田村三木ヱ門

Rhan-Tegoth




会計委員会の後輩たちを集めて少し話をした後、私は裏山へ向かった。

潮江先輩が帰ってこなくなり委員会で一番年長の私がしっかりしなければと、毎夜徹夜で委員会室にこもっていた間に学園から何人もの生徒が消えていた。しかもいなくなるのは高学年ばかり、その中には綾部やタカ丸さん、はてはあの滝夜叉丸も含まれていた。綾部がふらふらどこかに行って帰ってこないのはいつものことだが滝夜叉丸までもとは流石におかしい。

先生方に聞いても要領をつかめず、むしろ先生方も困惑しているようだった。先生方に守られているとはいえ、力も学もまだまだ中途な低学年の生徒たちはすっかり怯えきっている。いつもいがみ合っているとはいえ非常事態だからとはじめに言い含めて、宥めるように落ち着かせて左門に委員会を頼むというと、複雑な目をしてひとつ深くうなずいた頭に背を向けたのがつい先ほど。


事態は、私が思っているよりも複雑怪奇な臭いを孕んでいた。そして、純粋に気づくことが遅かったことを後悔した。

一度たくさんの荷物を抱えて学園に戻った先輩が立花先輩を探しに裏山に
身を翻したことしかわからない私にできることは、ただ闇雲に藪を掻き少しでも多くの場所を草の根分けて探し無事な姿の先輩を学園に連れて帰ること。できるだけ早く、そして叶うならば、立花先輩も見つけてお二人の力を借りてバカ夜叉丸たちを一緒にお探し願うのだ。五年生とはあまり接点もなく、しかも今学園に残っているのは自室から出てこられない久々知先輩と自室から出てこない鉢屋先輩だけで頼ることはできそうになかった。

ひゅん、しなった枝が頬に傷をつける。無様に転んだ膝が痛い。装束が泥まみれなのも疎ましい。

だが、それよりも
いつもうるさいあいつらが
隣にいないことが
なによりも私の心をかき乱す。

苛々まじりに木々の隙間から一等高く跳んだわたしの目に映ったのは広い草原の真ん中に浮かぶ珍妙な影。こちらをまだ認識していないらしいそれの恐らく死角であろう木の洞に身を隠す。今まで見たどの生き物より異質なそれは翼もないのに宙に滞空して微動だ
にしない。先がハサミのようになった六本の足が突き出た丸い胴体、
その上におまけのようにとって付けた丸い頭部があり三つの魚のような目は暗くぎょろりとどこかを見ているようだ。目より少し下には長い管状の…鼻だろうか、恐ろしく不気味な姿形に背筋が粟立つ。

思わず目をそむけて体を小さく丸め、両手で顔を覆う。知らず呼気が荒くなる、震えを起こす体を押さえつけるように抱きしめて俯いた。本能が教えていた。頭が痛くなるほどの警鐘、まだ間に合う、学園に戻り見たもの全てを先生方に余すところなく伝えて、そして、それから。


はく、はく、
打ち上げられた魚の鰓がこれと似たような音を立てていた。
まな板の上、これより訪れる死から逃れるように身をよじるそれを見下ろして、躊躇いもなく振りかぶった包丁を魚の頭に振り落とした、学園の厨。


そうだ、あの魚は私だ。
この音は、死を纏っている。



身構える暇も、逃げを打つことも許さず洞から入り込み巻きついた六本の腕は私の矮躯を隙間なく覆い尽くしそれに隙間なく生えた毛の一本一本が私の血液を物凄い勢いで啜り尽くそうとするのを感じて、私はまぶたを閉じた。




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『ラーン=テゴス』

ラーン=テゴス(RHAN-TEGOTH)は、クトゥルフ神話と呼ばれる一連の創作群において、言及される架空の神性である。
ヘイゼル・ヒールドのためにラヴクラフトが書いたとされる「博物館の恐怖」に登場し、以後、他の作家の作品でも言及されるようになる。
ラヴクラフトの創造した異生物の中でも特に複雑怪奇な姿をしていて、先がハサミ状の六本の足に丸い胴体、その上に丸い頭部があり三つの魚のような目、長い鼻がある。鰓を備え全身を覆う毛と思しきものは実は触手で先端に吸盤があり、そこから血を吸う。
伝説の邪神像たちを展示している博物館に置かれた異様な姿の邪神像として登場する。三万年前、ユゴスから連れて来られた存在で、ラーン=テゴスがいなくなれば旧支配者の復活もあり得ないとされる…が、全て作中で狂人とされる人物の主張である。主人公は全て妄想と考えて聞き流していたが、その狂人が殺され、それで少なくともラーン=テゴスが本物であることだけは判ったと言うのが話の骨子であるので、結局、旧支配者に分類されるラーン=テゴスに関しては、その姿形と吸血の性質以外は不明。

【 h 】

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