花婿の資格
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キース・ルフランを選ぶのか、という問いに、女は是と答えた。
自分が何より望んでいるものをその女は持っているくせに、呆気なく捨てたのだ。
誰より愛され、異常なまでの思慕を向けられ、それに気がついているのに、思いを踏み躙った。

ロザリアはそれでもいいのだと、報われる事など最初から望んではいないのだ、ただ彼女の幸せだけを願い続けているのだと、そう微笑んでみせる。

だが、主が許してもキャロラインだけは、一生かかっても青桐由香という人間の存在を許せなかった。

花嫁と言えば聞こえは言いが、要するに花嫁とは、自らの処女と心を捧げた吸血鬼の専属の餌になる、という意味合いだ。
他の吸血鬼が花嫁の血を飲む事は叶わず、もし口にすれば激しい苦痛と共に死に至る猛毒と化す。
他の吸血鬼の催眠術や洗脳等の刷り込みにも耐性が出来、花嫁は言葉通り、心を捧げた吸血鬼の為に死を迎えるその時まで全てを捧げることになる。

あの女がどこまで吸血鬼の花嫁というものを知っているのか、そんな事キャロラインは知りもしない。

ロザリアの気持ちを蹴って、キースを選ぶという傲慢さが、キャロラインには到底許容出来はしなかった。

「……馬鹿な女よ、あんたは」

みっともなく地面に手をつき、彼女に救われた夜と同じようにガタガタと震えながら、キャロラインは下を向いたままロザリアの声に耳を傾けた。

草を踏みしめ、こちらに近寄ってくる靴音が、キャロラインの心にぐさりぐさりと突き刺さっていた。

ロザリアは、恐怖に震えるキャロラインの眼前に辿り着くと、そっとその場にしゃがみこんだ。
近くにいるロザリアの顔をまともに見れず、俯いたまま歯を食いしばった。

「ごめんなさい」

突如告げられた穏やかな謝罪の言葉に、驚き咄嗟に顔を上げる。
眼前に合った赤い目は朗々と輝き、その真意を読ませてはくれなかった。
ロザリアはその細く白い腕でキャロラインの包帯の巻かれた顔の左半分に触れた。

「今から10年前の夏の話よ。私は愚鈍で馬鹿な人間の小娘に出会った」

優しくキャロラインの頬に包帯越しに触れながら、ロザリアは目を閉じ穏やかに口を開く。

「その子はどこまでも弱くて平凡で、極めつけに、救いようのないお人好しで。最初は鬱陶しかったし、大嫌いだったんだけど、いつの間にか毎年毎年、その子が遊びに来る夏の日が楽しみになってた自分がいた」

黙って彼女の話に耳を傾け続ける。

「結果として、その子にそんなつもりはなくても、私は救われていた。そして、私は自分が救われたように、気まぐれに誰かに救いの手を差し伸べてみたくなった。そんな時、丁度あんたに出会ったのよ、坂下詩織」

今の話が何だというのか。
もしも、その通りなのだとしたら今自分がここにいるのは全部青桐由香のおかげということになるのか。
考えて吐き気がした。
受け入れられなかった。

「あんたには悪い事をしたと思ってる」

「そんな事ありませんっ!!」

少なくとも、ロザリアに出会った事を後悔した事はない。今の自分は幸せだと断言出来た。

「キャロライン、あんたは私を無条件に慕ってくれてる。それと同じようなものよ。私は由香の為なら何でも出来る。由香がキースを選ぶって言うなら、私はそれを邪魔する奴を片っ端から潰すだけよ」

「……ロザリア様は、それでいいんですか」

青桐由香が望むのなら何だってする。
青桐由香が幸せになれるのなら何だってしてみせる。
だが、そこにロザリア自身の幸せの勘定は全く持って含まれてはいない。

「自分が心から慕う相手が幸せになれるのなら、自分はどうなってもいいって言うんですか!」

目を見開き、叫んだ。
そんなのは認められない。
ロザリアが由香の幸せを願うように、キャロラインはロザリアの幸せを願っている。
彼女自身が納得していても、キャロラインはそれを許せそうになかった。

「これでいいのよ」

ロザリアはキャロラインの頬から手を離した。
立ち上がり背を向け、哀愁を漂わせながら、彼女は月光の中、どこか吹っ切れたように微笑んだ。

「だって、女の私じゃ最初から、由香を花嫁にする事なんて出来はしないんだから」

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