竹谷八左ヱ門
初島孫次郎


餌を与えないで




「餌をあげちゃ駄目だぞ」

中庭に集まっていた鳥たちを眺めていた僕に、竹谷先輩は言った。
いつもは穏やかで生き物には優しい竹谷先輩が、厳しい顔をして突然そんなことを言うものだから僕は心底驚いた。

「なんでですか?」
「取られちゃうからな」
「え?…焼き鳥とか?」

僕がそう返すと、竹谷先輩はぶふっ、と噴出した。
餌をあげて集まってくる鳥たちを誰かが捕まえて、焼き鳥にして食べてしまうんじゃないかと思ったんだけど、どうやら違うみたい。
竹谷先輩は僕の頭をぽんぽん撫でて、理由を話してくれた。

僕が入学する前、生物委員会は当然竹谷先輩の先輩が委員長を勤めていた。
その前委員長も生き物が大好きで、自分の生き物好きもその先輩の背中を見てきたからだと思うって竹谷先輩は笑った。それは相当の生き物好きだ。
前委員長は、中庭にやってくる鳥たちを眺めるのが一等好きで、飼うことはしないまでもこっそり自分のご飯を残しては鳥たちに与えていたらしい。最初はあまり近寄ってこなかった鳥たちも徐々に慣れてきたようで、少しずつ鳥の数も増え、なんと前委員長の手から餌を食べるようにもなったらしい。
前委員長もそれはそれは鳥たちを可愛がって、生物委員会総出で餌を与えるようになった。
かなりの数の鳥たちがやってくると、中庭は鳥たちの糞などで汚れてしまう。だからその掃除も生物委員会でやっていた。

そうして掃除をしているとき、竹谷先輩はあるものを見つけた。
干からびた鳥の死骸だった。
生物委員会は悲しみに暮れながら、その死骸を中庭の隅に埋めてやったそうだ。

「なんで死んじゃってたんですか?鳥が集まってるから猫が来たとか?」
「俺も最初はそう思ったんだけどな」

その数日後、別の生物委員がまた鳥の死骸を見つけた。同じように干からびた状態の、二羽分の死骸だった。

「よくよく考えたら、二、三日前に掃除したばっかりだし、猫に食われたとしてもそんなに早く干からびたりしないだろ?真夏でもなかったし」

それでも一番可能性は他の動物に襲われた以外に考えられないだろう、というわけで、鳥たちへの餌やりはやめることになった。餌を与えて鳥を集めたことで他の動物に食われてしまったんだ、と前委員長は相当落ち込んだらしい。
僕はそんな理由があるなら仕方ないなあ、と思ったんだけど、竹谷先輩の話には続きがあった。

餌やりをやめて、ひと月が過ぎたぐらいから、前委員長の周りで不思議な現象が起こり始めた。
生物委員会で飼っている生き物の世話をしていると、ときどき視界の端に何か黒いものが映る、と前委員長がこぼしたのだ。何かが横切ったかな?とその黒い影を追ってみても何もいない。
しかしそれ以外は何も起こらないので、そのうち誰も気にしなくなっていった。

そんなある日、前委員長が生き物の世話をしようと生き物小屋にやってくると、小屋の扉に無数の引っかき傷のようなものがあった。
動物に中の生き物が襲われたのかも!と慌てて中に入ると、幸い荒らされた様子はない。ほっと胸を撫で下ろした、そのときだ。

開けた扉の隙間から、何かが覗いている。

前委員長はとっさに身構え、全身を強張らせた。生き物たちに危害は加えさせないぞ、という気概で何かを睨んだ。覗いていたのは、人の顔だった。
しかしその異様さに、前委員長は怖気が立った。人の顔は左半分だけが地面擦れ擦れのところで覗いていたのである。人が地面に埋まっているのでなければ、そんな風に顔を覗かせることは不可能だ。
何より、その顔はぬるぬると光沢があって、緑がかった黄土色をしていたという。
前委員長は、瞬時に察した。

こいつが鳥たちを食っていたんだ!

カッと頭に血が上った前委員長は、その場に立てかけてあった備品の鋤を手にとって、その顔目掛けて思いっきり突き立てた。すると覗いていた顔はグガアアオオオオオと凄まじい悲鳴を上げて引っ込んだ。前委員長が追いかけようと小屋の扉を開けると、そこにはもう何もなく、地面が鋤で抉られているだけだったという。

それからそういったものは現れなくなったのだけれど、竹谷先輩の同級である尾浜先輩が、その話を聞いてポツリと言ったそうだ。

「集まった鳥をお供え物だと勘違いして来てたんだよ。それにしても生物委員会まじ怖www」

竹谷先輩もなんだか困ったみたいに笑ってるけど、きっと同じようなことがあったらこの人も同じことするんだろうな、って僕は思った。



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