猪名寺乱太郎
摂津のきり丸
福富しんべヱ
※現代パロディー


選択




今日はエイプリルフールだった。
いつもなら学校が終わってすぐにランドセルを放り出して外に遊びにいくのだけれど、外はどしゃぶりの雨が降っている。こんな日は決まって、私たちはしんべヱのうちに集まって遊んだ。しんべヱのうちならおいしいお菓子が必ずあるしね。
私たちはしんべヱの部屋にお菓子を持って引きこもって、せっかくなので作り話をして遊ぼう、ということになった。適当な嘘を騙って盛り上がる、くだらないゲームだ。けれど雨が上がるまでの暇つぶしにはなる。

トップバッターは私だ。私は、今朝学校に来る途中轢かれた猫の死体を見つけて、それを埋めてやっていたら学校に遅刻してしまった、という話をした。
不思議なもので、突然「嘘をついてみろ」と言われても、なかなか全部が嘘のほら話なんて出てこない。僕の場合、今朝遅刻したのは単なる寝坊だけれど、昔学校の帰り際に轢かれた猫の死骸を見つけたのは本当だ。それを哀れに思って猫を自分の家の庭に埋めてやったのだけれど、それから時々庭から猫の鳴き声が聞こえるようになった。
「嘘」という前提の話の中に、ほんの少しの「本当」が混じっているかもと思うと、私はなんだかドキドキした。

次はきり丸の番だ。
けれどきり丸は神妙な顔をして押し黙っている。きり丸はジュースをちびちび飲んで、申し訳なさそうに言った。

「俺はそんな器用に嘘はつけなくて面白くないだろうから、ひとつ、作り話をするよ」

退屈はさせないから、まあいいだろ?ときり丸は困ったみたいに笑った。私は少し残念だったけど、無理強いすることもできない。私はしぶしぶ、しんべヱはお菓子をもぐもぐ頬張りながら頷いた。
よし、ときり丸は呟いて話を始めた。



朝起きて気がつくと、俺は何もない白い部屋にいた。
どうしてそこにいるのか、どうやってそこまで来たのかは全く覚えていない。ただ、目を覚ましてみたら俺はそこにいた。
しばらく呆然としていたんだけど、急に天井の辺りから声が響いた。古いスピーカーだったんだろうな、ノイズがかった変な声だった。声はこう言った。

『これから進む道は人生の道であり人の業を進む道。
選択と苦悶と決断のみを与える。
歩く道は多くして一つ、決して矛盾を歩むことなく』

ってさ。で、そこで初めて気がついたんだけど俺の背後にはドアがあったんだ。横に赤いべったりしたペンキで塗りたくったみたいな文字で、『進め』って書いてあった。
そしてドアの前には右手に一台のテレビと、左手に中身のある寝袋が一つ、そして紙が落ちてた。紙には、

『三つ与えます。
一つ。右手のテレビを壊すこと。
二つ。左手の人を殺すこと。
三つ。あなたが死ぬこと。

一つ目を選べば、出口に近づきます。
あなたと左手の人は解放され、その代わりテレビに映る彼らは死にます。
二つ目を選べば、出口に近づきます。
その代わり左手の人の道は終わりです。
三つ目を選べば、左手の人は解放され、おめでとう、
あなたの道は終わりです。』

めちゃくちゃだよ。どれを選んでもあまりに救いがない。
馬鹿らしい話だ。でもその状況で馬鹿らしいなんて思うことはできなかった。
それどころか俺は恐怖でガタガタ震えた。それぐらいあそこの雰囲気は異様で、有無を言わせないものがあったんだ。
そして俺は考えた。
どこかの見知らぬ多数の命か、すぐそばの見知らぬ一つの命か、一番よく知る命か。
進まなければ確実に死ぬ。それは『三つ目』の選択になるんだろうか。嫌だ。何もわからないまま死にたくない。
一つの命か多くの命か?そんなものは比べるまでもない。
寝袋の脇には大振りの鉈があった。
俺は静かに鉈を手に取ると、ゆっくりと振り上げ、動かない芋虫のような寝袋に鉈を振り下ろした。
ぐちゃ、って、鈍い音がして、手に感覚が伝わる。
次のドアが開いた様子はない。もう一度鉈を振るった。顔の見えない匿名性が罪悪感を麻痺させてた。
もう一度鉈を振り上げたところで、かちゃり、と音がしてドアが開いた。
右手のテレビの画面からは、色のない瞳をした子供がぎょろりとした目でこちらを覗き返していた。
次の部屋に入ると、またドアの前の右手には客船の模型、左手には同じように寝袋があった。床にはやっぱり紙が落ちてて、

『三つ与えます。
一つ。右手の客船を壊すこと。
二つ。左手の人を燃やすこと。
三つ。あなたが死ぬこと。

一つ目を選べば、出口に近づきます。
あなたと左手の人は解放され、その代わり客船の乗客は死にます。
二つ目を選べば、出口に近づきます。
その代わり左手の人の道は終わりです。
三つ目を選べば、左手の人は解放され、おめでとう、
あなたの道は終わりです。』

客船はただの模型だった。普通に考えれば、これを壊したら人が死ぬなんてありえない。
けどそのとき、その紙に書いてあることは絶対に本当なんだって思った。理由なんてない、ただそう思ったんだよ。
俺は、寝袋の脇にあった灯油を空になるまで振り掛けて、用意されてあったマッチを擦って灯油を被った寝袋に放った。
ぼっ、という音がして寝袋はたちまち炎に包まれた。
俺は客船の模型の前に立って、それをぼうっと眺めながら鍵が開くのを待った。
二分くらい経ったかな、もう時間の感覚なんてなかったけど、多分そのくらいだったと思う。
かちゃ、と音がして次のドアが開いた。
左手の寝袋がどうなっているのか、確認はしなかったし、したくもなかった。
次の部屋に入ると、今度はドアの前の右手には地球儀があって、左手にはまた寝袋があった。足早に紙を拾うと、こうあった。

『三つ与えます。
一つ。右手の地球儀を壊すこと。
二つ。左手の寝袋を撃ち抜くこと。
三つ。あなたが死ぬこと。

一つ目を選べば、出口に近づきます。
あなたと左手の人は解放され、その代わり世界のどこかに核が落ちます。
二つ目を選べば、出口に近づきます。
その代わり左手の人の道は終わりです。
三つ目を選べば、左手の人は解放され、おめでとう、
あなたの道は終わりです。』

思考とか感情は、もうとっくに麻痺してた。
俺は半ば機械的に寝袋の脇に落ちている拳銃を拾い、撃鉄を起こすと、すぐさま人差し指に力をこめた。
ぱん、と乾いた音がした。ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、リボルバー式の拳銃は六発で空になった。初めて扱った拳銃は、コンビニで買い物するより手軽だったよ。
ドアに向かうと、鍵は既に開いていた。何発目で寝袋の中が死んだのかは知りたくもなかった。
次の部屋は、何もない部屋だった。
思わず「え?」って声を漏らしたけど、ここは出口なのかもしれないと思うと少し安堵した。やっと出られる、そう思った。
すると再び頭上から声が聞こえた。

『最後の問い。
三人の人間とそれの除いた全世界の人間。そして君。
殺すとしたら何を選ぶ?』

俺は何も考えることなく、黙って今来た道を指差した。
するとまた、頭の上から声がした。

『おめでとう。
君は矛盾なく道を選ぶことができた。
人生とは選択の連続であり、匿名の幸福の裏には匿名の不幸があり、匿名の生のために匿名の死がある。
一つの命は地球よりも重くない。君はそれを証明した。
しかしそれは決して命の重さを否定することではない。
最後に、一つ一つの命がどれだけ重いのか感じてもらう。
出口は開いた。
おめでとう。

おめでとう。』

俺はその声をぼうっと聞いて、安心したような、虚脱したような感じだった。とにかく全身から一気に力が抜けて、ふらふらになりながら最後のドアを開けた。
光の降り注ぐ眩しい部屋、目がくらみ、それでも進んでいくと、足にコツン、と何かが当たった。

三つの遺影があった。
父と、母と、弟の遺影が。

これでおしまい。



きり丸の話が終わったとき、私たちは唾も飲み込めないぐらいに緊張していた。
話の、それを話すきり丸の、この迫力は何だろう。
私もしんべヱも、ぬらりとした気味の悪い感覚に囚われていた。
私はジュースをぐっと飲み干すと、勢いをつけてこう言った。

「…もう、やめてよ、こんな後味の悪い話!楽しい嘘の話をしようよ!ほら、きりちゃんもやっぱり何か嘘ついてみて!」

そういうと、きり丸は口角を吊り上げただけの、不気味な笑みを浮かべた。
私は体の底から身震いするような恐怖を覚えた。

「もう、ついたよ」
「え?」

「『一つ、作り話をするよ』」



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -