上ノ島一平

おさがり

僕のうちは貧乏で、欲しいものなんか何一つ買ってもらえなかった。
着てる服は近所の子のお下がりだったし、おやつはよくてお芋さんとかで、あることのほうが珍しい。
そんな僕でも、勉強だけはちゃんとさせてもらっていた。ただし勉強道具は全部おさがりだったけど。
生まれてからずっとおさがりばっかりだったから特に不満なんてなかったんだけど、ひとつだけ嫌なことがあった。

それは、おさがりでもらった小さな机だった。
その机はおさがりなのにまだ新品みたいに綺麗だ。引き出しまでついてて、それをあけると木材のいい匂いがした。僕はその机をとても気に入って、大抵はその机にかじりついているようになった。

机が僕のところにやってから、一週間くらい経ったころ、妙な体験をした。
いつものように机に向かって近所のお兄さんからもらった本を読んでいると、右足にひんやりとしたものが触れた。
本を読むのに夢中だった僕は、足に触れた何かなんて全然気にしなかった。足にひんやりとしたものが当たらないように身じろぎする。でもしばらくすると、また足にひんやりとしたものが触れた。
気持ち悪かったので、僕はそのひんやりとしたものを膝で奥に蹴りこんだ。
すると、膝にぐにゃ、という感触があった。
視線は机の上の本にあったけれど、もう内容なんて全くわからなくなっていた。意識は机の下の何かに集中している。
僕はゆっくりと足を動かし机から体を引いて、そっと机の下を覗いた。

そこには青白い男の子がいた。僕の膝は男の子を蹴ったんだった。

僕はびっくりして、悲鳴をあげて転がり倒れた。
でも、視線はずっと男の子からはずせなかった。男の子も、僕のことをずっと見ていた。

僕は立ち上がることも出来ず、はいはい歩きで部屋を出た。
すぐにお父さんのところに行って、今あったことを泣きながら全部話す。でもお父さんは全然信用してくれなかった。
信用してくれたとしても、うちに新しい机を買うお金なんてない。結局、僕は時々ひんやりしたものを足に感じながら、そのままずっとその机を使い続けていた。

ある日、お母さんにその机のことをそれとなく聞いてみた。
僕の使っている机は誰からもらってきたのか、と。するとお母さんは、少し困った顔をしてから言った。

「あれは、五軒先の家の子からもらったんだよ」

僕は驚いた。あんまり遊んだことはなかったけど、五軒先の家には、僕と同い年の子が住んでいた。
しかし彼は川に落ちて死んでしまったのだ。お家も裕福で頭のよかったあの子は僕と同じように机にかじりついていたんだろうと思うと、僕は机が怖くなくなった。
あの子の分も、僕はあの机で勉強しようと思った。

それから少しして、僕の周りではある本が流行った。子供向けの児童書だ。
製本が追いつかなくて、僕の住んでる田舎村まで本がやってくることはなかなかなかったのだけれど、大きな町へ出て行った親が買ってきてくれたとそれを見せびらかす子が何人かいた。僕はそれを見せてもらって、とても興奮した。
僕はなにげなく、お父さんにその本を続きをあの机でゆっくりと読みたい、とこぼした。
お金がないから手に入らないことはわかっていたけど、言わずにはいれなかった。
するとお父さんは、「ちょっと待ってろ」と言った。

数ヵ月後、なんとお父さんはその本を僕にくれた。
またしてもおさがりだったけれど、僕は気にしなかった。これであの話の続きが読める。僕は飛び上がらんばかりの勢いで喜んだ。
僕はその本を見せびらかしたくて、近所の子たちのところへそれを持って出かけていった。
だけどその本を見た一人が、言った。

「それ、あの子の本じゃないか」

彼の言うあの子、とは、以前僕に本を見せてくれた子だった。
その子は、数ヶ月前に川に落ちて、溺れて死んでしまっていた。

僕はようやく気がついた。僕がお父さんに何かをねだることは、もうなかった。