奇矯な態度
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前々から予測していなかった訳ではなかった。
ロザリア・ルフランは明らかに普通の人間ではない。幼い少女にしては色気を纏っており、大人というには精神的に幼すぎる。
彼女は根本から矛盾していた。

「あのね、由香」

ロザリアは、突然由香から身体を離すと、組んだ両手を腰の後ろに回し、由香の机の前に立ち、心底楽しそうに笑んでみせた。

そこにあるのは純粋な好意だけだった。

「今から屋敷に帰りましょう!私ね、美味しいお菓子を用意したのよ」

「え……?」

不意打ちだった。
突拍子が無さすぎるし、なにより今から授業が始まる。
学校に来てなにを言い出すのだろうかと、由香の中に単純な驚きの念が生まれた。

(変な事して、伯母さんやお兄ちゃんに迷惑を掛けるわけには……)

それに、義務から逃げているようで、由香は気が進まなかった。
馬鹿げた考えだと思った。

「私が行きたいって言ったら行くの!ほら!」

「え!?……ろ……ロザリアちゃん!?」

彼女は宣言するや否や、由香の手を握り無理矢理立たせると、そのまま教室の扉を開けて、飛び出した。
不思議と生徒達はなんのリアクションも取らなかった。
何かがおかしかった。

「ロザリアちゃん!待って!!」

廊下を引きずられる様に走りながら、由香はロザリアに抗議の声を上げた。
体力が持たないし、そもそも学校をこんなにも堂々と抜け出すなんて事は有り得ない。
だが、ロザリアはどこ吹く風。

「もー!由香ったら情けないんだから」

由香の必死の訴えを冗談とでも受け取ったのか、ロザリアはうふふと頬を紅潮させながら、声を出して笑った。

どんなに声を出しても、どこの教室の生徒も反応を示さない。
異常だった。

「ロザリアちゃん!本当にまずいから!」

「由香は、なーんにも心配しなくてもいいわ。とにかく、私は由香と遊びたいの!」

ロザリアには常識が全く通用しない。
彼女は良くも悪くも純粋なのだ。
好意も悪意も、何もかもが。


今彼女は由香と遊びたいらしい。
彼女の中の優先順位では、学校よりも由香の方が上に位置しているようで、彼女の中の理性というのは全く持って反応していなかった。
彼女は獣だ。本能の赴くままに動く動物。


「ほら由香!もっと早く走って!時間が勿体無いじゃない」

少し拗ねたようなロザリアに内心ドキリとする。

(でも、ここで流されちゃ駄目……!)

「ロザリアちゃん!」

由香は声を張り上げ、怒鳴りながらロザリアの手を引き彼女を無理矢理引き止めた。

流石に由香の只ならぬ雰囲気を察したのか、ロザリアは歩みをゆっくりと止め、気だるそうに振り返った。

「どうしたの?由香」

「あのね、ロザリアちゃん。学校では授業を受けなきゃいけなくて……だから……」

「それがどうしたの?」

「え……」

「私は由香と遊びたい。だから他の事なんてどうでもいい」

きっぱりと、清々しい程の言い切り方に、由香は驚愕せざるを得なかった。

「それとも、何?……由香には学校なんていう……こんな馬鹿げたくだらないものの方が大事なの?」

由香なりに、勇気を出した行動のつもりだった。
兄や伯母に迷惑を掛けない、普通の人間への第一歩。
学校は確かに楽しい事ばかりでは無いし、嫌な思い出の方が由香には多い。
それでも、由香なりに前進しているつもりだった。
それを全否定された。
自分よりも年下に見える美しい少女に。
普通な由香とはそもそも全てが違う次元の少女に。

「くだらなくなんてない」

俯き、拳を握り締めながらぼそりと呟いた。
幸福と愉悦に満ちたロザリアの瞳が途端に悪魔の様に細められた。

「……何ですって?」

「ロザリアちゃんには分からないかもしれないけれど……私は普通になりたくて……だから……今の私には大事なの」

「ねぇ……それは私よりも大切?」

ロザリアは笑いながら由香の瞳を覗き込んでいた。
赤い瞳が責める色を含んでいた。

「……ごめんなさい」

ロザリアは暫しの沈黙の後、顔を上げ、由香へにっこりと楽しそうな笑顔を向けた。

「分かった」

正直なところ、拍子抜けだった。
てっきり前のように威圧されるのかと思っていたのだが、彼女の対応は意外にも素直なものだった。
両手を伸ばし、スカートを揺らしながら、くるくると優雅にその場で一回転してみせたロザリアはさながらお人形のようだった。

「由香がそうしたいっていうなら、私もそうする。……じゃあ、戻ろっか!」

パチンと、ロザリアは手品師の様に指を鳴らしてみせた。
すると、先程まで静まり返っていた校内に、途端に朝の賑が戻ってきた。

何かがおかしい。
さっきから感じていた違和感が確信に変わった瞬間だった。

思わずじりじりと後ずさる。
朝の喧騒が、どこか遠くで聞こえていた。
ロザリアはきょとんと首を傾げた後、裏のあるような不気味なまでに完璧な笑顔を浮かべた。

ロザリアは由香にさりげなく手を差し伸べた。
白く細い腕が、何故だか由香を縛る鎖のように見えた。

「ほら、早くしないと『一時間目』が始まっちゃうんでしょ?」

彼女の真意も、正体も、何もかもが分からないが、今はこの手を取って一緒に走り出さなければ一時間目に間に合いそうに無かった。

だから由香は、すぐに折れてしまいそうなか細い腕を息を呑みながら力強く掴んだ。

途端、ロザリアがぱぁァァっとその顔に華やかや笑顔を浮かべた。

「急ぎましょう!由香っ!」

由香の腕に抱き着いている少女は、どこか、どう見ても純粋な幼い少女にしか見えない。
楽しそうで嬉しそうな、無垢な子供。
ロザリア・ルフランは、心の底から由香といる事を楽しんでいた。

(……少なくとも、ロザリアちゃんは悪い子じゃないんだ)

良くも悪くも純粋なだけ。
それは、彼女の家に行った時から分かっていた事だ。
彼女が何者かなんて由香には全く分からないが、今は彼女を信じていてもいいのだろうと思えた。

ロザリアと一緒に教室に戻ると、クラスメイト達の視線が一気にロザリアと由香へ注がれた。

(そういえば、急に出てきちゃったんだっけ……)

それなら、この注目のされ方も頷けた。
だが、由香は、同時に飛び出して来た時のロザリアのクラスメイト達への反応を思い返してしまった。

「ロザリアちゃん……あの……穏便に……ね?みんなと、仲良く……ね?」

「……っ!?由香!!どうして私がこんな薄汚いゴミ共と会話しないといけないのよ!?私は由香とだけいれればそれで!!」

「ロザリアちゃん。……お願いだから、ね?大人しく、大人しく……」

由香の必死の説得に折れたのか、ロザリアは一度仕方ないといった様子で咳払いをすると、由香から見ればあからさまな、しかし他人から見れば見事な優等生の笑顔を浮かべ、スカートの裾を摘みお嬢様のようにお辞儀をしてみせた。

「皆さん、心配をお掛けしてすみませんでした。……少し具合が悪くなってしまって青桐さん保健室に連れて行ってもらっていってたんです。でも、保健室に行く途中で具合が治ってしまって……。青桐さんにも、皆さんにも、本当に迷惑をお掛けしました。先程の失礼な口調も、少し緊張していて、イライラして言ってしまっただけなんです。……だから、どうか、これから仲良くしてくださいね」

少し無理がある言い訳のような気がした。
いくらなんでもそれはどうなのか、と。

だが、彼女はまた何かしたのか、生徒達は何事も無かったかのように、気にしないでーと言うと、そのまま又ガヤガヤと世間話を再開させた。

「ロザリアちゃん……貴女は」

一体何者なの?

その問は、彼女の純粋すぎる表情に掻き消されてしまった。
ロザリアは、由香をチラリと返り見ると、にっと小さく笑みを浮かべ、そのまま由香の存在を無視したかのように席へと着いた。

あくまでも、由香の希望は叶えるつもりらしい。

始業チャイムが鳴ったのは、丁度由香が席へ腰掛け、ロザリアへ声を掛けようとした直後だった。
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