今福彦四郎
近所のおばさん
僕の家は農家で、けど自前の畑が母屋から少し離れたところにあった。
そこに毎日働きに出る両親が帰るのは完全に暗くなってからで、それまで僕の家には僕とほとんど寝たきりのおばあちゃんだけだった。それを心配した隣家の一人暮らししているおばさんがよく様子を見に来てくれたり、僕とおばあちゃんにご飯を作ってくれたりした。昼間はほとんどうちにいるくらい、おばさんは僕の家に馴染んでいた。
ある日僕が遊んで帰ってくると、珍しくおばさんは居なかった。
代わりにいつも寝たきりのおばあちゃんが起きていて、居間でお茶を飲んでる。僕がおばあちゃんに「おばさんは?」って聞くと、「今日は来てないよ」、と言っておばあちゃんは僕を奥の押入れに押し込めた。突然のことに僕はきょとんとしていたけれど、おばあちゃんが僕にお菓子を渡して、「今日は誰が来てもここを出てきちゃいけないよ」と言った。
「誰が来てもって?お父さんにお母さん、おばさんが来ても?」そう聞くと、おばあちゃんは困ったような顔で「そう」と言い「しー、だよ」と口に指を当てながら押入れの戸を閉めてしまった。
中は真っ暗だったけど、布団がしまってあったので僕はそれに包まった。なんだかかくれんぼしてるみたいで少しドキドキした。
暖かい布団の中でうつらうつらしていると、おばさんの声が聞こえた。
「彦ちゃんはまだ帰ってきておらんかえ」
出て行こうかとも思ったけれど、おばあちゃんが出てきちゃ駄目って言っていたから、布団の中で丸まったままおばさんとおばあちゃんのやり取りにしばらく聞き耳を立てていた。
おばさんは一度帰ったけれど、またしばらくしてすぐにやってきた。
「彦ちゃんはまだ帰ってきとらんかねえ。よく行ってた駄菓子屋にもおらんようやが」
するとおばあちゃんが、「今日はまだやがねえ。友達のとこさ遊びに行く言うてたから、遅くなるんやないかねえ」と嘘をついた。
僕はなんとなく、「匿われているのだ」とぼんやり悟った。どうしておばあちゃんがそんなことをするのかわからなかったけれど、息を殺して布団の中に潜り込んだ。
日も落ちてすっかり暗くなって、おばさんはまたやってきた。
「彦四郎、帰ってきたね?」
そう言うおばさんにおばあちゃんは少しきつい口調で「まだよ。まだ帰らんよ。今日はもうご飯はいいからお帰んなさい」と追い返した。
おばさんが帰ってからすぐ、お父さんとお母さんが帰ってきた。
おばあちゃんが押入れの戸をそっとあけて顔を覗かせると、「もう出てきていいよ」と言った。そのあとお母さんが久しぶりにご飯を作ってくれて、いつもより大分遅めの夕飯をみんなで食べた。
その晩、僕が寝入ってから、近所の竹やぶでおばさんが首を吊っているのが見つかった。
遺書があって、「希望がないのでもう死にます。一人で死ぬのは寂しい」といったことが書いてあったらしい。
身寄りのないおばさんは、何を考えて僕を探していたんだろう。
考えてみると、怖くて、でもちょっと悲しい。