立花仙蔵

渓流釣り




同級生に、釣りが好きだという友人がいた。
私は別に好きではないのだが、まあこういったことは釣果を他人に語って聞かせるのもまた一つの楽しみなのだろうと思う。釣れたとか釣れなかったとかそういった話をするのを、私はいつも話半分に聞いてやっていた。

今回の場所はかなりの山奥、川の上流域だったらしい。
獣道すらなくてかなりの悪路だった、崖も越えた、木には熊が引掻いた痕があった、とそれはもう大冒険でもしてきたような語らい方をするので、私は思わず笑ってしまった。
友人は笑っている私に気をよくしたのか、ますます大仰に語りだす。

「まあ、そんなこんなでやっと釣りの出来そうな場所までやってきて、早速始めたんだ。するとこれが爆釣でな!最初は朝のまずめ時だからだろうと思っていたんだが、昼を過ぎても全く衰えない。生涯で最高の一時だったね!」

友人の言う「まずめ時」とは、日の出と日没の前後のことで、この時刻は魚がよく餌を食うのだ。

「時が経つのも忘れて夢中になったよ。気がついたら辺りは薄暗くて、慌てて帰り支度を始めた。そこで、ふと背後に気配を感じて振り返ったら、小さい女の子が背を向けて立ってる」

嫌な予感がした。もういい。そう言って話を切り上げようとしたが、友人の勢いは止まらず、私の声を掻き消すぐらいの饒舌で語り続けた。

「こんな山奥に子供が一人で危ないなと思って、『こんなとこで何してんだい?』って声をかけてみたんだよ。振り向いた顔を見てギョッとしたね。顔が婆さんだったんだよ。しかも、顔が引き攣るくらいの満面の笑みだったんだ」

私も、ギョッとした。

「失礼な言葉使いだと思ったから、丁寧に同じ質問を繰り返したんだ。そしたら笑顔を崩さないまま、『いつまで』って呟いたんだよ。何回もな。ああこりゃ駄目だと思って、軽く会釈して帰ろうとしたんだ。そしたら婆さんが男みてーな低いしゃがれた声で『いつまで生きる?』って言ったんだよ。背筋がぞくっとして、ああこいつはこの世の人間じゃないと思ってな。凄い勢いで下山したんだよ。途中、婆さんの呟く声が何回も聞こえた。薄暗い山奥でだぜ?気がおかしくなるかと思ったよ。あーあ、最高の場所だったのにもう行けねえなあ…」

背筋に冷たい汗が伝った。
話の途中から、友人は気持ち悪いほど満面の笑顔だったのだ。
それからしばらくして、友人は自殺した。



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