鵺式。
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※仙蔵と雷蔵が♀





ざわざわと騒がしい放課後になって間もない教室。一日の授業も終わり、ある者は帰路着きに、ある者は部活に精を出し、ある者はしばらく教室で友人と楽しげに歓談する。その雑多な喧騒な中で、鉢屋三郎は欠伸を一つ溢した。
怠い。眠い。
三郎は部活には参加していないし、特定の親しい友人と呼べるような誰かもない。だからと言って家には帰りたくないし、暇潰しに適当な女と遊ぶのにも今日ばかりは何故か乗り気がしない。しかしこのまま騒がしい教室にいるのも息が詰まる。
さてどうしたものかと伸びを一つしたところで、廊下から顔を出したクラスメイトが三郎を呼んだ。

「おい、鉢屋ー」

退屈そうに振り返ると、思わぬ人がいて三郎は目を見開いた。三郎を呼んだクラスメイトの横から顔を覗かせているのは、校内でも高嶺の花と名高い立花仙蔵だった。クラス中の視線を集めながら、特に気にする様子もない仙蔵は低学年の教室を興味深そうに見渡している。

「先輩、」

思わず声を上がると、ぱっとこちらを見た仙蔵と目が合い、かと思えば来い、と手招きをされる。
珍しい。というより、三郎が仙蔵にちょっかいをかけることは多々あれど、仙蔵から三郎に進んで関わるのはこれが初めてのことだった。
なんとなく一抹の不安を覚えながらも、呼ばれるままに席を立つと、クラスメイト達の好奇の視線が集中する。三郎も大概個人主義者故にこういった類の視線には慣れているが、仙蔵が噛んでくるとなると何を期待しているのか、いつもよりも視線が色めき立っている気がした。

「なんです?」
「話がある」

若干刺のある口調で相対するが、仙蔵はやはり気にした様子もなく三郎の腕を掴み、ずんずんと歩きだしてしまう。半ば引きづられるようにして三郎が連れてこられたのは、赤く焼けた夕日の美しい屋上だった。屋上の扉か重い音を立ててしまって、三郎は仙蔵の手を振り払う。

「だから、一体なんなんですか。突然こんなところに連れてきて」
「昨日な、ちょっとした買い物をしに町に出たんだ」
「はあ?」

あくまでも三郎を無視して突飛な話を始めた仙蔵に苛立つ。それでなくても三郎は今機嫌があまりよくない。普段ならさっさと立ち去ってしまうところだが、それを簡単には許さない辺り、さすが仙蔵だった。

「通りで一人、熱心にショーウィンドウを覗き込んでいる少女がいてな。何か面白いものでもあるのかと思って、私も後ろから覗き込んだんだが」
「はぁ、中に何かあったんですか」
「中には、何も。特に面白いものはなかったはずだ。覚えていないから」

三郎は脱力した。
この人は一体何が言いたいのだろう。かつて殴った後遺症が今更出たのだろうか。
思ったまま口に出そうとして、三郎は声を詰まらせた。目の前の仙蔵は、いつになく鋭い目をしていたから。美人が気合いを入れて真顔になるとこれほど威圧感の増すものなのかと内心感心する。そういえばこの顔は自分がこの人に当たり散らしていた時のものに似ていると思って、三郎はぞっとした。
三郎はこれまで、こんな目をした仙蔵の視線に耐えられなくて、罵りながらも視線をそらし続けてきた。今こうして相対してみると、色々なことがわかる。こんな目をした人に喧嘩を売り挑発して、あろうことか殴り倒して、よくも今まで無事でいれたものだ。まさかと思いながらも、三郎はこれまでの報復をされるのかもしれない。けれどそれは自身がしてきたことを鑑みれば当然のことだ。喉がひりひりと焼けるような緊張を感じながら、腹を括って、三郎は仙蔵を真っすぐに見返す。それまで黙っていた仙蔵はそんな三郎の視線を受けとめて、またゆっくりと語り出した。

「…ショーウィンドウの中には何も面白いものはなかったが、期待を裏切られはしなかった。いや、いい意味で裏切られた。本当に思わぬことだったから」

それまで三郎は怪談話に盛り上がり同年代の学生達を馬鹿らしいと見下してきたが、今は少し彼らの気持ちがわかる気がする。というより、これは死刑台に登る囚人に近いのかもしれなかったが。仙蔵の言葉を、三郎は祈るような気持ちで待った。

「そこには、なんだか愛らしいお前がいたよ」
「…はい?」

思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。
自分は昨日町へなど行っていないし、そもそもショーウィンドウを熱心に見つめるなんて女みたいな、あるいはナルシストを気取った男のような真似はしない。そこまで真面目に考えて、はっとした。仙蔵が、笑っている。一瞬からかわれたのかと頭に血が昇るが仙蔵はまたすぐに真顔になって、まだ続きがあるようだからと、三郎は辛うじて溜飲を下げた。
今日は調子が狂いっぱなしだ。というより、うまいように操縦されているような気がして、気に食わない。
憮然とする三郎に構わず、仙蔵はなお続ける。

「今にも泣きだしそうだった。だからつい、声をかけてしまったんだ」

三郎には仙蔵が何を言わんとしているのかさっぱりわからなかった。ただ、いつの間にかその表情があんまり穏やかになっていたから、口を挿むのは憚られた。しかし次の言葉を聞いて、三郎は本当に言葉を失った。

「貴方にそっくりな男を知っている、と。そう言ったらその少女はますます泣きだす体で、名前を聞いてきたから答えてやったら、ついには泣きだしてしまった」
「…その子の、名前は?」

思わず聞くと、仙蔵はじっと三郎を見た。それから息をついて静かに三郎から視線を反らすと、フェンスに寄りかかってグラウンドを見下ろす。

「さぁ、聞かなかった」

夕日に染まった仙蔵の髪が風になびく。顔を伏せてから乱れた髪を掻き上げると、仙蔵はまた三郎を見て、そしてまた穏やかに笑った。

「雰囲気は全く違うのに、呆気に取られた顔、というのか。本当に瓜二つだ。…今にも泣きだしそうな、その顔もな」

堪らなくなって、三郎は駆け出した。屋上の扉を力任せに開け放って、階段を転がるように駆け降りる。

(ああ、屋上なんて玄関から一番遠いところに連れ出しやがって、こうなることもどうせわかってんだろう、畜生、畜生!)

仙蔵が少女と出会ったのは昨日の話だ。今更行ったところで居るはずがない。わかっていて、けれど居ても立ってもいられなかった。
そう、三郎はあっさりと、見事に報復を果たされてしまったのだ。これまで数年間、家に対して反抗することで、あてがわれた仙蔵に当たり散らすことで、誤魔化し押さえ付けてきた感情を呆気なく、いとも簡単に裸にされてしまった。
苦しい、悲しい、淋しい、虚しい、ああそうだ、会いたい、会いたい、会いたいよ!

「わっ、」

ただがむしゃらに走り校門を飛び出したところで、三郎はそこに立っていた少女に勢い余って衝突してしまった。視界の端で少女が尻餅をついたのを捉えて、そこでようやっと多少冷静な思考が戻ってくる。
ああ、俺の馬鹿、かっこ悪い。
ひどく情けなくなって、三郎は尻餅をつかせてしまった少女に慌てて手を差し伸べる。そして少女の顔を見て、三郎の思考回路は今度こそ完全に停止した。

「悪い…、…」
「…三郎、」

名を呼ばれて、手と手が重なった。
確かに触れた温度。随分冷たい。どれくらいここにいたのだろう。そもそも何故ここにいるのだろう。他に言いたいことに聞きたいこともたくさんあるのに、言葉にはならなかった。
少女を引っ張り起こして、向き合って互いの両手を取り合う。三郎は少女を少し見下ろして、少女は三郎を少し見上げて、二人はしばらく無言で見つめあった。
なるほど、今にも泣きだしそうな自分というのは、仙蔵が笑うのも頷けた。

「なに、その顔」
「…同じ顔でしょ」
「うん、同じだ」

二人は互いの額をこつんと合わせて、微笑んだ。ついさっきまでの嵐のような感情は、いつの間にかどこかに吹き飛んでいた。
数年離れていた間にすっかり忘れてしまっていた。これが、二人の魔法。二人でいれば、それだけで何もいらないのだ。あとは目の前の少女を抱き締めて、二度と離さなければいい。

「…苦しいよ、三郎」

言いながら、少女は三郎の背中に手を回した。少女を胸の中に抱き締めながら、三郎は少しだけ空を仰いだ。校門から見上げた校舎。その屋上に、ぽつりと佇む人影が見える。
どんな顔をしているのか、そもそも誰なのか、この距離からはわかるわけもない。ただ三郎は、狐のような食えない笑みを浮かべて楽しそうにしている、そんな人がそこにいるような気がした。けれど腕の中には望むたった一人がいて、優しく笑うから、それもいいかと思う。

「会いたかった、三郎」
「俺も…会いたかったよ、雷蔵」

不破雷蔵。同じものを分け合った、もう一人の自分。





10.02.17
しかたないから三郎も幸せにしてやろうと思った

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