綾部喜八郎

Tsathoggua




穴を、掘っていた。
いつもの通りと言えばいつもの通りなのだけれど、今日はとにかく、まあ、掘っていたわけで。

いつもなら、硬い岩盤に当たるか、上から滝ちゃんがご飯だと呼んでくれるか、六年の善法寺先輩が落っこちてくるかして、いい塩梅で切り上げるのだけれど、今日はそのどれもがなかった。それだけ。
気が付けば、自分の掘っていた穴の中に、更に大きな穴が広がっていた。落ちた。蛸壺を掘っていた先で蛸壺に嵌るとは、これいかに。
落ちた先で、何か大きな柔らかいものに当たって、そこから滑るようにして更に落ちた。そこは痛かった。土の臭いがする。感触も土だ。口の中に飛び込んできたのも、土だ。ぺえ。

かなり落ちてきた気がするけれど、と上を見上げればやはりかなり深い。自分が落ちてきたらしき穴が遠くに見え、その更に遥か先に星屑ほどの小さな白い光が見える。あそこが地上だろうか。
穴の中深くだけあって光はほとんど届かない。それでも普段薄暗い蛸壺の中で過ごしている分、暗いのには慣れている。闇の中で、目を凝らすと、何か巨大なものが蠢いているのがわかった。

巨大な何かは、ぶくぶくに太った大きなヒキガエルだった。しかもこのヒキガエル、産毛のような細かい毛が全身に生えている。それに大きいと言っても半端じゃない。なるほど、大きな穴の正体は、こいつの巣穴だったらしい。そこを掘り当てて、こいつの腹を緩衝材にしながら落ちてきてしまったのだ。

ヒキガエルは、口からでろりと長い舌を出し、半ば瞼が閉じられた眠たげな目で私を見た。おお動いてる。

「人の子か、如何様にして参ったか」

あろうことか、ヒキガエルはしゃべった。しかもやけに堅苦しい感じ。正直飛び上がるかというほど驚いたけれど、蛸壺を掘りながら眠ってしまって、こんな面妖な夢を見ているのだとすれば納得だ。
せっかくだから、滝ちゃんが起こしてくれるまでもうしばらく楽しもうと思う。

「いかように、と聞かれても、穴を掘っていただけなので」
「はて、人の子とは斯様ほども凡庸で矮小なものだったか…このようなことが往々あった気もするが、由、腹は減ってはおらぬでな。我が望むは一つ、汝人の子の不存在よ」
「はあ、でもこう高いと自分では帰れそうもないですね」
「ふむ…」

ヒキガエルは器用にも、何事かを考え込むようにしてあるようなないような首を傾げて見せた。この器用な巨大ヒキガエルをみんなに見せたら驚くだろうなあ。夢の中だから誰にも見せられないのが残念だけど。

「夢か、ならば我の望みも適う」

あれ、声に出したつもりはなかったんだけど。さすがは夢の中ってこと?

「迷わずに委ねろ、さすれば辿り着くだろう、『夢の国』へ」

夢の国?問う前に、巨大なヒキガエルは姿を消していた。それどころか、一瞬の間に薄暗く土臭かった周囲の景色は一変し、色鮮やかな、言葉では言い表しようのない、奇怪な世界に変わっていた。

「…おやまあ」

ここが何処で、なんなのか、さっぱりわからないけれど、せっかくなのでここはやはり、冒険してみるのが筋ではないだろうか。
私は、奇怪な世界へ踏み出した。




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『ツァトゥグァ』

人類以前に地上で繁栄していたヘビ人間や有史以前の亜人間たちに崇拝されていたとされる。他の旧支配者に分類される存在より、比較的危険度が少ない存在として描かれることが多い。生け贄に捧げられた人間を「空腹ではない」という理由で、食さずに他の神の元へと送ることも。
地球誕生直後に、サイクラノーシュ(土星)から地球に飛来した。現代においては、地下世界ン・カイに棲むとされる。
ツァトゥグァは巨大な腹部とヒキガエルに似た頭部を持ち、口からは舌を突き出し、半ばまぶたが閉じられた眠たげな目をしている。体色は黒く、体表は短く柔らかな毛で覆われ、コウモリとナマケモノの両者の姿を連想させるとされる。

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