佐武虎若
すずめの群れ
まだ佐武集の集落に住んでいた頃の話。まだ父ちゃんに鉄砲を触ることを禁じられていた時分、ついつい好奇心に負けて鉄砲を掴んで眺め眇めつしていたら父ちゃんにばれて罰として近くの森のなかに置いていかれたことがあった。まあ森とはいってもそこまで深いものじゃなくて、大人の足ならちょいとがんばれば三刻もしないで抜けられるような森だったんだけど。
そこにあるでっかい一本杉のたもとまで俵担ぎで運ばれて、本当に悪いと思ってんなら絶対後ろ振り返んねえで家まで帰ってこい。それだけ言って父ちゃんはちゃっちゃか一人で帰っていってしまった。
俺大泣き。ぎゃーすか喚きながら父ちゃん帰ってこいようごめんなさいもうしないからぁあああっと一通り騒いで、空が夕焼け色にかわり始めた頃観念して森を抜けようと腰をあげたのだ。
歩き始めてからちょっともたたないうちに後ろでちゅんと鳴き声がした。雀の鳴き声によく似ていたがあれよりもう少し太くて大きな声だった。いつもならすぐにでも振り返っていたんだろうけど父ちゃんが去り際にいった言葉が引っ掛かった俺は無視を決め込むことにした。そこらへんにあった棒っきれを振り回しながらふんふん歩いていくとまた後ろでちゅん、数歩いったところでまたちゅん。だんだんその間隔が狭くなっていってしまいにはずっと後ろからちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅん山びこみたいに聞こえるようになった。あまりのことにさっき引っ込んだばっかりの涙がまたぼたぼた顔を濡らしてだらだら鼻水を垂らしながら走って家まで帰った。
森を抜けたときに声は途切れたんだけど怖くて後ろは一回も振り返れなかった。振り返らなくてよかったとも思う。そのときに着ていた服は次の日父ちゃんが火にくべて燃していた。それからちょっと雀が怖い。