きみを、口説きに来たんだ。


唇にいつものうすい笑みをたたえた彼が言った。口説く。くどくとはいつか彼が教えてくれたことには、彼がわたしをどうにかしようとあれこれ手を尽くして話すこと、ではなかったか。眠りにおちる手前にあったぼんやりとした意識で、呼吸のたび散らばっていきそうになる思考をかきあつめてみたが、しかしやはり合点がいかず、わたしはただ首をかしげるばかりである。


あなたも、懲りないひとですねえ。


女の子をそういうふうにからかっちゃあ、いけないんですよ、ギーマくん。いいですか、わたしはわかっているからいいけれど、女の子といういきものは簡単に信じてしまうんですから。すると彼はきずついたような顔になって低いひくい声で尋ねるのだ。一体全体、いつ、だれがきみをからかったっていうんだ。妙に真面目くさった彼にたった今ギーマくんがと言いかけたわたしの唇は、すっと伸びてきた彼の指先であえなくふさがれてしまった。


わたしはそんなに、信用がないのかな。


ねえシキミくん。うすあおい目がまっすぐに、それはまるで賭けごとのさなかであるかのようにわたしを見据える。胸の裏側をぜんぶぜんぶ見透かされるような心地でおちつかない、うさんくさい微笑みをどこかへ追いやったとて、この勝負師の語る思いとやらがうわべなのか本心なのかわたしにはわかるわけもない。


だいたい、どうして、わたしなんですか。


世界の半分とすこしは女の子でできているのだから、なにもわざわざわたしなんかを選ぶことはないじゃあないか。彼は黙ったままわたしの左手をとった。しろくてひやりとした、どちらかといえば女性的な彼の手、けれどもすこし、節や筋の目立つ手に触れられると、それだけでなにかいけないことをしているような気になって、じわりと熱をおびる頬に自由なほうの手をあてて冷まそうとする。ああでも、彼は遊んでいるだけなのだと思うとむなしくて、顎先がゆっくりと下がっていくのをとめられない。


シキミ。


聞きなれない呼ばれかたに驚いて顔をあげたわたしを、どこか困ったような表情で彼が見ていた。ああ、いや、シキミくん。訂正したあとで彼は無意識だろうか、わたしの手をぎゅうと握りしめる。


なあ、そろそろわたしを勝たせてくれよ。


それはちいさな、ほんとうにちいさな囁きだった。いいや呟きだったのかもしれない。ぽつりとこぼされたその声に、え、と聞き返すよりも早く、こんなに勝算のうすい賭けは初めてだ。ぼやいた彼はかるく腰を折って、わたしの前髪にくちづける。かすかな香水のにおいが鼻先をくすぐった。


またね。


突然のことに思考がとまってしまったわたしなど気にもとめず、彼はひとつあでやかな微笑を残してくるりと背を向ける。遠ざかる後ろ姿にひらり、ひるがえったマフラーのまぶしい黄色に、ひどくめまいがした。





真夜中の誘惑



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