれている。著者と成立年代は不明。
登場する黄衣の王は常人の倍ほどの背丈があり、蒼白の仮面をつけ、異様な彩をしたぼろを身に纏っている。戯曲を構成する二幕のうち第一幕は全く無害だが、第二幕は狂気に満ち内容を知ってしまった者を破滅させる。
かつて「黄衣の王」を読んだ者は自分が黄衣の王の従者になりその下で国を治める王となる妄想に取り付かれ支離滅裂な手記を残して死んでいる。
「帝王たちの仕える王」と呼ばれる黄衣の王は、「名状しがたいもの」ハスターの顕現に他ならない。

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