悲痛な叫び
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金の髪の少女は、由香をその瞳に捉えた途端大きく目を見開き、激しく紅の瞳を揺らした。

そのまま、笑みを浮かべ普段学校でしてくるように抱き着いて来るのかと思われたが、ロザリアは前に踏み出しかけた足を咄嗟に引っ込めた。
胸の前で左手を抑え、ぐっと歯を食いしばる彼女の顔に浮かぶのは不安と後悔の色だけだった。

由香が近付く度に、ロザリアは下を見たまま一歩二歩と後ろに下がっていく。
その攻防は由香が階段を降りきるまで続いたが、何時までもこうしている訳にもいかない。
由香は意を決し、口を開いた。

「……ロザリアちゃん」

びくりとロザリアの身体が揺れる。
彼女は恐る恐るといった様子で、心底気まずそうに、躊躇いがちに口を開いた。

「……血を、あげたのね」

目線を逸らしぼそりと呟かれたそれは、由香を責めているようにも聞こえた。
吸血鬼である彼女なら血の芳香に気が付いて当然だ。時折込み上げてくる吸血の衝動を堪えるように口元を抑え、ロザリアは由香からまた一歩距離を開けた。

「お兄様の体調はどう?良くなった?」

少しでも距離を開けた事で落ち着いたのか、ロザリアはその顔に人の良さそうな笑みを浮かべた。

「尤も、由香から血をもらっておいて元気になってないなんて許さないけどね」

けたけたと声を上げて笑う少女はいつものロザリアだ。
だが、いつもより幾分か顔が強ばっており、あからさまに無理をしているのは伝わってきた。

「……どうして、急に居なくなったりしたの?」

「っ……」

思っていた疑問を率直に聞くと、ロザリアは言葉に詰まった。
キースが居なくなったのには怪我をしたからだと納得がいく。だがロザリアはどうだろうか。
確かに血を吸われはしたが、由香はその事を根に持つつもりは更々ない。今更攻めたところで何にもならない。
だが一瞬の躊躇いの後、ロザリアは何事もなかったかのように平然と話はじめた。

「もう潮時かなって」

あっけらかんと、吹っ切れたようにロザリアは笑った。
一瞬言われた言葉の意味が飲み込めず困惑する。

「今の私に由香の傍にいる資格なんてない。それだけよ」

微笑みながら言われた言葉はどこまでも自虐的だった。

「大丈夫よ、由香の事はちゃんとキースが守ってくれるわ。私なんていなくてもやっていける」

言いながら、一歩一歩ロザリアは由香に近寄ってきた。

「言いたい事はそれだけ?……私だって暇じゃないんだから、用が済んだなら帰って」

由香の真横を通り過ぎる間際、ロザリアは金の髪を揺らしながら素っ気なくそんな事を言った。
由香の目を一度も見ずに、頑なに拒絶したまま、淡々と階上にある自室に向かおうとするロザリアに、咄嗟に彼女の腕を掴み引き止めていた。
ロザリアの目が大きく見開かれる。
何か言わなければと思うが、後の事など何も考えていなかったので何も思い付かない。
迷った挙句由香の口を付いてでたのは

「寂しいよ」

という一言だった。

「私は、ロザリアちゃんがいないと寂しい」

ロザリアの赤い瞳が激しく揺れた。
このまま、学校の皆がロザリアとキースの事を忘れてしまうなんて嫌だ。
例え吸血鬼であろうと、ロザリアはこんな自分の友達であろうとしてくれた。
なら、それに応えるのは当然の摂理ではないか。

「ロザリアちゃんは、もう学校には戻らないつもり……なの?」

帰ってきたのは痛い程の沈黙だけだった。
ロザリアは俯くだけで由香の顔を見ようとしない。

「だから皆ロザリアちゃんの事を忘れていたの?ロザリアちゃんだけじゃない、キースさんだって」

「ちょっと待って」

途端、焦ったようにロザリアは顔を上げた。

「私、そんな事してない」

ぼそりと呟きの重大さに気が付いたのか、ロザリアからどんどん血の気が引いていく。
それを呆然と見ながら、由香は反射的に呟きを漏らしていた。

「え……?」

てっきり学校に戻るつもりがないから二人は皆の記憶を消したのだと思った。
だが、どうやら今回の件にロザリアは関与していないらしい。
ロザリアの深刻そうな様子から察するに、キースでもなさそうだ。

「……駄目」

「ロザリアちゃん……?」

「ここから出ちゃ駄目!!」

叫んで、ロザリアは由香を引き留めるように力強く抱き着いてきた。
彼女の身体は恐怖からなのか小刻みに震えていた。
顔からは血の気がなく、怯えているのは明らかだ。

「駄目!駄目よ!学校はもう安全じゃない!いえ、あの家ももう安全じゃないわ!」

「ロザリアちゃん落ち着いーー」

「落ち着いてなんかいられない!由香はここにいなきゃいけないの!ここにいれば守ってあげられる!だから帰っては駄目!!」

金切り声で叫び、ロザリアの震えは強まるばかりだ。
並々ならぬ事態なのは由香にも理解出来る。
そしてそれがおそらくはとんでもない脅威なのだという事も。
だが、人というものは自分より混乱している者を見ると不思議と落ち着いてくる生き物らしい。
由香だって恐ろしかった筈だが、それ以上にロザリアの事が、目の前で恐怖に震える小さな少女の方が心配だった。

「もう二度と由香を傷付けたくないの……っ!!だからお願い……お願いだからここにいて……っ」

最後は半ば泣きながら言うロザリアに言葉を失う。由香には黙って泣き崩れそうになるロザリアを支えてやる事しか出来なかった。

ロザリアは由香から全く離れようとはせず、由香も無理に引き離そうという気にはならなかった。

そんなロザリアを意外な形で引き離したのは、キャロラインだった。
彼女は背後から忍び寄りロザリアの首の後ろに手刀を入れ気絶させ、荷物のように項垂れた少女を軽々と担ぎあげた。

「帰るのでしょう?私はロザリア様のように貴女を留める気はありません」

くるりとロザリアを担いだまま由香を無表情に見詰め、キャロラインは冷たく言い放った。

「青桐由香、貴女は一度本当の絶望というものを味わえばいい」

不適に笑い、キャロラインは由香に背を向け、それきり振り返りはしなかった。
不気味なキャロラインの笑みが、どうしても脳裏にこびりついて離れなかった。

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