食満留三郎

Gol-goroth




一体、何が起こっているのだろうか。
きっと、皆が違和感を持っている。ただあまりにおぞましく、そうと言い表せる確固とした存在ではないから、一様に口を噤んでいるだけで。

ある日の夕刻、仙蔵が消えた。帰ってこなかった。それを探しに出た文次郎までもが帰ってこない。
逸って更に探しに出ようとした俺を、伊作が止めた。何が起こっているのかわからない今、無闇に探しに出てはまた被害が出るかもしれないから、と。曰く、万が一何事かがあった場合一人が報告に戻れるよう二人一組で後日探しに行くべき、と伊作は言った。それに長次が同調し、小平太や俺に異があろう筈も無く、俺達のすべきことは決まった。

その間、誰が一番浮き足立っていたかというと、意外にも俺を留めた張本人の伊作だった。
先生方に聞いても詳しくは話してもらえなかったが、どうやら他の学年でも同じようなことが起きているらしい、と伊作は言う。
俺にはよくわからないが、特に五年生達の様子がおかしいらしい。言われてみれば確かにここ最近は薄紺の制服をあまり見かけていない気がする。委員会に五年生を擁する長次はああ見えてとても優しい奴だから、気が気ではないだろう。
俺は、目的が同じであるのなら五年生達とも協力するべきだ、と進言した。満場一致で同意されるものだと思っていたのだが、反して皆が渋い顔だ。伊作が言うには、どうにも彼らの行動自体がおかしいから関わらないほうがいいのだと。そして、彼らは学園の中で何が起こっているのか知っているのかもしれないとも。
だとすればなおさら協力を仰ぐべきだと詰め寄っても、伊作どころか長次や小平太まで首を頑として振らない。関わらずに済むのならそれに越したことはない、伊作はそれ以上何も言わなかった。俺にはもう何がなんだかよくわからない。



俺達は後日、朝早くから俺と伊作、長次と小平太で、行方の知れなくなった二人を探しに出た。
学園を挟んで裏山側と城下町側に別れる。仙蔵と文次郎が居なくなったのは恐らく裏山を越えた裏々山で、そちらは俺と伊作担当だ。伊作は道中である裏山付近を、俺は裏々山を越えた辺りをそれぞれ探す。正午と共に一旦切り上げ、集合場所に一刻過ぎても現れない場合は狼煙を上げ他の者に非常事態を知らせる手筈だ。

裏々山の山道は険しくまさに獣道と言うべくだったが、それでも勝手知ったる場所である。あの仙蔵や文次郎が何日も足止めを食らうような事態に陥るとは考え難い。あるいは二人で結託して俺達を驚かせようとしているのではないかと思って、すぐに馬鹿らしいと打ち消す。この問答を何度一人で繰り返したか。
ぶちぶちと文次郎の悪口を毒づきながら山を駆け下っていると、視界の端に一瞬だが何かを捉えた。
急停止し、すぐさま木陰に身を潜める。
人だ、ただし数十人もの集団である。なぜこんな山奥に人だかりなどがあるのか。何をしているのか。この近くに村があるとは聞いていないが、ともかく何か聞けば二人の行方が知れるかもしれない。
感付かれないようにゆっくりと人だかりに近づくにつれ、異様な雰囲気が手に取るようにわかった。

踊っている。
深い山奥に、突然広場のような小さな平地が広がり、そこで人が、人々が狂ったように手足を、頭を振り乱し、ばらばらに踊り狂っているのだ。
数十人の大人達が男も女も無く、濁った目を見開き、開けっ放しの口からは言葉にならないか細い奇声と唾液を吐き散らし、一心不乱に何ともわからない踊りを踊っている。あるいは意味など無くただ暴れているだけのようにも見えた。どいつもこいつも完全に気が触れている。
あんな頭のおかしい連中に物を聞くなんてそれこそ気が触れでもしなければ出来よう筈もないが、あるいは二人が消えたこととあの気違い共とに何か関係があるとするなら捨て置けはしない。
情けなく震えて今にも後退りしそうな脚を叱咤し、木陰から集団を注意深く観察した。
よくよく見ると、集団は踊っている連中だけでなく、その向こう側に更に何人か人がいるようだった。いや、踊っている連中がその何人かを円を描くように囲んで周囲を回るように踊っているのだ。ここからでは、円の中心で何をしているのかわからない。
俺は手近な木をするすると登り、上から円の中心を覗き込む。飛び込んできた光景に、一瞬血の気が引き、そして怒りで一気に目の前が真っ赤になった。

少女だ。円の中心には一人の少女が居た。
その少女は衣服を一枚として纏っておらず、その少女に無数の男共が群がっている。
何をしているのか。少女が何をされているのか、火を見るよりも明らかだった。

「…ッ下種野郎共がァ!」

助けなければ。それしか考えられなくなっていた。
しかし、あんな大人数を相手取って少女を救うことが出来るだろうか。懐には、しめた、煙玉が三つ。これで煙幕を焚き、奴らの視界を奪った上で少女に群がる男の二、三を蹴り倒し少女を助け出す。
思い立って、瞬時に手元で火打ちが火花を散らした。
爆音、爆風と共に白い煙が辺りを覆い尽くす。次いで木を飛び降り一息に集団の中へ飛び込んだ。周囲の数人かを体当たるままに薙ぎ倒し、地べたに伏した少女を担ぎ上げ広場を駆け去る。奇妙な集団の誰もが何が起こったのか理解する間もない、瞬く間の出来事だった。
木々を縫うように走る傍ら、肩に担いだ少女が身じろいだ。どうやらあの状況下でも意識はあったらしい。不憫なことだ。どう声をかけるか考えあぐね、出てきた言葉は他愛の無い言葉だけだった。

「怖かっただろ、もう大丈夫だからな」
「…貴方も、仲間に入りたいの?」

少女の微かな呟きの意味を問う間もなく、急に呼吸が出来なくなった。視界がくらりと揺れ、担いでいた少女を取り落とす。急な斜面では少女に怪我がないよう放り出すのが精一杯だったが、痛い思いをしなかっただろうか。
山の斜面をしばらく転がり落ち、幹に背中を強かにぶつけて止まる。鈍く痛みを訴えてきたのは背中だけではない、鳩尾だ。鳩尾に膝蹴りを入れられたのだと気が付いたのは、急激に吸い込んだ空気に何度も激しく嘔吐いた後だった。生理的な涙で視界が霞む。

「なら、そう言えばすぐに仲間に入れてあげたのに…」

頭の上で、高い声が響いた。
何故。問う必要もない。俺はようやく理解していた。少女も、少女こそ、あの気の触れた一団の行っていた、儀式めいたものの当事者なのだ。
すぐにこの場を、少女から離れなければ。理解していても、体中をしこたま強く打ったらしく少しも言うことを聞かない。濃厚な血の臭いがするのは、自分か、少女か。

「これはね、あの方を目覚めさせる為の神聖な行為なのよ。貴方は本当に幸運だわ!貴方もその一つになれるのだから」

赤く染まる視界の端で、幼けな少女は本当に幸福そうに、喜悦さえ浮かべ、笑った。




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『ゴル=ゴロス』

ゴル=ゴロスの外見は蛙で、下劣な笑いを浮かべており、閉まりのない口元から絶えず涎を垂らす。足は蹄で、腕の代わりに多数の触手がある。
この旧支配者のカルトは世界中の様々な場所、とりわけハンガリーなどで行われており、ここで行われている儀式は、狂乱的な踊り、性交、鞭打ち、および人間の生贄を伴うものらしい。

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