晴天の下
ーーーーーーーーーーーーーーー
率直に言ってしまえば、和真はあの青桐の兄妹が、どうにも気に食わなかった。
気に食わないと言えば語弊があるかもしれない。
正しく表現すれば、青桐兄妹……特に兄の方が薄気味悪いから近寄りたくない、である。

だから和真はあの兄妹がやってきてからの3日間。一切、自ら進んで彼らに話し掛けようとはしなかった。
話し掛けられれば応対しそれなりに話をしたが、そも、あの兄妹はなかなか和真に話しかけて来ない。
ここ三日間で由香という少女と和真が唯一交わした言葉が初日のガンを飛ばしながらの会話以外は、「おはよう」のみなのだから、もう救いようがない。

そんな和真を嘲笑うかのように、無邪気な可奈は臆せずあの兄妹にアタックしている。
もうそれは清々しい程のべったり具合に、遠くから見ている和真の方が胃もたれしそうだった。

叶夜の方が可奈をどう思っているかなど、あの薄気味悪い微笑みからは何も読み取れなかったが、歳も近い事もあり、少なくとも由香の方は可奈とそれなりに親交を深めたようだった。

和真に対しては未だ、姿を見るだけで恥ずかしそうに叶夜の後ろに隠れてしまうのに対し、可奈が笑いかければ恐る恐るだが兄の背中から顔を出し、はにかむ。

初めて見た、いつも下を向いている一つ年下の少女の微笑みに、「なんだよ、笑ったらそれなりにかわいいじゃねーか」と、らしくない事を考えてしまい、和真は一人壁に頭を打ち付ける事となるが、それとこれとはまた別の話。

情けは人の為ならず、とは誰が言った言葉だったか。
人に良いことをすれば自分に返ってくる。
つまり、何もしなければ何も返っては来ない。
人生そう甘くない。
であるからして、由香と和真の距離は縮まる事はなく、むしろ開いていく一方であった。

だが、和真にはそれが、どうも面白くなく感じられ、余計に由香に話し掛けるのが癪になり、結局のところ本心とは裏腹、優しく話しかけるどころか、不機嫌顔で少女を睨み付ける事しか、不器用な少年になす術はなかった。

そうして、和真は逃げるように、ここ3日間地元の友達と外で遊び回る日々を送っていた。

そんな四人の子供達の関係を、茜はどう見ていたのか知らないが、少なくとも和真の青桐兄妹の接し方には何か物申す必要性を感じたようで

「和真、もうちょっと由香ちゃんと叶ちゃんに優しくしてあげたら?」

と、夜寝る前に和真を呼び出し苦言を呈した。

一体あんたはいつの間にあのいけ好かない野郎を「叶ちゃん」なんて可愛らしい愛称で呼ぶようになったんだ。

との思いが脳裏を過るが、それを無理矢理飲み込み、和真はぎっと抵抗するようにダイニングテーブルに座る茜を睨み付けた。

「いやだ」

「もう、そんなこと言わないの」

困ったように眉を下げ、笑う。
そんな顔をされても騙されないぞとばかりに、和真はわざとらしく眼光を強める。

「仕方ないわね」

わざとらしく溜息を吐き、茜はやれやれと首を振る。
どうにも嫌な予感がして、和真は一歩後ず去った。

「な、なにがだよ」

「今度遊びに行く時は、由香ちゃんと叶ちゃんを連れて行くこと!分かった?」

茜はびしっと指を立てた。

「な!?なんで俺がそんなこと!!」

「和真」

「なんだよ」

「いつまで意地を張ってるつもり?」

肘を付き、困り顔で笑う。
指摘されたくない所を触れられてしまった。
意地など張っていない。本当に関わりたくないのだ。
そう思っていたのは本当だし、今でも叶夜に対してはそう思っている事は否めない。
だが、由香に関しては少しぐらい話してやってもいいだろうという気持ちは微かながらにあったのだ。
それを邪魔していたのは幼いながらの意地としょうもない薄っぺらなプライドだった。

「本当は仲良くなりたいんでしょ」

ふふふ、と茜は可奈が時折浮かべるムカつく笑みとよく似た笑い顔を浮かべた。
成る程、あの笑い顔は母譲りか。
変なところを受け継ぐんじゃない、今度絞めると、和真は半ば八つ当たり気味に脳裏で可奈をサンドバッグにした。

「そうねー、将来的には和真が由香ちゃんと結婚でもしてくれれば、お母さんとしては嬉しーー」

「はぁぁ!?ばっかじゃねぇの!?」

咄嗟に叫び声を上げていた。

「冗談よ、冗談」

息子のあからさまな動揺に、茜は腹を抱え心底おかしいといった具合に笑った。

「あー!もう!わーったよ!今度あいつらを連れて行けばいいんだな!?」

とにかくこの場から離れたいと、和真は顔を赤く染めながら茜を睨み叫び声を上げる。

「分かればよろしい」

満足げに頷き、茜はおもむろに立ち上がると和真に近付いた。
そうして腰を屈め、少年の父譲りの何色にも染められていない黒い髪をわしゃわしゃと撫でる。

母からのスキンシップは、まあ悪い気はしないな、と思いながらも、実際それを素直に表現出来るほど、和真は素直な子供ではなかった。
満面の笑みで和真を愛でる茜を半目で睨み付け、和真はやけくそ気味でその腕を振り払い、逃げるようにリビングの扉を乱雑に開け放っていた。

「いいか、俺は母さんにたのまれただけだからな。かんちがいすんなよ」

翌日。そう前置きをして、和真は約束通り由香と叶夜、ついでに叶夜にくっついてきた可奈を連れて、いつも友達とサッカーをしている公園に向かっていた。

その道すがら、由香は興味深そうにきょろきょろと周囲を見回しており、そうしていると普通に子供らしい純真な少女に見えた。

「あ……」

じーっと観察しているとふいに何度か目が合った。
どうすればいいか分からず、二人はその度にほぼ同時に視線を逸らしていた。

一方叶夜はというと、落ち着き払った様子で由香を観察していた。
お前はそいつの父親か?というぐらいには、叶夜は由香を心配しているように見えた。

(そういえば、こいつらの親父って死んでるんだっけか)

それならば納得、なのだろうか。
それにしても、と一々由香の一挙一動に気を配りすぎではないのだろうか。
少し由香がぼーっとしていただけで異様に心配し、田舎特有の整備されていない道のせいでよろけた日には、四歳年下の妹を担ぎあげようとしたぐらいだ。

叶夜はとにかく由香に対しては過保護だった。それはもう常軌を逸する程に。
だが、それ以外のものにはとにかく無頓着だった。
表面上は皆に平等に接する紳士的な少年、に見えるが、実のところ実の妹以外に良くも悪くもなんの感情も抱いていない、というのが的確な表現である気がした。

(俺の周りはシスコンしかいないのかよ)

茜といい叶夜といい、本当になにかに呪われているんじゃないか?
と、和真は一人溜息を吐く。

よって、可奈が報われる日は来ないのだろうなと、幼い恋心を叶夜に向ける可奈に、和真は少し同情した。

そうこうするうち、公園に辿り着く。
見ればいつものメンバー、と言う名の小学校の同じクラスの面子十数人がほぼ全員揃っており、和真の後ろに控えている二人を目に写すと、興味津々で近寄ってきた。

「おい和真!そいつら誰だ!?」

「もしかして転校生!?」

「きゃー!おにいさんイッケメン!!」

「わたし好きになっちゃったかも……!」

案の定、女子からの叶夜の人気は凄まじいものだった。
小学二年生女子からしてみれば、小学四年生というのは物凄く大人に見える。
一般的な小学四年生でも大人に見えるのだ、この叶夜とかいう異質なまでに大人びたカリスマ性を持つ少年が、少女達にとって魅力的に映らないはずがなかった。

「……俺の従兄妹。夏休みの間うちに住むんだとよ」

「初めまして、青桐叶夜です。ほら、由香も挨拶して」

「あ、青桐由香です……。よ、よろしくお願いします……」

ぺこりと由香は一礼し、恥ずかしそうに叶夜の後ろに隠れてしまう。
それが、普段そういったジャンルの女子を見慣れていない日暮町の少年達にどう写ったのかは分からないが、男子全員満更でもなかった気がする。

どうも和真にはそれが気に食わなかった。

そこから、いつものようにサッカーをすると言う話になり、せっかくなので、ということで叶夜はサッカーに参加する事になった。

一方由香と可奈はというと、流石に幼稚園児にサッカーをさせる訳にも行かず、可奈は当然ベンチで見学。
由香の方も、あまり運動は得意じゃないという本人の申し出により、可奈同様、ベンチに座って観戦、ということで収まった。

「叶兄ぃー!がんばれぇー!」

試合開始早々、ベンチから聞こえてきた可奈の猛烈な叶夜へのラブコールに、「コイツにだけは負けられねぇ」と意気込んでいた和真は盛大にずっこけた。

「おい可奈てめぇ!」

「まぁまぁ」

野良犬のように可奈に突進していきそうな和真を苦笑いでなだめ、叶夜は穏やかにベンチに座る二人に手を振った。
それを見て、試合に参加している女子数名も黄色い歓声を上げる。

「……調子乗ってんじゃねーぞ!」

額に青筋を浮かべ、一人ボールを蹴り砂の上に靴で線を引いただけの簡素なゴールに向かい走り出す。
まわりで、和真突っ走るなよ!といった野次が上がっていたが、今の和真は聞く耳を持たなかった。
そうしてゴールまで後少し、叶夜の横をすり抜ければすぐにシュートが決められるという状況になった。

どこからどう見ても叶夜は運動できそうには見えない。細く色白、掛けられたフレームレスの眼鏡と思慮深そうな双眸からは、知的な雰囲気がそこはかとなく感じられるが、そこに運動神経等というものは無縁に思えた。

だからこそ和真は茜の言葉に従い叶夜をここに連れてきた。
お前の大好きな妹の前でその鼻高々の気に食わない顔に泥を塗ってやる、くらいの意気込みでやってきた。

その筈が、赤っ恥をかかされたのは和真の方だった。

和真が叶夜を抜く寸前、どのタイミングでお前は動いたんだ、と言いたくなる程の目にも止まらぬ早業で、瞬き一つ終わらせた瞬間には叶夜は和真の先を、ボールを颯爽と奪い、彼のチームメイトにパスを出していた。

「お前……」

悔しさと自分の判断ミスから恨みがましく振り返った。
そうして見たのは、案の定和真が崩してやりたいと思っていた飄々とした笑顔だった。
青桐叶夜は人をムカつかせる天才だと和真は思う。
そうして二人で無音の睨み合いを続ける後ろで、ゴール!!と叫ぶ審判役の少年の声が聞こえた。

そこから後は散々だった。
和真の浅はかな計算外に運動が得意だったらしい叶夜は、回ってきたボールを、さり気なく的確な位置にパスを出し、時折は自分でシュートを決めてみせ、まさに叶夜の独壇場といった具合だった。
それでも、時折は和真や和真と同じチームの面々にもボールが回ってきたが、和真の目にはわざと叶夜が手加減しているようにしか見えなかった。

「俺、ちょっとぬける」

「あ、おい!和真!」

チームメイトの引き止める声も聞かず、和真はふてぶてしく可奈と由香の見学しているベンチにやってきた。
そうして、不貞腐れながら、空いていた由香の横に座りふんぞり返って未だ試合を続けているクラスメイトと叶夜を傍観する。

「叶兄すごいね!にいさん!」

「あー、そうだな」

「何よそのやる気のない言い方。ああ!叶兄ステキ!」

(今時のガキはませてんだな)

こんな妹御免だ、もう少し可愛げというものはないのか、と救いを求める思いで、横に座る由香の横顔を見詰める。

「お前のアニキ、じゃくてんとかねーの?」

「えっと……たぶん……ない……とおもう」

随分曖昧な回答が返ってくるだけだった。
叶夜の出鼻をくじく事は、この圧倒的な力の差を見る限り、今の和真には到底無理そうだった。

「なぁ」

「な、なに?」

可奈が試合に熱中しているのをいい事に、この機会になんとか由香との距離を縮めようと会話を試みるのだが、なかなかいい話題が思い浮かばない。

「あついな」

「そ……そうだね」

そりゃ夏だから暑いに決まってんだろ。
言った後で後悔するも時すでに遅し。
言ってしまったものは収まりがつかず、そのまま微妙な空気が二人の間に流れる。
蝉の声がやけに煩く感じられた。

「あの……」

先に口を開いたのは意外にも由香の方だった。

「なんだか、ごめんね。……その、いきなりおじゃまして、おばさんにも和真くんにも可奈ちゃんにも、めいわくかけちゃって」

「……べつに気にしてねーよ」

ぶっきらぼうに言い切り、和真は由香から視線を逸らした。
まぁ、叶夜の事は気に食わねーけどな、と内心悪態をつくも

「ありがとう」

そんなもの、どうでも良くなるぐらいには少女の微笑みは魅力的に写った。

「お、お前の家も大変なんだろ。お前の母さんも、苦労してんだろうし」

そうして一瞬の間を置いてから

「お前の母さんって、どんなやつなんだ?」

と、訪ねていた。

「……やさしい人だよ」

少女から返ってきたのは、静かで、そうしてどこまでも愛情に満ちた言葉だった。

「わたしと、お兄ちゃんのためにがんばってくれてる。……お兄ちゃんとは、その、うまく言えないんだけど、あんまりなかよしじゃなくて……でも本当は、とっても優しい人」

「……お前はその母さんのこと、好きなのか?」

「うん……大好きだよ」

屈託もなく浮かべられた笑顔には一点のくもりもなく、少女が心底母親を愛し、また愛されている事を象徴しているように思えた。

「……俺の母さんとおんなじこと言ってる」

「……そうなの?」

「母さんいわく、とってもやさしくてかわいいじまんの妹なんだってよ」

「とってもやさしくてかわいい……」

呟いて由香は一瞬無言になった。

「……おこるとこわいけど」

ぼそっと呟かれた言葉に、和真は吹き出していた。

「それはうちの母さんもいっしょだって!」

そうして、二人して馬鹿みたいに笑う。
夏の暑さなんて、気にならなくてなっていた。

「……二人とも、いつのまにそんなになかよしになったの?」

流石の二人分の笑い声に、今まで真剣に試合を見ていた可奈が不服気に二人を睨んでいた。

「なんか、わたしだけ仲間外れみたい」

ぶーっと頬を子供らしく膨れさせ、拗ねてみせる様は年相応だ。

「そ、そんなつもりじゃ……っ」

あわわと、あからさまに由香が戸惑い始める。

「あんまりこいつこまらせるなよ。後で叶夜に言いつけるぞ」

「ひ、ひきょうもの!このげどうー!!」

投げやりに言葉を投げ掛ければ、顔を真っ赤にして怒る可奈の顔が目に入る。
それが妙におかしくて、一人吹き出すと、横に座る由香が「か、かずまくん!」と戸惑ったような怒っているような複雑な声音で困り顔で和真を咎める。

まぁ、たまにはこんなのも悪くねーかな。

と、一人晴天の下声を上げて大笑いしながら、和真はそんなことを思ったのだった。

≪back | next≫
- 54 -


目次へ


よろしければ、クリックして投票にご協力ください。
 



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -