息を吸うと | ナノ


アイツに出会った翌日
昨日と変わらぬ1日を過ごすべく入学式と同じ様に大きめな学生鞄へシャープペンシルと消しゴムだけが入った小さく細めな筆箱のみを入れる
鞄が揺れる度に左から右へ、右から左へと筆箱が音を立てながら転がる音が少しばかり心地好いものに聞こえた、のは気のせいだろうか
歩く速度はやや遅めに、己の横を自転車で通り過ぎる何人かの生徒を横目で眺めながら学校の正門を潜ると、何故だか漸く今日が来たような気がした
学校には良い思い出はないが、やはり学校は学校、学生にとっての1日であるという認識は己も忘れていなかったのだと感じた
と言っても勿論学校の授業になど出る気はなく一番サボりやすい屋上へと足は自然に向かっていた
これも属に言う慣れ、なのだろうか、軽い鞄を肩に掛けながら人通りの少ない階段をゆっくりと上がっていく
教師は誰一人己が授業をサボる事に対し何も言おうとはしなかった、理由はこの凶器と化した力のせいに違いないのは確定だ
そんな事を考えていると足取りが重くなっていくのを感じる、のは多分気のせいだろうと思いたい気分であった
ゆっくりとした足取りで階段を上り昨日壊したドアノブを引き扉を開けると昨日と同じ風景が広がっていた。昨日と何一つ変わらぬ風景、強いて言えば屋上から見える人の数と

(折原臨也…だっけ、)

昨日知り合ったとある一人の童顔気味な青年であった。青年は確か折原臨也と名乗っていた、青年は己と同い年の入学したてと言っていたと思う
折原臨也には高校に入って初めて出会った、中学時代同じ学校だったとか顔見知りとかそういう訳ではなかった筈なのに、折原臨也は己の力を知ってか知らずか親しく接してくれていた
そんな先日の出来事や会話を思い出しながら入り口から足を進め昨日と同じ場所へと腰を下ろせば少しばかり日差しは強いが、風通りは良く昨日と同じように睡魔が襲ってきていた
まるで昨日がもう一度来たかのように何も変わらぬ1日だ、あまりにも平和すぎて何故こんなにも静かなのか問い掛けてしまうくらい暇というものを感じた
だからこそ無意識というものは怖いと漸く理解したのかもしれない、気付くと立ち上がりフェンスに手を掛けていた。今直ぐ登ってここを落ちたらどうなってしまうのか、考えただけでぞくりとする
しかしやはりフェンス越しから眺める風景は心地好いもので、グラウンドを走る生徒の数々、綺麗な緑の木々、だけどそれより晴天の青い空

(ここから落ちたら、楽になれるのか…?)

頭の中に過ったその言葉、無意識にフェンスを上りごく僅かの足場へ爪先を乗せると全身に風が擦るのを感じる。この心地好さを今まで感じたかったのだろうか、誰も居ない真っ白の部屋から飛び出して空という海に飛び込んだ気分であった
ここのまま死ねたらきっと幸せなんだろうと考えれば、フェンスを掴んでいた手が徐々に緩んでいった
今なら死ねる、多分それしか頭には無いと確定した。それなら死んだ後来世はこの力もなくて一般的な人として生まれたい、願いはただそれだけである。七夕でも何も無い時期だけどただただ願うばかりだったその時、力が完全に緩みきりフェンスから手が離れた

(俺の人生お疲れさん、来世では普通に生まれてえな…)

だが簡単に死ぬ事は叶わなかった、あいつがまさか来るとは思わなかったからだ。まるで崖から落ちる友人を助けるようにフェンスへ登り己の片手を両手で掴む折原臨也が居た
折原臨也は困ったように片眉を下げながら己の体を必死に引き上げようとするが体格差上それは不可能に近いものであった。自らの空いた片手でフェンスを掴み体を支えれば腕を掴んでいた折原臨也の手はいともあっさり離れた
一つ溜息を付いた折原臨也はフェンスを降り地面に足をつくと崩れ落ちるように腰を下ろした。フェンスに手を掛けている俺は地面がある方へとフェンスを跨ぎそこから飛び降りれば折原臨也に次ぐようにその場に腰を下ろした
何処かを見つめる折原臨也の睫毛は長くよく見ると目付きの悪さ以外は女の様な容姿をしていた

「シズちゃんさあ、そんな理由で昨日も此処居たんだね」

不意に呟かれた言葉はまるで哀れみを含むような言い方であった。数回瞬きを繰り返した折原臨也は漸く此方に顔を向けた
正直なんて返事したら良いかなんてまったくわからない、例えばはっきりそうと言ってしまっていいのか、または言い訳を混じらすように否定をするべきなのか、経験のない俺にはまるで俺の天使と悪魔が欲しいくらいであった
その刹那、折原臨也はよいっしょ、と呟き背を伸ばすように腕をぐっと伸ばし立ち上がった。すると同時に此方にへらりと笑みを浮かばせた

「世の中ってね、凄く理不尽だらけだけど、俺は素晴らしいと思うんだ
そりゃあ世の中にはリストラだの借金だの虐めだのあるけどさ、それを除けば素晴らしいじゃないか。美味しいご飯食べて、兄弟が居る奴は可愛い兄弟に囲まれて、自分の好きな事も出来てさ
それをこんな何でもない学校の屋上からちょろっと飛んで終わりにするなんて勿体ないな
シズちゃんにどんな過去とか今があるか昨日会ったばかりの俺にはわからないけど、死んでほしくない、シズちゃんとはこれから仲良くしたいから」

こんな事言われたのは初めてだった。今まで自殺を図ろうとしたって助ける奴らは居たがここまで言ってくれる奴は居なかった。こいつとなら高校生活が楽しくなるかもしれない、そう思えた
此方に向けられる幼さを残した笑みと差し伸ばされる手に目頭が熱くなるのを感じ。ずずっと鼻水をすすれば目尻に涙が滲むのがわかった
慌てて制服の袖で涙を拭えばひたすら溢れる涙が恥ずかしく感じた。一方の折原臨也は俺が泣いていることに慌て俺何か変な事言った?や何で泣いてるの、などと言っている

「別に、泣いてねえよ」

「泣いてるじゃん、俺変な事言った?」

「違ェよ、俺、んな事言われたの初めてだったからさ、なんつーか、戸惑った。けど、すんげえ嬉しい…」

その言葉に一度目を見開いた折原臨也だったが次の瞬間とても幸せそうに笑っていた。釣られてぎこちなく笑むとシズちゃんが笑った、と驚かれた
笑ったのなんて久しぶりだった




宜しくお願いします
(明日も学校来る?)
(…多分、)
(クラスは何組?)
(B組だけど、アンタは?)
(アンタじゃなくて折原臨也ね、あ、ちなみに俺もB組だよ)
――運命とはこれを指すのだろうか



2010.07.03

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