捧げられる愛情
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暗い廊下をロザリアに無理矢理手を引かれ歩きながら、4人はそれぞれ全く別の反応をしていた。

ロザリアは嬉々としながら、キースは相変わらず何を考えているのか分からない笑顔を浮かべ、由香は激しく困惑し、前にたって案内をしているキャロラインだけは相変わらずの無表情だった。

「ねえねえ、由香。私も一緒にお昼寝していい?」

「え……?」

ロザリアは由香に思いっきり抱きつきながら、そんな事を聞いてきた。

「駄目なの……?」

今度は、さほどロザリアを恐いとは思わなかった。
不満そうに頬を膨らませて拗ねてみせる彼女は、年相応に可愛らしい。

「……いい……よ」

別に由香に拒む理由はなかった。
本当は一人になりたかったが、ここで拒んでさっきのように威圧感溢れる空気を醸し出されても、逆に困ってしまう。

「本当!?由香大好き!」

由香の答えを聞いた瞬間に、ロザリアは綺麗な花を咲かせた。
えへへ、と頬を刷り寄せてくる彼女は、やはり年相応に幼げだった。



案内された部屋は、やはり食堂と同じく豪華な作りだった。
西洋のお姫様が使うような天蓋付きの大きなベッドに、カーテンで日光が完全に遮られシャンデリアの光によって薄暗く照らされた部屋は、まるで異世界のようで、時間の感覚さえ分からなくなりそうだった。

「ゆーかとお昼寝!仲良くおひるね!」

ロザリアは楽しそうに歌いながらベッドに盛大にジャンプすると、近くにあったうさぎのぬいぐるみを抱きしめながらバタバタと足をばたつかせた。

お行儀の悪い行動だが、ロザリアがするとそれさえも妖精のように可愛らしい。

(可愛い……)

ロザリアはころころと喜怒哀楽が移り変わる。
今のように無邪気な子供のような行動をすることもあれば、由香と初めて出会ったときのような大人びた、それも妖艶ともとれる表情をすることもある。

そして

「ロザリア様。お行儀が悪いかと。」

「……うるさい。あんたは黙ってなさいよ」

気に食わないことに対しては過剰なまでに苛立ちをぶつける。

「…申し訳……ございません…」

「役立たず、クズ、ノロマ。義理で置いてあげてるだけ感謝しなさいよ。ゴミのくせに」

いくらなんでも言いすぎだと思った。

人に向かってゴミと言うなんて、同じ人として最低だ。

「あの……ロザリアちゃん……」

由香はもうやめてあげて、そういうニュアンスを込めて少女の名を呼んだ。

「なぁに?由香?……あ、ごめん。由香のこと待たせちゃったね……。これはもうどうでもいいからお昼寝しよっか」

(これ……?)

由香は自身の耳を疑った。

ロザリアの声はとても喜々としていた。
だが、落とされた言葉は酷なもの。

由香は思わず背後に立っていたキャロラインを凝視してしまった。
人以下の扱いを受けているのにキャロラインはなにも思わないのだろうか。

ふと、キャロラインと一瞬目があった。

彼女は由香を冷淡な表情で見つめると、すぐに視線を前に戻した。

おそらく、全く気にしていないのだろう。彼女にとってはこれが日常で普通な事。

訪問者である由香の方が、ここでは異端になる。

「もう、由香いつまでそこにいる気?早くおいでよ」

ふかふかしてて気持ちいいよと、ロザリアは中々ベッドに近づこうとしない由香に少し不機嫌そうに催促の言葉を掛けた。

到底安眠などできそうにないが、逆らわない方が身の為だ。
まず一歩、由香はベッドの方に近づいた。
ロザリアに届くまで、あと七歩。

バクバクと心臓が脈打つのを感じながら、由香は更にもう一歩踏み出した。

あと六歩、五歩、四歩

「もう!遅いよ!」

「……っ!?」

手を伸ばせばベッドに手が届く距離まで来た瞬間、由香はロザリアによって無理やりふかふかとした羽毛布団の中に引きずり込まれていた。

ベッドがふかふかだったおかげで、さほど衝撃はなく、ぼふっと軽く布団に体が沈む音が聞こえただけだった。
それとは反比例して、なにが起きたのか全く分かっていない由香の鼓動はバクバクと上昇していた。

背後でキースが貴族の様な優雅な動作で「それでは、私は失礼するよ」と言いながら部屋を退出していたのだが、今の由香の耳にはなにも届きはしなかった。

驚きのあまり固まっていた由香がようやく落ち着いたのは、キースが部屋を去ってから約10分後のことだった。

「ねえ、由香聞いてる……?」

咎めるようにして放たれた棘のあるもの言いで、ようやく由香の意識は再起動した。

「あ……、ごめんね……。ちょっとぼうっとしてた……」

「……由香っていつもぼんやりしてるのね。上の空だし、私のお話ちゃんと聞いてくれないし……」

ロザリアはむすっと眉根を寄せると、ふいっと由香に背中を向けて丸まってしまった。

「あの……ロザリアちゃん……?」

(気を悪くさせちゃったかな……)

びっくりしていたとはいえ、誰だって上の空で話を聞かれたら苛立つ。
由香は、そっとロザリアの肩に右手を載せた。

すると、彼女は微かに震えてから、しぶしぶといった様子でうさぎのぬいぐるみをしっかり抱きしめたまま、由香の方へ振り返った。

ぎゅっと強く握っているせいか、顔の下半分はうさぎで隠れてしまっているが、目からだけでも彼女がまだ不機嫌なのが伺えた。

「……由香のばか。どうせ私の話なんかつまらないと思ってるんでしょう?」

小さくぐれた様に呟かれた言葉は先程キャロラインに向けられたものと似て異なる物。
ぼそりと小さく呟かれた言葉は、母親に構ってもらえなくて寂しい子供が零す言葉に似ていた。

(可愛い……)

今は素直にそう思えた。
由香はくすりと微笑を溢すと、よしよしと軽くロザリアの頭を撫でた。

「……ごめんね。引っ越してまだ日が浅いし……ちょっと疲れてただけだから」

だから、ロザリアちゃんの話がつまらなかった訳じゃないよ。

そう告げると、ロザリアは「本当?」と不安そうに由香を見つめてきた。

「うん……」

由香が静かに笑いながら肯定の意を表すと、ロザリアはぱあっと一気に表情を明るくさせた。

「本当!?私由香に退屈な思いさせてない!?」

「……うん。……良かったらもう一回最初から聞かせてくれる?」

「いいよいいよ!そうよね、お引越しって疲れるものね……。由香好きよ!好き好き好き!だーい好き!」

彼女は由香の言葉に満面の笑みを浮かべるとぬいぐるみを後ろに置いて、ぎゅーっと思いっきり由香に抱きついてきた。
本当はロザリアにいきなりベッドに引き込まれて驚いていただけなのだが、それを言うとせっかくよくなった機嫌を損ねかねないので、由香は黙ってロザリアの頭を撫でながら、彼女が嬉しそうに話をするのを聞いていたのだった。

由香は色んな事をロザリアと話した。

フルーツやケーキ、ぬいぐるみに雑貨にアクセサリー。そしてどっちの兄のほうがかっこいいか、そんな他愛もない普通の女の子らしい会話。

話をする中で、由香はロザリアがそこまで悪い子ではないとなんとなくそう感じ始めていた。

彼女は純粋なだけ。
良くも悪くも、彼女の心は素直なだけ。

(……悪い子じゃない)

由香は隣ですっかり眠り込んでしまったロザリアの寝顔を見ながら、そう心に刻み込んだ。

なんでこの兄妹が自分をこんなに大事にしてくれるのかなんて、由香には理解できない。
割れるような激痛が頭に走った意味も理解出来ない。

なにもかも分からないことだらけだ。

(ロザリアちゃんには悪いけど……そろそろ帰らなきゃ……)

長話をしてしまったせいで、随分と時間がたってしまった。
時計がない為正確なことは言えないが、少なくとも二時間はたっている筈だ。

由香はそろそろとロザリアを起こさないようにベッドから抜け出すと、帰る旨をキースに伝えようとそっと扉に手を掛けた。


ゆっくりと扉を開けると、そこにはタイミング良く今まさに由香のいるこの部屋に入ろうとしていたキースが立っていた。

「やあ、良く眠れたかな?」

白い手袋に包まれた指を自身の胸に当てながら、キースは悠然として由香に笑みを投げかけた。

「あ……はい。あの……ありがとうございました……」

本当は全く眠れはしなかったが、屋敷の主人の手前そんなこと言えるはずは無く、由香は深々とお礼をして感謝の意を表した。

「……そう。それなら良かった」

キースは心底嬉しそうに目尻を細めた。
その優しげな双眸に、由香は居心地の悪さを感じ、さりげなくキースから目線を逸らした。

「妹も楽しそうにしていたし、機会があればまた遊びに来てくれるかい?」

「その……お二人がそれでいいと仰られるのなら……また、お邪魔させていただきます」

由香が再び丁寧にお辞儀をしようとする、その動きはキースに腕を思いっきり引かれたことによって中断させられてしまった。

ぐらりと思いっきりひっぱられた為体重が傾き、細身な由香の体は呆気なく引っ張った張本人の腕の中に倒れ込み囚われてしまった。

「あ……あ……あのっ!キ……キ……キースさんっ!?」

顔を真っ赤にしてあたふたと慌てふためく由香を、キースはあっさりと押さえ込むとぼそりと由香の耳元で、官能的に囁いた。

「そこまで他人行儀にされると、流石に私も傷付くよ?」

「……っ!?」

言葉にならないとはまさにこのことだろう。

口をぱくぱくと動かすだけで、何も声には出せない。

「……意識してもらえているのなら、私としては嬉しい限りだよ」

クスクスという笑い混じりの掠れた低いテノールが再び由香の耳元に落ち、由香の背中に甘い疼きに似た戦慄が走った。

いつの間にか腰を押さえているほっそりとした指の動きも妖しくなっている。

このままだとまずい。

いくら由香がそういう知識に疎くても、本能がこの状況はまずいと警鐘を鳴らしていた。

そう判断した瞬間、由香は咄嗟にキースの胸を押し返していた。

「……やめてくださいっ!」

声を荒げてそう叫んだ。
キースといいロザリアといい、この兄妹はスキンシップが激しすぎる。

「そういう事、冗談でもやめてください……」

色情が見え隠れする眼差しは、あの日の行為を彷彿とさせる。

むせ返るような血の匂いと、まだ幼かった由香に向けられたキースと同じ色をした眼に微かに浮かんでいた情欲。

由香は息を乱しながらキースを思いっきり睨みつけた。


「気を悪くさせてしまったならすまなかったね……。少し、悪ふざけが過ぎたよ」

穏やかな笑みを浮かべながらキースが謝罪をしてきたが、由香の中の恐怖は止まなかった。
キースの事は綺麗だと思う。
良い人だとも思う。
だが、やはり由香は男性というものが怖かった。

「あの……私……帰ります」

「ああ、今日は楽しかったよ。また遊びにおいで」

そう言って、キースは穏やかに笑って由香の手を取った。

その優雅な動作に、由香は思わず顔を上げてキースの顔を凝視してしまっまた。

「あ……あの……」

「……ああ、これ?」

おどおどしている由香の様子を察して、キースはにっこりと笑みを強めると、手を繋いでいることをアピールするかの様に、繋いでいる腕を持ち上げた。

「この家はなかなか広いから、迷ってはいけないと思ってね」

「そ……うですか」

キースの親切心は嬉しい。
確かに、由香は一人でこの暗い廊下を歩くのは辛いと思っていたので、彼からの申し出はありがたい。

(でも……やっぱり恥ずかしいと言うか……)

先程はロザリアもいたし、成り行き的に手を繋がざるを得なかった。

それでも渋る由香に、キースは開いている方の腕を自身の顎に当てて、クスリと笑った。

「遠慮は無用だと言っただろう?それに、さっき抱き上げたのだし、今更ではないかい?」

その言葉に、由香は顔を真っ赤にして押し黙ることしか出来なかった。

(でも……あれは成り行きで……)

由香はとしては非常に不本意な事態だった。だからあえて思い出さないようにしていたというのに。

「とにかく、この手を離すつもりは毛頭ないよ。……おいで、由香」

恋人に投げかけるようなキースの甘い声に、由香は居心地の悪さを感じた。
特別に扱ってもらう程、由香は出来た人間じゃない。
それなのに

(どうして……大事にしてくれるんですか?)

そうこうしている内に、玄関ホールまでたどり着いた。
だが、キースの手が離される気配はなかった。それどころか、更に腕を握る力は強くなっている気がする。

「あの……キースさん……。もう大丈夫ですから……」

本当は大丈夫なんかじゃない。
一人になるのは怖くて怖くてたまらない。
一人になると、忘れられないおぞましい記憶がフラッシュバックしてくる。
だが、今はとにかくキースから離れたかった。


疑問符を浮かべている由香に、キースは相変わらず貼り付けた様な得体の知れない不気味な笑みを浮かべた。

「せっかくだし、家まで送ろうか?」

告げられた台詞に、由香は必死にあいている方の手を横に振って拒絶の意思を示した。

見知らぬ男性を家まで、それも自分のではなく伯母の家に連れて行くなんて、なんて言われるか分からない。

特に和真、彼は由香を嫌っている様に見えたし、由香はそれだけは断固として断りたかった。

「けっ……結構です!」

「そんなに遠慮しなくてもいいのに」

「大丈夫……ですっ!」

これ以上いられてはたまったものではない。
由香は咄嗟にキースの手を払いのけた。

「そう?」

あくまでも笑顔のままそう聞いてきたキースに、由香はぶんぶんと無言で頭を上下に降るしかなかった。

(なさけない……)

そう思ったところでなにか変わるわけではないが、由香は静かに胸の奥が痛むのを感じた。

胸の前で両手を握りしめて下を向き、由香はぺこりと頭を下げた。

「……ありがとう……ございました。」

その言葉だけを残して、由香はキースの顔を見ないようにして玄関扉に手を掛けた。

由香が思いっきり全体重を掛けるとゆっくりと、軋みながら扉が開いていく。
ほんのりと隙間が空き、ようやく外の光が見えた。

人生のほとんどをこの光の中で過ごしてきた筈なのに、屋敷の闇のせいで感覚が狂ってしまった今の由香には、森の中は異界のように思えた。

「由香」

扉の外に一歩踏み出した辺りで、キースに名前を呼ばれた。

条件反射で振り返ったその瞬間、一瞬何をされたのか咄嗟に判断出来なかった。

「またおいで」

キースの口から告げられた言葉はただの社交辞令。
由香なんかを、キースが真剣に相手にする訳がない。質の悪い冗談。
その筈だ。

そうだと思い込みたかった。

「な……何……をっ」

手の平にキスされた。

気付いた瞬間、顔を真っ赤にして由香はそう呟いていた。

「次に会うのを楽しみにしているよ、由香」

そう言って、まだぽかんと口を開けて立ちすくんでいる由香に、王子様のようなその人は、実に楽しそうな微笑を浮かべたのだった。
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