11.濁流



緋人に手を引かれ、イヴが辿り着いたのは、先程ユウに引きずり込まれたあの廊下と寸分変わらない場所だった。

最も、全ての廊下が同じような作りなので、本当に同じなのかは怪しい。

(とりあえず、出られたならそれでいい)

「無事か?」

壁から唐突に出てきたイヴの腕を掴み、そっと支えていた赤人は、彼女を労って心底心配そうにそう尋ねた。

その、純粋な親切心が嬉しかった。

「ありがとう。……大丈夫よ」

彼といると無性に落ち着く。

イヴは緋人を見上げて、笑みを浮かべた。
緋人はかなりの長身だ。
イヴの身長の1.5倍はあるのではないかと思う。
正直見上げると首が痛かったが、今は特に苦には感じなかった。

「……いつか、あなたにはお礼をしなくちゃね」

「……何故?」

イヴの言葉に緋人は純粋に疑問を覚えたようだった。
なんでそんなことを言っているのか理解できない。
まさにそんな様子だった。
珍しく、無表情な彼の目が見開かれたのを見て、イヴは思わずくすりと笑ってしまった。

「だって、私助けてもらってばかりだもの」

「俺は別に……」

「いいのよ。これは私の問題だから。緋人は
気にしないで頂戴!」

そう言って、緋人の背中を軽く叩いてみた。
気を悪くしていないだろうか。
そう思い、彼の顔を盗み見た。

だか、彼に気にした様子は全くなく、むしろ、若干だが上機嫌に見えた。

(私、短時間しか彼と過ごしていない筈なんだけど、随分彼の事が分かるようになったわね……)

これも、以前知り合いだったからこそなせる技なのだろうか。

それにしても、緋人と体の接触があったというのに、一向に彼との記憶は戻る気配がなかった。

緋人の事は、好きだ。
恋愛感情ではなく、親情として。

だから、早く思い出したい。
その為にも、彼本人に聞くのが一番早いだろう。

「ねぇ、緋ひ――」

だが、その時唐突に地面が激しく上下に揺れた。

突然のことだったので、なにも身構えていなかった。
むしろ、緋人に一歩踏みよろうと、片足を踏み出していた。
即ち、物凄く不安定な体制で唐突に揺れられてしまった。

「うっ……わぁっ!?」

「……っ!」

躓き、そのまま床に倒れ込みそうになる所を、間一髪緋人に支えられた。
だが、緋人も咄嗟の行動だったようで、不安定なままイヴを支えに行った為、イヴをしっかり抱きしめたまま、後ろ向きに地面に倒れ込んでしまった。

「いっ…………」

人間二人の体重をなんのガードもなしに受け止めてしまい、緋人の体はかなりダメージを受けているようだった。

体制的にイヴが上に乗っかり、完全に緋人に体重を掛けてしまったのが、さらなる負担となったのだろう。

彼は微かに呻き声を上げると、苦悶の表情を浮かべ、痛みに耐えるように必死にイヴの体を抱きしめる腕に力を込めていた。

正直なところ、絞め殺されるかと思った。

(でも、受け止めてもらった立場上、逃げられないっていうか……っ!)

そもそも、こんな力で拘束されれば逃げられない。

しばらくすると、痛みが引いたようで、緋人はイヴを抱きしめる腕から力を抜いた。

「…………あの……大丈夫?」

体制的に、彼の胸に耳を当てている状態なので、心音がしっかりと伝わってくる。
心拍数からするに、おそらく大丈夫だとは思うのだが、聞かずにはいられなかった。

「……ああ」

「本当に?」

「俺はいい。……それより、周りを」

彼の言葉に、イヴは身体を起こした。
そして、周りを見渡して目眩を覚えた。

あの時のレボルトの言葉通り、地形が変わった。
地形が変わるなんてものじゃない。
場所が、世界そのものが色を変えた。

先程まで神殿のようだった二人の周りは、聖なる空間とは打って変わって、薄暗い牢獄に変わっていた。

打ちっぱなしのコンクリートの天井と床。
そして、鏡の代わりに、壁には無数のドアがあった。

覗き窓が塞がれた囚人用の扉。

それらを開ける勇気は、イヴには到底なかった。

「い……いや…………」

こんなのは、嫌だ。
これなら、まだ元の世界に帰った方がましだ。
一人は嫌だ。
どうして、どうしてどうしてどうして!?
どうして私を一人にするの!?

「いや……いやイヤイヤいやい――」

イヴの言葉の濁流を止めるように、緋人が無言でイヴを抱き締めてきた。

「落ちつけ。……今のお前は、一人じゃない」

珍しく、緋人が弁舌だった。
緋人は初対面に比べるとよく喋るようになった。
彼は落ち着いている。
とても、冷静だった。
本当は動揺していたのかもしれない。

それでも、必死にイヴに弱いところを見せないようにしてくれているのかもしれない。

「あ………か……ひ……と………っ!」

思わず、彼にしがみついてわんわんと泣いてしまった。
一度零れたものは止まらない。
ここに来て、ずっと溜め込んでいたものが全部溢れ出てしまった。

「……帰るんだろう」

「……う……ん……っ」

「俺と一緒に、帰る気はないか?」

「かえ……るっ!!」

辛い現実でもいいじゃないか。
帰っても、緋人がいてくれる。
きっと、現実でも彼に会える。
彼なら、守ってくれる。

もう、なにも恐れるものなんてない。

緋人がいれば、それでいい。

(彼がいれば、それだけで私は……幸せだ)



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