痛くされたいんでしょ? | ナノ



「帝人先輩、痛いです」

力強く引かれた髪に頭皮が引き攣り、無意識に自然と眉が寄った
不意に掴まれた髪が先輩の方へ引かれたと思えば、近場のコンクリートで出来た壁へ勢い良く叩きつけられた
いきなりの衝撃に額からは血が滴り落ちる
頭蓋骨の割れるような痛みに今直ぐにでも病院へ行きたいぐらいであったが、先輩の手が髪から離れることはない
すると髪を掴んでいた手から力が緩められると、まるで飼い主が飼い犬を褒める時のように優しく、そして何かを言い付ける時のようにゆっくりと髪を梳かす仕草で己の髪を撫でた
その手付きは気持ち良いものであったが、己に掛ける声に優しさなど微塵も含まれていなかった

「うん、だって痛くしてるんだから痛くなかったら不思議だよ
でも青葉くんはこうされてる姿が凄く似合う」

(褒めるにも、言葉ってものがあるって、知らないのかな、先輩…てか俺の人権は無視デスカ)

髪を撫でる手は心地好いものではあったが、気分的に良いものではなかった
さて、これからどう会話を切り替え早く病院へ連れていってもらえるだろうかと考えていたのも束の間、髪を撫でる手は離れていた
何が起きているのかと顔を上げて後ろを振り返ると、先程までの姿は何処へやら帰宅の準備をする先輩が居た
片手には僕の鞄が持たれていた
すると此方に気付いた先輩が己に歩み寄り何処か安堵したような表情をしていた

(あれ、)

「一緒に帰るって迎えに来たら青葉くん寝ててびっくりしてさ
でも起こすのも悪いと思ったから起こさなかったんだけど…」

(あれ、うそ)

「青葉くん寝不足?
目の下に隈できてるよ」

(なんで、)

「ちゃんと睡眠とらないと、勉強頭の中に入らないよ?」

(おかしい、これ)

今更気付いたが、ここは教室であり、己は椅子に座り机に頭を突っ伏して寝ていたらしい
ならば先程までのは全て夢なのだろうか、不思議でならない
理解できない状況とまだ覚醒していない頭では考える事は不可能に近いものであった
勢い良くすいません、なんて謝って立ち上がると苦笑をした先輩から俺の鞄を渡されじゃあ帰ろうか、って言われて廊下に向かって歩いた
廊下へ歩み出したが不思議な事に今日は何も起きず気付けば己が魔の正門と呼ぶそれを通過していた
どうやら機嫌が良いのか先輩は笑顔で普段は口に出さぬ日常的な世間話や、クラスの友人の話を楽しげに淡々と喋っていたが全て俺は適当に相槌を打ちながら聞き流していた
笑顔の先輩に関わると大抵良い事はないが、笑顔だが日常的な話をする先輩は普通に良いことがあったのだろうと窺えた
耳に入る声は全て受け流しながら的確にそうですね、へー、などと相槌を打ちながら小さく欠伸をすると先輩はいきなり己の顔を覗き込んできた
不意の出来事に驚きが隠せず双眸を丸くしてると先輩は頭にクエスチョンマークを浮かべるような表情を浮かべた

「ちゃんと話聞いてた?
眠そうみたいだけど、」

「え、あ、ちょっと睡眠不足で」

苦笑をしながら返答すると先輩はあっさり引き下がりそっかと告げ己の目の前から顔を離れさせると再び話をし始めた
正直話の八割が杏里先輩という先輩の想い人と紀田先輩という人の話であった
それで正臣が、そしたら園原さんがと永遠に繰り返す先輩に付き合っていられることなど出来ずそうですね、と軽く相槌を再び続けているうちに何時もお互いが別々に行く道へ差し掛かった。何も気付かず歩みを進めていた俺に先輩が声を掛けた

「青葉君、何時もの別れ道だよ」

突然告げられた言葉に双眸丸くすると先輩は苦笑をしていた慌てて己の帰る道へと足を進めると、先輩は小さく笑みを零し己へ声を掛けた
掛けられた言葉に俺は今日この帰る時間のとてつもないつまらなさに自嘲をした

「明日は、楽しみにしておいてね」

その言葉は死を宣告するように感じられ思わず体がぶるっと身震いをした。苦笑をしながら明日も、と先輩に告げれば、先輩はうん明日は、と返してきた
も、とは、の違いは大方理解は出来ていた。思わず学校を休んでしまおうかと考えたが、体は明日に向け楽しんでいた
気分の悪い形となりながらも自宅へ足を進め、やはり普段と違う1日に妙な違和感を感じていた。何故これが平凡な日常だと言うのにあんなにも楽しげに話をする先輩がとてもつまらなく感じたのか、覚醒のしていない頭で考えているうちに自宅の前へと辿り着いていた
深い溜息を零しながら己しか住んでいない家に誰に掛けた訳でもなくただいま、と告げ鞄を玄関近くに放り投げれば大きいとは言えないが一件家なだけあって多少は広い家の二階へと足を進め寝室に向かう。寝室にはシングルベットと申し訳ない程度にスタンドが置いてある
清潔感漂う純白のベットに勢い良く飛び込めば、昨日洗ったばっかりなだけあって布団は気持ち良く眠気を催した。うとうとしながらも今日の出来事を振り返ると無意味な程につまらない事しか起こっていなかった
朝普通に遅刻もせず一人で学校へ向かって、学校に行ったら同級生に声を掛けられて普通に何事もなく授業を終え、お昼はクラスの仲の良い友人と弁当を分け合って放課後は気に入らない奴をブルースクウェアの仲間と殴りに行って、帰りは何事もなく先輩の世間話を聞き流して今に至る
何かが欠けている様な気がしてならなかった。ベットの上で数回体を転がしていた刹那何かを思い出した。慌てて体を起き上がらせ時間を確認し、確信した

(今日、一回も帝人先輩に殴られたりしてない…、)

落ち着かない理由が何とも無様な事に思わず自嘲してしまった。今日一日があまりにも平凡すぎて何か欠けていて、何かそわそわする事に気付けなかった
不意にチャイムの鳴る音が耳に響く、何故だがぞくりとした。先程から数回鳴るチャイムに慌てて階段を下り玄関へ向かった。今開けます、と合図を入れ玄関の扉を開けるとそこに居たのは先輩だった

「こんばんは、青葉君」

(なんだ、何時も通りじゃないか)




無限ループする日々
(日常、って何でこんなにも、)
(残酷なんだろうか。)
(既に非日常が日常になったら、)
(誰も気付けないそれが日常)



2010.06.07

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