斉藤タカ丸

Robigus




一年は組のよいこたちと一緒に土井先生の授業を聞いた帰り道、まだ夕御飯にも早く次の授業もなかったぼくは、日当たりのいい木陰で復習でもしようかと地面に腰を下ろした。忍者のたまごになったばかりでまだまだひよっこのぼくは、一年生の子達よりもわからないことがはるかに多い。上の学年の子たちや同学年のみんなからは、生来の気質でのんびりしたやつだと思われがちだ。しっかりしなくちゃと思っていてもから回ることも確かに多いが。

火薬委員の久々知君にもぼくの方が年上なのに色々迷惑かけちゃってるしなあ、と先日の委員会での出来事を思い返す。ため息混じりににんたまのともを開いてのたくる文字を目で黙々と追っていく。父さんみたいに髪結いのできる立派な忍者になるんだ。そう決意も新たにしたぼくのまぶたが暖かい日差しに負けておりきるまでにそうそう長い時間はかからなかった。


ふわりふわり眠りのなかにいるぼくに意識が灯る。不可思議な場所に放っぽりだされたわりに落ち着いていられるのはこれが夢だという確信が心のどこかにあったからだ。下へ下へと続く階段を軽快に降りていくと見たこともない形をした建造物に行き当たった。荘厳を纏うその建物の入り口に立つ二人の冠をつけた男たちになにか言われるかと思ったが、彼らは何を言うでもなく入り口を潜くぐるぼくをただ見送るだけだった。


途方もない数の階段を一定の間隔で降りていく。途中一段抜かしてみたり、一人でしりとりしてみたりもしたけれど、数えることを早々に諦めるほどに長い階段と繰り返される代わり映えのない景色に、ぼくの元気は随分前にへなへなと萎れてしまった。

ほてほてと、はじめとはうってかわってのんびりになってしまった歩調で進むとやっと階段の終わりが見えた。夢であるというのに疲労感まで付与された世界観にちょっとばかし不満を抱きつつ、夢の久しぶりの新たな展開に胸を踊らせながら最後の階段から続く大きな門をひょいとくぐりぬけた。


急に空が高くなる。森の小高い丘らしいこの場所から遠く見える街は見知らぬ技術、科学が光を放っている。炎ではない明かりのきらめきに彩られた建物たちと、空に浮かぶ巨大な岩の塊。そしてそれらの間を縦横無尽に飛んでいる船のようなもの。ぼくの夢の中だというのに、まるで見知らぬ世界に迷い混んだような感覚を覚えながら、好奇心に背中を押される形で、先人たちが通ったであろう藪こぎのされた未知なる道に足を踏み出した。


いくつもの分かれ道を直感で曲がり、姿の見えない何かの声に怯えてはしりもちをつきながら進んでいたぼくは、小さな小さな看板が立てられているのを見つけた。文字はかすれてよく読めないが下の方には小さなキノコが風もないのにふるりふるりと揺れている。おかしな色のそれを可愛らしく思いながらつんとつついて、その看板が指し示す方の地面に足跡を残す。つついたきのこが背中でふるりと、胞子を出した。



「久方ぶりの客人だ。盛大にもてなそう、小さきものよ」

美しい相貌の彼が言うと両脇に控えていた狼と馬が高らかに鳴いた。道なき道を歩いていたぼくの目の前に現れたのはたくさんの大きなきのこたちときのこでできた椅子に優雅に腰かける男性だった。ぼくの姿をとらえた刹那、先の言葉を発してにっこりと笑った彼は、ゆったりとした衣服から端正な作りのからだを惜しげもなくさらしながらぼくにこちらへと声をかけた。

父さんについてまわってたくさんの殿様やお侍様を見てきたぼくの体は無意識に、彼がただ者ではないと肌で感じ取り緊張から口のなかがからっからになった。居佇まいもさることながら、彼から発せられる気迫とでもいうのだろうか、まるで大国の王様に相対しているような心持ちで、言われるがまま彼の前に進み出る。相手に不快感を与えないような位置で片膝を折ると以前南蛮のお偉いさんに教わった最敬礼の挨拶の形をとった。




夢を見始めてからどれ程の時間が過ぎただろう。はじめの問答ですっかり気に入られたらしいぼくは未だにきのこの森で歓迎を受けていた。狂ったように踊る巨大なきのこたちを眺めながらつい口からポロっと言葉が滑った。


「タカ丸」


今しがたまで騒がしく不気味なおとを奏でていたきのこも、止まることを知らないみたいに躍り続けていたきのこも、皆一様にぴたりと動きを止めた。隣に座す彼が発する怒気がまわりをぐるぐる渦巻いてその濃さにそれが視認できるのではないかと思考が勝手に頭の奥へ奥へと逃げ去っていく。先日、その美しい髪に触れていいかと尋ねたときでさえ笑顔を絶やさなかった美貌がどれ程歪んでいるのか、火を見るより明らかだった。

からだが震え、呼吸もままならない。ここから逃げるという思考もできずに、ただまっすぐこちらを見つめる王の視線から逃れるすべを模索する。

ふらふらと揺れる視線を前のきのこにうつす。先ほどまで躍り狂っていたそれは確かにきのこであったというのに、今のぼくにはそれが人間にしか見えなかった。


「おまえは大層口がうまく面白いやつだった。これからも退屈させない躍りで俺を楽しませろ」




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『ロビグス』

麗しき容姿の体格のいい男性の姿をした菌糸類の王。ドリームランドのきのこの森に棲んでおり巨大な踊るきのこや不気味なハミングを奏でるきのこたちに囲まれて生活をしている。

自信に敬意を払うものや彼自身が好意を抱いたものに対してはもてなしたり、質問に応じたりちょっとした恩恵を与える。ただし彼の意にそぐわないことをしたり無礼を働くものに対しては非常に冷酷であり、巨大なおどるきのこに変えてしまうという。

【 t 】

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