綾部喜八郎
平滝夜叉丸


後ろ髪




「ねえ滝ちゃん、これなーんだ」

そう言って、喜八郎は私の眼前に一本の筆を突きつけた。危ないだろう私の美しい目を潰す気か!

「筆だろう」
「筆だね」

何がしたいんだこいつは。
それでもまだ筆を引っ込めないところを見ると、他にも何かあるらしい。仕方なしに、私はまじまじと筆を監察する。確かに、この筆は通常の筆とは違うようだ。毛の一本一本が硬質で、艶がある。こんな筆に墨をつけ文字を書いたらすぐに擦れてしまいそうだ。しかし、この毛のまとまり、まるで髪を結っているような、と思って私は総毛立った。

「…人間の毛か」
「せいかーい」

目の前が暗くなりかけた。そんな私を尻目に、喜八郎は筆を指先でくるくると回しだす。

「これねー、死んだ兄の髪の毛なんだってー」

そんなことをいつもの飄々とした態度でけろっと言うものだから、私は何を言っていいのかわからず黙り込んでしまう。それを気にした様子もなく、喜八郎は続けた。

「私の家の古い風習らしいんだけど、長男が五つになったらその髪で筆を作る。その筆で手紙を書くと、どんなに遠いところに居ても帰ってくるんだって。本当は本人が死んだら一緒に筆も処分するらしいんだけど、なんか残ってたんだよねー」

なんだか薄ら寒い思いがした。最初はいい話なのかと思ったのに、期待した私が馬鹿だったようだ。
喜八郎は面白くもなさそうに筆を弄っている。ああこら、そんな曰く付きみたいな代物をぞんざいに扱うんじゃない!

「雑に扱っていると兄上が怒ってやってくるぞ!」
「うん、もう来てるよ」

なん、だと。



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