手を伸ばして | ナノ


緩慢とした足取りはゆらりと体を揺らした
慣れない学校の中でまるで行き慣れたように自然と足が進む先には己の唯一の安らぎ場所があった
階段を上がる己の足音は廊下でこれから始まる入学式に浮かれている同級生の騒ぎ声により掻き消されてしまっている
そんな浮かれ騒ぎを気にする事なく階段を上がるとお目当ての場所へとついた

『立ち入り禁止』

扉には太い黒字で文字の書かれた貼り紙がしてある
どの学校も大抵は屋上など立ち入り禁止なのくらい当たり前である、屋上は危ないという理由もあるが自殺の絶えないある意味の有名自殺スポットといってもおかしくはないだろう
当然鍵の掛かっているドアノブへ手を添え壊す勢いでそれを捻るといとも簡単に鍵は壊れ扉は開いた
扉を開くと隙間から冷たい風が頬を擦り、思わず身震いをした
隙間から体を入り込ませ扉を閉めてから屋上に足を踏み込ませフェンスへと向かう
フェンスから見る風景はどの学校もやはり何処か落ち着くものがあり安堵の息を重く吐いた
フェンスに背中を預け地面へ腰を下ろせば、春休み中毎日深夜まで起きていたせいか昼間がどうも眠くうとうととした
帰る時間まではまだまだ長いだろし、ここには誰も来ないだろうと思い瞼を下ろし俺は眠りについた


*


『おい、化け物!』
『あの子、あのお宅の子だわ』
『近付かない方が良いわよ』
『来ないで…っ!』
『お前なんか友達じゃねえよ』
『死ね、化け物』
『アンタなんて生まなければ良かった!』

「―――……ッ…!」

「……わっ、」

頭の中で回想の様に浴びせられる言葉の数々に飛び起きた
冷や汗が何時も以上に酷い上にとても心拍数が早い、うなされていたのだろうか
胸元に手を添えながら息を吸ったり吐いたりしていると己を誰かの影が覆った
緩慢と顔を上げるとそこにはいやに満面の笑顔を浮かべる短ランに赤シャツを纏った赤目の多少幼顔をした男が居た

「うなされてたよ」

「知ってる」

何時から居たのだろうか、己にまるで忠告を告げるかのような口調で一言うなされてたと指摘した
己の纏う制服とは違い学ランを着ている相手は先輩なのだろうか、はたまた今日一緒に入学式してきた同級生だろうか
この学校は制服や髪の色の指定が無い分相手の学年を判断するのは多少難しい
男が俺の隣を指差し口を開いた

「隣、邪魔していい?」

そう告げる様子は遠慮など微塵もなく、どうせ断っても隣に座る様に窺えた
飛び起きたせいで膝立ちをしていた俺は再び地面に座り胸ポケットから煙草を取出し目線だけを相手に向けると、意図を読み取ったのか再び笑みを浮かべ己の隣へと腰を下ろした

「さっき、助けて、って言ってたよ」

「………そうか」

どうやらうなされていただけではなく寝言も言っていたみたいで、入学式早々気分は多少憂鬱になりかけていた
煙草を唇で挟み愛用のライターで先端に火を灯す
ゆっくりと紫煙を吐くと多少ながら気分の落ち着きを取り戻し、気付くと男は方眉を下げていた
まるで何か悪い事をしてしまった時の表情の様にも窺えた
男は多少気まずそうに問い掛けてきた

「大丈夫?」

何に対して大丈夫かと問い掛けているのかわからなく、思わず眉間に皺が寄ってしまった
己が悪夢を見ていたと思い大丈夫かと問い掛けているのか、何か理由があって煙草を吸っているのかと思い、その理由に対して大丈夫かと問い掛けているのか、はたまた取り敢えず大丈夫かと問い掛けているのか、理由は様々であったが何故初対面な上に名前も知らぬ相手に心配をされなくてはならないのだろうかという感覚に追いやられた
どう反応をしようかなどと考えながら再び紫煙を吐くと、ふと視界に入った空が綺麗な程に青く思わず見惚れていたが此方をじっと見つめる男が反応を待っていた

「普通」

そう答えると安心したように安堵の笑みを浮かべた男が理解できなかった
俺は大丈夫かと言う問いに対し、大丈夫ではなく普通、と返したが相手がほっとした様に安心する意味がわからなかった
普通は良くもなく悪くもなく、もしかしたら普通だけどその普通は悪い普通かもしれないと俺は考えた
とそんな事を考えていながら俺は一人会話もする気などなく煙草を吸っていたが、不意に隣から会話を持ち込まれた

「君がどんな子かは知らないけど少し気になってたんだよね、だって髪の色を金色に染めた長身の大人しい子が居るって聞いたからさ。あ、ちなみに情報源はクラスの女子ね。…ねえ、何で髪を金色に染めてるの?」

この手の問いは苦手だ
髪を金髪にした理由は中学時代に色々あって先輩に言われたから染めた訳であって、俺自身とかは不良ではなくただの男子高校生だ
中学生の時は、俺の力が強いからって色んな奴が喧嘩を売りに来ていたが金髪になってからはそれもなくなった為、高校生活はゆっくり暮らしたいと感じている
だがこういう質問は適当に返しておけば大抵はそこで引き下がるだろうと、俺は勘違いをしていた

「なんとなく、気紛れ」

「へー、何か気紛れとかなんとなくで髪染めるって凄いね。あ、凄いって言うのは変か…ていうかさ、屋上のドアノブ壊したのは、君、かな?」

「………あ、」

今更気付いた、こいつが屋上に入ってくれば壊れたドアノブくらい当然気付くだろう、それを考えていなかった
また化け物と呼ばれるのだろうか、また嫌われてしまうのだろうか、煙草を持つ指に力がこもった

「もしあれを壊したのが君だったら感謝するよ。俺、屋上が好きでさ、中学は屋上が空いてたから良かったけど、ここは空いてないって噂だったから…君が開けてくれて感謝してるんだよ」

男はゆっくり腰を上げ、フェンスに腕を掛けては空を見上げていた
何処となく同じ心境を持つ奴かと思ったがよく喋る口と他人にも笑っているその顔からして違うと感じた

「そうか」

そして、つらつらと並べられる言葉に対し俺はその一言しか返せなかった
強いて言えば返す言葉がなかった



はじめまして
(あ、そう言えば名前)
(平和島、静雄)
(平和島、か…んじゃシズちゃん)
(は?シズ、ちゃん?)
(そう、シズちゃん。俺は折原臨也、宜しくね)
そしてこいつと俺の不思議な高校生活が始まった



2010.05.14


*後書き
これはシ ズ イ ザです
断じて臨静ではなく静臨です
ちょっと臨静っぽいけど静臨の流れになります
取り敢えず凄く書きたかった設定の連載なんで地道に書いていきます!


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