立花仙蔵
潮江文次郎
※現代パロディー


某国のバス




私には昔からの腐れ縁で未だに付き合いのある幼馴染がいる。文次郎だ。互いの両親も仲がよく、幼い頃から大抵一緒にいた。
割とがたいもいいし強面だから一緒にいると色々重宝して、先日英語圏某国の旅行へ一緒に連れていってやったのだが、そのときの話だ。

私達はその国の寂れた観光地で、妙なバスに乗ってしまった。
その国ではバスや電車っていうのは必ず遅れてくるものなのだが、そのバスは定刻通りに着た。それだけでも十分変なのに、乗ってみると中の様子はそれ以上におかしい。バスの至る所に季節外れのサンザシの花が飾られていて、それより気になったのが乗客達の不自然な態度だった。

一方は酷く沈痛な面持ちをした人達で、身動き一つしない。
もう一方には明るい顔の人達が、歌ったり踊ったりやたら陽気に騒いでいた。
楽しそうに見えなくもないが、どこか排他的な雰囲気を纏う人達で声をかけようなんて気には全くならない。暗い雰囲気の人達は陽気な彼らにちょっかいを出されても身じろぎ一つせず俯いていたが、教会の前を通過するときだけは弾かれたように身を起こし、一斉に胸の前で十字を切っていた。

妙な雰囲気の中、しばらくは我慢して大人しく乗っていたものの、段々気味が悪くなってきた私は行き先よりも大分手前で降車ブザーを押してしまった。
だが、運転手が突然「まだだ!!」と一喝して、バスは停留所を通過してしまった。英語がそれほど得意ではない文次郎が片言で猛抗議したが、運転手は全く取り合わない。
文次郎が怒鳴っている間も他の乗客の様子は全く変わらなかった。そのとき私は不気味に明るい人達がやけに私のことを見てニヤついるような気がして、気分の悪さにずっと俯いていた。

しばらく運転手と口論していた文次郎が、苛々した様子で私の隣にどかりと腰を下ろして不意に煙草に火をつけた。
普段吸っているところなんて見たことがなかったので驚いていると、それまで私達のことなんて無視していた陽気な人達が一斉に私達を振り返った。そして全員が一斉に表情を一変させ真っ赤になって怒り出し、英語ではない、聞いたことのない言語で喚きながら私達に詰め寄ってきた。

私達は急停車したバスから引きずり出され、その場で囲まれて殴られ蹴られのリンチに合った。
文次郎になんとか助け起こされ全力で走って逃げたのだが、奴らは群がるようにどこまでも追いかけてくる。無我夢中で走り続け、文次郎に腕を引っ張られて棘がある植物の生垣を乗り越えると、奴らはようやく諦めたようでぞろぞろとバスのほうへ戻っていった。
何が起こったのか全くわからなくて、私達は呆然と立ち尽くした。

その後立ち寄った教会で神父にそれまでのことを話したら、彼は「おお、神よ」、と天を仰ぎ胸に十字を切ると、静かに語りだした。

「そいつらはこの世のものではなく、明るい顔をしていたのはきっと悪いスピリットだ。暗い顔をしていたのは運悪く奴らに囚われた人間の魂で、死ぬこともできぬままイエスに救いを求め続けているのだろう」

この辺りには「定刻の針の上に訪れる者は禍を連れてくる」という言い伝えがあるらしい。ほんの数十年前までは私達と似たような体験をしたという話もかなりあったそうで、帰ってこられた人もいたし、定刻のバスに乗ったきり行方不明の人もいるのだとか。
私達が助かったのは実に運がよかった、とも神父は語った。
なんでも、その悪いスピリットとやらは火を嫌うらしく、煙草を吸う人間を自分達のバスに乗せておきたくなかった。また、私達が乗り越えた棘のある植物はハリエニシダという植物で、昔から魔除けになるといわれているから、生垣を越えてきたのもよかったのかもしれない、と。

なぜ非喫煙家のくせに煙草を吸おうとしたのか、無茶して生垣を乗り越えたりしたのか文次郎に尋ねると、「単なる偶然だ」と言った。
ちなみに煙草はバスに乗る前に入った飯屋でガチムチのお兄さんからもらった(…)らしい。
さらにたこ殴りにされたというのに私達二人とも引っかき傷や小さな痣ぐらいしかなく、むしろ生垣を越えたときの傷のほうが酷かった。
しかし私が持っていた鞄には子供よりも小さな足跡がびっしりついていて、気持ち悪くなって貴重品だけ抜いたあと道端のダストボックスにすぐ捨てた。

その後宿泊先のホテルに戻り一息ついた私に、文次郎が言った。

「確かにあの経験は恐ろしかったが、俺にはお前の態度のほうが不気味だった。
そもそもあのバス、俺達が立ってた停留所に向かってくる時点で窓からあのニヤニヤした奴らが身を乗り出して俺達を指差しながら大騒ぎしてたろーが。薬でもキメた奴らが乗ってんのかと思って『あのバスはやめろ』って言ってもお前は俺を無視してさっさとバスに乗っちまいやがる。
かと思ったら突然我に返ったみたいに真っ青な顔して怯えてるしよ」


私はもうこの国のバスには乗らない。いや、二度とこの国の大地を踏むまいと心に誓った。



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