平滝夜叉丸

時空の逆説




二年生の頃、夏休みの真昼に母様に買い物に誘われた。氷菓子を買ってあげるよと言われたのだが、暑くて外に出たくなかったので辞退。

部屋でどうしたら美しい自分をもっとアピールできるかという本を読みながら、母様が出て行く音を聞いた。その時家には私しかいなくて、蝉の声だけがみんみんと何重にも聞こえていた。

私はしばらく本に集中していたが、そのうち喉が渇いてきたので土間に向かった。杓子で水をすくっていると、玄関の扉に手をかける音がして続いて扉が開いた。


「かかさま、さきにいってますね」


小さな子供の声が、土間にも聞こえてくる。私は驚いて動きを止め、声と物音に聞き入った。私の家に小さな子供はいない。

すぐに、子供特有の、ドタドタっとした足音がキッチンに入ってきた。知らない4、5歳くらいのかわいい顔をした男の子が、私の姿をみとめてぴたっと動きを止めた。なぜ知らない子供が私のうちにいるんだろう。私は呆然として、その子も同じように呆然としていた。


そのうちその子はさっときびすを返してキッチンから出て行ってしまった。うるさい足音が遠ざかり、しいん…としたあとに、けたたましい蝉の声が戻ってくる。

動けないでいると、また玄関の扉が開く音がして、今度は母様の声が聞こえた。母様が汗だくで買ったものを運んできたので、私はなんと言っていいか分からず
「早かったですね」
と言った。母様はキョトンとする。

母様が買い物に出て、それほど経っていないように感じていたが、外を見るともう日が暮れ始めていた。思い切って今あったことを話してみると母様はうんうんと最後まで聞いたあと、切り出しました。


私は4歳の頃、同じようなことを言っていたらしい。

家の中で、知らないお兄ちゃんを見かける。あれはだれか。土間にいて、こっちを見ていた。厠から出てくるのを見た。階段を下りてきて目が合った。

はじめ両親は不審者がいるのかと思って警戒したが、そのうちもっと違う心霊現象だと感じ、お祓いを頼んだそうだ。5歳の誕生日を境にそういうことを一切言わなくなったので、安心していたと。

しかし、私にはその記憶は一切ない。まったく思い出せないのだ。
母様は、きっとお前は霊感体質なんだね、としみじみ言った。

なんとなく、それ以来自分の小さな頃のアルバムは見ていない。



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