「…馬鹿なのかい?君は」

ボロボロで顔面蒼白のクレア君を運んできたザクさんに別れを告げて、寝台でぐったりと臥している彼女に僕は言った。
もちろん、こんな言葉は病人にかけるべきではない。ただ、僕も危うくうんざりしそうになったところなのだ。

「あたまは…たぶんまだ正常です…」

「…検査する必要がありそうだね」

彼女が自力で動けなくなるまで働いて、ここに連れてこられるのはこれで今月六回目だ。最初こそ慌てもしたが、だんだん疑問を抱くようになった。この人は僕の話を聞いているのだろうかと。

「あのね…いくら君が周りの人より元気で丈夫だからといったって、限界っていうものはあるんだからね。無理はいけないよ…って、この話もいったい何度目なんだろうね」

「ごめんなさい…」

「君を見つけてここまで運んできてくれる人にも迷惑がかかっているんだよ。どうして君はそこまでして働くんだい?」

「…どんなにふざけた、変な理由でも怒らない?」

彼女は寝台の上で薄い毛布にうずくまりながら言った。

「ふざけた理由?」

「本当に変な理由だけど、呆れないで聞いてくれる?」

まぁ、聞くだけ聞こうじゃないか。そこまで言われたら逆に気になってくる。
僕が肯定を示すと、彼女はごろりと横向きに向こうを向いて寝てしまった。

「こうすれば、ドクターに会えるかなー…っ」

危うく聞き逃してしまいそうなほど小さな声が聞こえてきた。
…なんて?

「は…?」

「いややっぱ何でもないから忘れて」

「…僕に会えるから?」

彼女の返事はなかった。どうやら無視を決め込むことにしたらしい。僕は開いた口がふさがらなかった。
僕に会いに来るためだけに過労で倒れたというのか。

「僕も変わり者って言われるけど…、君も相当だね」

僕はそっと寝台に近づいた。もぞり、と膨らんだ毛布が動いた。

「別に病気にならなくても、ここに来ていいんだよ」

「…だって」

再び消え入りそうな声が聞こえた。僕は耳を澄ませた。

「その方が自然じゃない。わざわざ用もないのに会いに行くよりずっと」

「…? わからないなぁ。何が自然なんだ?」

毛布の中から、もー、と呟く声がする。

「だから、あなたを意識してるって思われたくないってことだよ。鈍感だなぁ……あっ」

声は急に消えてしまった。僕はしばらくポカンとしていたが、ようやく言葉の意味を理解した。

「…びっくりしたなぁ。まさかクレア君がそんなことを考えていたなんて、はは…」

返事はなかった。少しだけ体温が上がっているような感じがして、白衣の腕をまくった。

「その気持ちは嬉しいよ。でもそんなことのためにこんな危ないことしてはいけないよ。…聞いてるかい?」

もぞもぞと山が動く。

「…返事は聞かせてくれないの?」

「そうだね… 君がまた元気になって普通にここに来てくれたときに伝えるよ。それじゃ、僕は他の仕事をしているから、何かあったら呼んでくれ」

そう言って診察室を出た。後ろ手にドアを閉めたまま、大きく息を吐き出した。
正直にいって、心を落ち着ける時間が欲しい。だって、まさか彼女が…。

そっと自分の頬に手を当ててみる。高熱を出したときのように熱かった。

「参ったなぁ…、どうしよう」

本当に、この気持ちをどうしたらよいのだろうか。



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