鵺式。
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※現在三点 リーマン文次が猫仙を飼う話。


深夜に及ぶ残業で、そろそろ日も跨ごうか、という時間。
文次郎は一人、五百円のコンビニ傘を片手に帰路についていた。ぼたぼたと降りしきる雨は、鬱陶しい傘を一層重くさせる。しかしなにより文次郎をうんざりとさせたのは、雨水が滲みこみ歩くたびにぐしょぐしょと音を立てる革靴と、濡れそぼって足首に張り付くスーツの裾の重さだった。
幸いなことに明日は久方ぶりの休日で、スーツも明日の早いうちにクリーニングに出してしまえば明後日の出勤には間に合うだろう。靴も新聞紙を詰め込んでおけばいくらかましになるはずだ。しかしそれにかかる手間と費用を考えて、文次郎は溜息をつく。
等間隔に置かれた街頭の下を鬱々と歩きながら、不意に、黒い塊がひっそりと落ちているのに気がついた。タオルか何かが丸まっているのかと思ったが、まじまじと見ると、それは黒い毛並みの子猫のようだ。危うく踏んづけてしまうところだった、と鞄を小脇にひょいと拾い上げて、しまった、と思う。
雨に濡れた子猫はまだ文次郎の片手に納まるような小ささで、毛皮が張り付いているせいが皮と骨しかないほど痩せ細っているように見える。それまでぴくりとも動かなかった子猫は文次郎の手の中で微かに蠢いて、にい、と小さく鳴いた。
拾い上げて、生きているとわかった以上、か弱い子猫をまたこの土砂降りの雨の中捨て置くことなどできるはずもない。文次郎はまた一つ大きな溜息をついて、濡れそぼった子猫をスーツの内ポケットにそっと忍ばせると、家路を急ぐようにまた歩き出した。

すっかりかじかんだ手で鍵を開け、滑り込むように玄関に入る。真っ暗な廊下の明かりのスイッチを手探りで探り当てて、文次郎はふう、と息をついた。
今日は雨が降っていて余計だったが、最近夜ともなればなかなか寒くなってきた。
そろそろコートを出さなければ、と思いながら、文次郎はぐっしょり濡れた革靴を脱ぎ捨てる。ついでに靴下と、みっともないがスーツのズボンも脱いで片手に丸め込み、上着まで一緒に丸めようとしたところで危うく内ポケットの子猫を思い出した。どうせ明日にはクリーニング行きの一張羅は、足元だけでなく胸元までぐしょぐしょに濡れている。
そっと取り出すとスーツが水を吸った分、子猫は濡れそぼった塊からぼそぼその毛玉のようになっていた。よくよく見ると震えていて、なんだか無性に焦ってしまう。その足で洗面所へ脱ぎ捨てたスーツと靴下を適当に放って、とにかく温めなければ、と思って子猫を片手に途方に暮れた。これまで子猫など飼ったこともなければ碌に触ったこともない。
とりあえず手近なタオルに包んで、困ったときの人頼み。文次郎は丸まったスーツの中から携帯電話を探り出して、電話帳からやけに畏まった名前を呼び出した。

『…ふぁい?』

電話口から恐らく寝ていただろう間抜けた声がして、そういえばもう日付も変わっていたのだったと思い出した。申し訳なくはあったが、状況が状況だ。それに何より、善法寺伊作はそれを疎ましがる人間ではないだろう。

「悪いな、こんな時間に」
『いや、大丈夫…どうかした?』

子猫のことを説明すると、伊作はどう対処するべきか丁寧に教えてくれた。
まずはともかく、温めること。文次郎はタオルに包まれた子猫を抱えて部屋の暖房の前に陣取る。それから子猫に歯が生えているかどうか伊作は聞いた。恐る恐るタオルの中の子猫の口を捲ると、割と歯はそろっているようだ。

『じゃあ授乳期は過ぎてるかな。あとは水分を与えてあげて。弱ってる時は水道水だと下痢の原因にもなるから、できればペットボトルの水がいいね。餌は猫用の缶詰ぐらいならコンビニにも売ってるよ。なんだったら今から買って持って行こうか?』

数ヶ月ぶりに連絡したがこいつのお人好しも顕在だ、と文次郎は密かに笑った。腕の中の子猫も幸い落ち着いたようで、今は震えることもなく微かに寝息を立てている。

「いや、お前明日も仕事だろう。コンビニにあるなら自分で買ってくる」
『そう?…でも明日病院に連れていってあげてね』
「ああ。遅くに悪かったな、助かった」
『いいよ。お大事にね』

電話を切って子猫を起こさないようゆっくりとタオルごと床に置き、文次郎はさて、と立ち上がった。
ともかくは、コンビニまで走って子猫のための餌と水を買ってきてやらなくてはなるまい、と意気込んで自分の姿を顧みると、ワイシャツ一枚にトランクス一丁という、随分情けない格好だった。



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