尾浜勘右衛門

Dagon




学園長先生にうまいこと言って学園から遠く離れた海沿いの町までお使いにやってきた俺は漁師たちが作ったという小さな村を訪れていた。ここは他の村や町の住民に嫌われておりこの村に近づくものはあまりいないらしく、人影の見られない村は静けさに包まれている。

家のそとに人の気配はなく、仕方なしに慎ましく作られた茅葺の家の戸をたたくも何の反応も得られず地続きにほかの家を訪ねるも人一人見つけられず俺は途方に暮れた。


このままでは、なにもできないまま兵助が。


そう考えると頭の芯がくらくらした。ひたひたとやってくる絶望感を振り払うようにとりあえず今来た道を戻ろうと後ろを振り向くとぶつかりそうなくらい近くに誰かの顔があって悲鳴が出そうになる。ひゅっと吸い込んだ息が変な所に入って思わず咳き込むと目のまえのはれぼったい唇が言葉を紡いだ。

「ぁ…だぃ、ょうぶ…」

一応心配してくれているらしい彼(服がぼろぼろの布切れのようでよくわからないが、がたいから察するに男性のようであった)に大丈夫だと手で合図しながら息を整える。首をさすった手に触れた、皮が引き連れたような変な引っ掛かりを爪で掻きながら、彼に失礼にならない程度に上から下まで観察する。


やはり、学園長先生に聞いた通りだった。


この村の人たちは近親婚を繰り返したせいで奇形が多く、一様にして蛙のような顔をしている。異様に突き出した目玉、肌は湿り気をおびた灰がかった緑色。普通の人より発達した水かきが妖怪の河童のようだ。

「すみません、この村にだごん様という神様が奉られているときいたのですが…」
「ぁあ…ぃみお゛、ぁかまがぁ」
「すいません、よく声が…」

声がくぐもって聞き取りにくい。何回か試してもらったが彼の言葉を聞き取ることはできず、最終的に会話をあきらめたおれはついてこいと言わんばかりに背を向けた彼の後ろに続いた。


案内されたのは荒れた海沿い、岸壁を長い年月をかけて海水が穿ったような岩穴。中では彼と同じような顔をした村人たちが何か祠のようなものに向かって祈りをささげている。その小さな石造りの祠の中にだごん様という神像を奉っているのだという。

何か役に立ちそうな情報の一つでもないかと熱心に祈る村人の一人に話を聞こうと声をかけようとした時、岩穴の入口、海の方から大きな水しぶきの音が聞こえた。岩穴のなかを反響するその音に混ざってペタペタとだれかがこちらに歩いてくる足音。それを耳にとらえるや否や一斉に壁の両側に張り付くように村人全員が立ち尽くす。無表情でただ黙ったまま、何者かを待つ。それは奇妙でやはりどこか異常性を纏って潮風にまざり空気をかき混ぜ俺にのし掛かった。

気味の悪い静寂を引き連れてやってきたのは背丈が俺の何倍もある巨大な魚人だった。

ぎょろりと飛び出た目玉が俺の姿を映す。魚眼のそれは生き物の温度を感じさせないまま俺を真ん中に据えて瞬きひとつしない。空気に飲まれそうになった俺は、極めて冷静に努めて落ち着いた声音で魚人に問うた。


「大いなるクトゥルフにお目通りを願いたい。忌まわしきハスターの呪いを解く術の知恵を授けてもらえないか」

言い切った俺にしばらく魚人は答えず、しびれを切らした俺が胸元の暗器に手をかけたとき、長く筋肉質な腕を伸ばし指先で俺を指した。長い爪がすぐそこまで迫っている。身の危険を感じた、だのに体は全く動いてくれず目玉だけぎろりと魚人を睨んだ。

ぎざぎざの歯が剥き出した口が開く。深い深海の臭い。嗅いだことがないはずなのに、不思議とそう感じた。表情を感じさせないはずの魚人が、顔に笑みを浮かべたような気がした。


「おかえり、同胞よ」


目の前の魚人がいった言葉が信じられずまたかゆみを訴えはじめた首元を掻く。触れたそこには半月形の、えらのようなものがあって。驚いて震える手を視界にうつすとまるで色をうしなったかのような灰色。表面には小さな鱗のようなものまでできはじめている。

恐怖と悲哀と不安がない交ぜになった頭で叫んだ言葉は村の男のようなくぐもりにごった音にしかならなかった。





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『ダゴン』

「深きものども」の父祖にして、邪教団で密かに崇拝される半人半魚の大司祭。
「深きものども」とはダゴンと人との間に生まれた混血、あるいはその末裔であり、彼らはその血筋を色濃く残した姿をしている。老化で死ぬ事は無く、外的要因でしか命を落とす事がない。
旧支配者クトゥルフの眷属であり、その復活を早めるための活動に従事している。

【 l 】

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