食満留三郎
下坂部平太


人に生える木




平太は時々、ぽそりと独り言を呟くことがある。
大抵は誰かとすれ違ったときで、「あ…この人もだ」とか、そういった感じの独り言だ。
そのときは一緒に学園の外へ用具委員会の備品を発注しに出ていて、知り合いか?と聞くと、平太は困ったような顔を横に振る。
何か悩み事でもあるのかと思って、俺は平太を問い詰めた。すると平太ますます困ったような顔をして、「信じてもらえないかもしれませんけど」と前置きをしてから渋々語りだす。

「ぼく、たまに背中に木を生やした人を見かけるんです」

俺は思わず、首を傾げた。植木を背負って運んでいる人じゃなくてか?と念のため聞くと、平太はまた首を横に振った。

「生えてるんです。…よくわからないけど」

平太ははっきりとした口調でそう言ったけれど、不安そうに目を泳がせていた。
まあ、俺の同室の伊作も時々こんなことを言うし、もしかしたらそういったものの類なのかもしれない。俺自身見たことも感じたこともないのだが、伊作はそんなよくわからない嘘を吐くとも思えないので、いつも話だけは茶化さず聞いている。
「それは幽霊か何かなのか?」と聞くと、平太は目をまん丸にして俺を見た。信じてもらえるとは思っていなかったのだろう。口をぱくぱくと魚のように動かして、それからぎゅっと何かを堪えるように口を真一文字に結んで黙り込んで俯いてしまった。平太の手が、俺の袴の端をきゅ、と掴んだ。
信じることで平太の力になれるといい。それだけで俺は満足だ。
俺は袴を掴んでいた平太の手を取って、元気付けるように揺らした。顔を上げた平太は笑顔だった。

二人で並んで歩いていると、また平太が「あっ、」と声を上げた。
また背中に木を生やした人とやらが見えたのだろうか。俺も平太の見ているほうへ視線を向けた。見て、思わず呟いた。

「…木だ」

俺の呟きに、平太が勢いよく俺を振り返った。平太と目配せをして、またそちらのほうを見る。
平太の言うとおり、紛れもなく木だった。大きな木がとある男の背中から生えていて、男の頭上を覆うように鬱蒼と枝を揺らしている。幹は一尺ほどの太さはあり、高さも男の身長を合わせて十尺はありそうだ。あれだけ立派な木を背中に負いながら、男は平気な顔で歩いている。異様な光景だった。

二人で呆然とそれを見ていると、その木に異変が起きた。
男の背中に生えていた木が突然みるみる枯れだしたのだ。枝葉は落ち、幹は黒く変色し腐っていく。そして突如、幹がバキッと音を立てて折れたと思うと、その木を背負っていた男が突然倒れ、道端を転がって苦しみだした。辺りは騒然となる。人だかりを掻き分けて、俺は男に駆け寄った。

「…死んでる」

男は土気色の唇から泡を吹いて、絶命していた。


俺は泣き疲れて眠った平太を背負って、学園への帰路に着いた。
平太が見えると言った木が俺にも見えて、そして木が枯れるとそれを背負っていた男は死んだ。
あの木は人間の寿命のようなものなのかもしれない。あるいは人間の寿命を吸い取っているのかも、と思って身震いがした。
今までそういったものの類が全く見えなかった俺が、平太の話を聞いた途端見えるようになったのは、つまり、そういうことなんだろう。

平太の目が覚めたら、一つだけ約束をしよう。
これから先、平太はそれが見えることで辛い思いをするかもしれないが、それでも一人、その苦しみを分け合えるやつが居れば少しは楽に生きて行ける。そうだと、いいな。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -