彼なら、わたしが手にしたちいさな筒をなんと言うだろう。その中身は見た目には、ただ枯れ葉を紙で巻いただけの細長い物体でしかない。煙草は小説においても人物を引き立てるのに好んで利用される小道具だが、現実にはたしかに、間接的ではあれど、ひとの命を奪う劇物なのだ。しかし煙草というものを吸ったことがなく、また喫煙者も身近にいないわたしには、どの銘柄がどうなのかといった細かいことも含めて遠い世界のことのように思える。わたしにとって煙草はやはり、物語に色を添えるための存在でしかありえない。たとえ毒であろうとも。
シャンデラに火種をもらって、記憶の中の不特定多数の喫煙者を思い返しながら、我ながら実にぎこちない所作で端をくわえる。そこであまいにおいに油断したのがはじめの失態だったのだ。慎重さを欠いて吸い込んだ結果、喉の粘膜に粉がふいたときのような違和感と一瞬遅れて襲ってきた強烈な苦みに、わたしは腰を折って激しく咳き込む。焼けた煙草が灰に変わり、床におちていくのが生理的な涙ににじんだ視界にぼやけて映ったが、それどころではない。如何とも表記しがたい鳴き声をあげて慌てふためいていたシャンデラがおとなしくなったことに気づいたのは、そのときであった。


「まったくきみは、なにをしてるんだ」
「……ギー、マ、くん」


いったい、いつのまにいたというのか、彼はわたしの手から燃えさしを取り上げながら呆れ返ったような声をあげる。そのままもう一方の手で背中をさすってくれたおかげで、しばらくもすれば、ずいぶんと胸が楽になった心地がした。咳は続いているし舌も痺れが残るが、こればかりは自業自得である。


「いい女の子がこんなもの吸うんじゃあない。毒だぜ」
「すみません……」
「まあ、理由は大方の想像がつくがな」


まったく小説家ってやつはこれだから。ふざけた調子で言いながら、彼はなにを思ったか、ごく自然な動作で今も短くなっていく煙草をくわえるのだ。その姿に心臓がひとつ、はねる。もとがうつくしい顔立ちの彼のことであるから、どんなことをしても様になるのは知っているが、なにも、わざわざ、吸いさしの煙草など。深い意味もなにもあったわけではないのだろうが、そこはこちらとて、曲がりなりにも年頃の娘である。


「……新しいの、吸ってくださいよ」
「べつに、そこまでするほど煙草好きじゃあないものでね」
「そういう問題じゃあ、ないんです!」


状況が飲めないとでも言いたげな彼の様に歯噛みした。要らないところは鬱陶しいくらいに鋭いというのに、どうして、こう、肝心なときにばかり鈍いのだから!
それからいくばくかして、ようやっと合点がいったらしい、苦笑をうかべた彼が、わたしに腕を伸ばしてくる。手が頬に触れた瞬間、強烈な煙草のにおいにまた咳き込みそうになった。思いきり顔をしかめてみせるが彼は動じた様子もなく、そのうすあおい目を細める。


「これに懲りたら、もうばかなことは考えるんじゃあない」


声音のあまさに、思考が止まった。そのすきに彼はわたしの唇をさらい、煙草の箱も奪うと、あわい香水のかおりだけを残して歩き去っていく。すれ違い際に不味いと呟いた彼が残り十一本の煙草をどうするつもりなのか、尋ねることも忘れてわたしは痺れる舌に彼の名を乗せていた。





灰はお砂糖


(あのひとは煽るのがお上手)



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