鵺式。
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※仙蔵♀ 文仙前提鉢仙
  鉢屋サイド




俺はあの人が嫌いだ。

凛とした姿勢、真っすぐな目、気位の高い物言い。全部醜く歪んでしまえばいいのに、そう思っていた。
そもそも嫌いな祖父に、婚約者だ、と有無を言わせず押し付けられたこと自体も気に食わなかった。だから、最初からあの人には酷く辛辣に当たった。
俺はあんまり優しくないし、その俺が我ながら辛辣だと言うのだから相当だったと思う。医者にかからなくてはならないくらいの怪我もしょっちゅうだったから。けれどあの人は何も言わなかった。ただ俺の仕打ちに耐えて、声を殺し、泣く素振りも見せなかった。
だから俺も意地になって、気付いたらあの人は俺の足元に転がっていた。
それまで傍観を決め込んでいた双方の家もさすがにまずいと思ったのだろう。それから暫くはあの人に会うことはなかった。まあそもそも、あの人とは祖父が無理矢理会わせていただけで、俺としては顔も見たくなかったんだけど。
そしてあの人の快気だとひきづって行かれ久々に対面したとき、やっぱりあの人はただ俺を真っすぐに見るだけだった。
あんなことされてよく黙ってるよねマゾなの、気持ち悪い、それとも何も感じないの、あんた空っぽだね、虚しくないの、生きてて楽しいの、さっさと死ね、そんなことを矢継ぎ早に言った気がする。それでもだんまりを決め込むから、俺はまたカッとなってあの人を殴ったりした。

そんな人が、ある日突然俺を呼び出した。
ついに何か言ってくるのかと思って出ていったら割とがたいのいい男があの人の隣にはいて、さらにはその男があんまり殺気立っているから、こいつが相手なのかと拳を握ったところで、あの人は俺とその男を割るように立ちはだかった。

『聞け、鉢屋三郎。この男は私の恋人だ、だからお前との婚約は解消する』

はっきりと通る声でそう告げられた俺は、状況を飲み込めずそのまま立ち尽くしてしまう。
そんな俺を見て、あの人は笑った。こんな顔するのかと思って、そういえば初めて見る、笑顔。意地の悪い狐のような笑みだったけれど、あろうことか俺は美しいと思ってしまった。

『よくもこの私に向かって脳みそ空っぽだとか、冷徹女だとか、それは散々に言ってくれたな?心底見下していた女に軽んじられる気分はどうだ?私は今すこぶる気分がいいぞ!』

そう言ってあんまり快活に笑うから、目の前のあの人は一体誰なのかと我が目を疑った。そして次の瞬間、俺は酷い勘違いをしていたのだと思い知った。

『そうやってぐずぐずしているから私に先を越されるんだ』

あの人はそう、酷く優しげに微笑んだ。
それはもう、後頭部をガツンと殴られたような気分だった。
この人は空っぽなんかじゃない。俺のことを全て見透かして、それでもなお茶番に付き合っていたのだ。俺がこの人を虐げる本当の理由、そうでもしなければ自分を保っていられなかった俺の弱さ、全部わかって、俺に付き合っていた。

一体何のために?
楽しいから?あんな怪我までさせられてか、ありえない。
家のため?この人はその点俺に似ている、そんなのは論外だ。
じゃあなぜ?

(おれの、ため?)

感情が逆流して、吹き出してしまいそうだった。
恥ずかしいとか、余計なお世話だとか、情けないとか、愛しさ、だとか。
俺が壊れてしまいそうなのに目ざとく気付いてしまったこの人は、その優しさのために俺を見捨てられず、今まで俺を守ってくれていた。
空っぽで、叩かれたら崩れてしまうような俺を救ってくれたのだ、この人は。

(ああ、俺はいつの間にか、この人に執着してしまっていたのか)

俺は胸が一杯になって、何にも言えなくなって、この人を抱き締めたいと思ったけど、その役目は俺では足らないのだと思って、色々言われた気もするけど自分のことで精一杯で、気付いたら一人でぼんやりと空を見上げていた。

「失恋っていうのかな、これ」

と言うよりは、振られた直後に恋に落ちた、といった感じで、マゾなのは自分かもと思って笑った。
見下していた女に軽んじられた気分は、割と爽快だったから。

「…雷蔵」

今すぐ、会いたい。
あの全てを許されるような優しさに、みっともなくすがりついて泣いてしまいたい気分だった。
だってあの子は、こんな情けない浮気だって簡単に許して、笑って、抱き締めてくれるだろう。





10.01.27
雷蔵も女の子のつもり
誰得?俺得だよ^^

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