Frozen's thervant 
 -アナ雪エルサ主従夢-




「よーし、出航だー!」

夏を取り戻したアレンデールの港では、帆船と船着き場の間を、積み荷や人々を乗せた小舟が忙しなく動き回っていた。
修理の済んだ船が、1隻また1隻と旅立っていく。
サザンアイルズへの帰国を待つ船の甲板上で、檻に放り投げられるのはハンス王子だ。
すっかり観念したのか、抵抗もせずしょげ返って大人しくしている。

「あの悪党を、国に送り返しましょう。
12人のお兄様方にも、全てを話します」

サザンアイルズの廷臣がカイに告げた。

「心より、感謝いたします」

隣り合った船では、ウェーゼルトン侯爵と2人の側近が、アレンデールの兵士に引っ立てられ自分の船に引き上げてきた。

「こんなひどい扱いは許せん!」

侯爵が抗議した。

「私は被害者なのだ!恐ろしくて逆らえなかった!
あぁぁ、首が痛い!まず医者に行かせてくれんかね?
……いや、待て、おい命令だ!女王に会わせろ!」

甲板越しに、カイが呼びかけた。

「あぁ、女王陛下のお言葉です」

カイはタラップを降りながらおもむろに親書を広げると、それを読み上げた。

「『アレンデールは今後一切、ウィルスタウンといかなる取引も行いません』」

「ウェーゼルトン!」

衛兵に腕を引かれ船へ連れていかれる侯爵は、顔を真っ赤にして最後まで喚きまくっていた。

「ウェーゼルトンだー!」


街の広場では、アナが目隠しをしたクリストフを引っ張って、にぎやかな通りにやって来た。

「来て来て来て来て来て!」

「わかったわかった、行くよ」

興奮した様子のアナが方向も考えずに突っ込んでいくものだから、クリストフは柱と正面衝突した。

「うおっ!痛ぇ……!」

「ごめんね」

そう謝る声も、浮足立って笑っている。

「いいよ、いいよ!ほら見て!」

アナがやっと止まって言った。
目隠しを外され、クリストフが目を開けると、これまでに見たことがないほど美しく、完璧にチューンナップされたソリが、目の前に鎮座していた。
スヴェンがソリの手前で、胸を張って待ち構えている。

「壊したソリの代わり!」

「俺にくれるのか……?」

「そう!最新モデルなの!」

クリストフはたじろいだ。

「いや、あんなの受け取れないよ」

一介のアイス・ハーベスターの自分には、立派過ぎる。
アナの目が、いたずらっぽくキラリと光った。

「受け取って!返品不可!交換もなし!
女王の命令よ?あなたは正式に氷を運んでくる係に任命されたの!」

「ないだろ?そんな係」

クリストフはオモチャをもらった子どものように、満面に笑みを浮かべた。
よく見ると、 スヴェンは首から王室御用達のメダルをかけている。

「あるんだってば!
ソリには飲み物置き場もついてる!……気に入った?」

「あのソリを?もちろんさ!」

クリストフはアナを抱きあげて、クルクル回した。

「はははっ!キスしたい気分だよ!」

アナの目を覗きこんだクリストフは急にまた恥ずかしくなって、地面に下ろした。

「……あー、できればだけどね。
そうだな……んー、だから、えっと……こういうときって……」

ヴィルならどうするんだろう……?
クリストフはなぜか、ヴィルの行動を参考にしようとしていた。本当にどうして?
アナはクリストフに唇を寄せると、素早く頬にキスをした。

「……いいわよ」

クリストフが笑顔になる。
それから背中をかがめて、アナにキスを返した。
それは甘くてロマンチックな、"真実の愛のキス"だった。

「夏だー!んふふふふ」

夏の暑さに負けない、小さな雪雲を頭上に載せたオラフは、幸せいっぱいだった。
活気づいた街中を散策していると、ちょうど色とりどりの花の鉢植えが並ぶ花屋の前を通りがかった。
キュートに花開いたクロッカスに心奪われたオラフは、満面の笑顔を寄せた。

「はぁ……よろしくぅ……!」

すーーはーー。
雪の胸いっぱいにクロッカスの花の香りを吸い込んだ。これが夏。
すると、ハックション!――思わずくしゃみが出て、ニンジンの鼻が弾丸のように勢いよく飛んで行ってしまった。
弾道の先にはスヴェンがいて、器用に口先でニンジンをキャッチしていた。
オラフは真っ青になった。
大好物のニンジンだ。スヴェンはちゅぽん、とニンジンを口の中へ招き入れた。

「あぁ……」

うぅ、おしまいだ……さよなら、ぼくの鼻……。
オラフはしょんもりと俯いた。
その時、スヴェンがニンジンを咥えたまま楽しそうに跳ねてきて、オラフの顔にぐいっと戻してやった。
スヴェンは、オラフをからかっただけだ。
雪だるまは大喜びで、友達のトナカイの顔を抱き寄せた。
スヴェンは雪雲の下に招き入れられ、ニンジンの次に大好きな雪片をペロリとキャッチした。


オラフの向こうに、アナを微笑ませるものがもうひとつ。
城門が大きく開き、エルサとヴィルが中庭に立っている。
その周りでは、アレンデールの人々が地面に座りこんで、スケート靴を履いていた。

「みんな、いい?」

女王が人々に尋ねる。

「あぁ、気をつけて。大丈夫ですか?」

スケート靴に慣れない若者が転びそうになるのを、ヴィルがキャッチした。

エルサがタン!と石畳を蹴ると、魔法のスケートリンクが中庭に出現した。
石畳に氷が張り、城壁がクリスタルの光沢を放つ。
細部にも手を抜かないエルサは金平糖のような雪を舞い散らせ、雰囲気を盛り上げるのも忘れない。
ヴィルに手を添えられた若者も、コツを掴むと危なげながらも滑り出して行った。

アナが身体を前後させながら、ぐらぐらとエルサのもとへ靴で滑り寄ってきた。
しかし上手く止まれない。
転びそうになるのをヴィルがまたキャッチして、エルサの隣に立たせてくれた。
3人で肩を並べると、アレンデールの人々が嬉々としてリンクに上がって滑りはじめるのを一緒に眺めた。

リンクは芸術品のように美しく、ノース・マウンテンの氷の宮殿を彷彿とさせる。
姉さんにデザインのセンスがあるのは確かね――。
アナは、姉が雪と氷で作り出す創造物に、改めて感嘆した。
アレンデール城の凍結被害に遭った箇所は内も外も、エルサが氷であっという間に補修してしまい、石と氷のハイブリット建築としてより一層美しくなった姿を、フィヨルドの水面に映していた。

エルサは自分の魔法で国民が喜ぶ姿を見て、感無量だった。
その隣では、ヴィルがまた瞳いっぱいに涙を浮かべている。

「っふふ、ヴィルってそんなに泣き虫だったかしら?」

「うぅ……いえ、ずみません……。だって……」

いつも2人の姉のようだったヴィルが、子どものようにごしごしと目を擦るのがおかしくて、姉妹は声を上げて笑った。

「門が開いてるのって、いいね」

お腹を抱えながら、少し笑いが落ち着いたアナが言った。

「もう二度と閉めないから」

笑顔のエルサは腕をひと振りして、妹に氷のスケートブーツを履かせてやった。

「とっても素敵だけど、あたしスケート滑れな――」

「滑ろう!絶対できるわよ!」

エルサは得意満面な笑みを浮かべると、アナの手を取ってぐいっと引っ張り、一緒に滑りはじめた。
おっかなびっくり氷面に足を預け、転びそうになりながら、アナがまた笑い声を上げる。

「お助けしますっ!」

鼻を啜ったヴィルがアナの腰を支えた。

いつの間にか中庭にやって来たスヴェンが、自分も挑戦しようとリンクに足をかける。
あらぬ方向へ滑り出す相棒の尻尾を、クリストフが捕まえた。

「どけどけー!トナカイが通るぞー!」

自身をソリのようにしてスヴェンに引っ張らせると、1人と1匹はゆるやかに回転しながら、またあらぬ方向へ滑っていった。
その傍らで、アナはなんとか自身のバランスを保つことに成功するが――

「滑れた滑れた、やばい転ぶ転ぶ転ぶ!」

――まだまだ練習は必要のようだ。

「頑張ってー!」

夏を大満喫し満足したオラフも、真夏のアイススケートを楽しむことにしたようだ。
アナのお尻を支えながら、短い足ですいすい滑っている。

「オラフ!ありがと!」

「滑って〜回るっ!滑って〜回るっ!」

アレンデールの人々は季節外れのスケートを心ゆくまで楽しみ、王家姉妹の屈託のない朗らかな笑い声が、フィヨルドをどこまでも滑っていった。



その翌日。
アレンデール城の一室で、昼過ぎまで眠っている娘が3人いた。
当然ながら、エルサに、アナ、それにヴィルだ。

国賓を全員送り出し、アレンデール全国民をあげた祝祭を終えたあと、3人は夕刻から泥のように眠った。
クリストフとスヴェンも城に泊まっていくようアナが提案したが、クリストフ自身が断固拒否し――王家の城なんて固っ苦しいところで寝るなんてゴメンだ!――、街の宿屋を紹介するに留まった。
ここ数日、まともに眠れていなかったし、まともな食事すら摂れていたか怪しかった。
ヴィルはそれに加えて、あちらこちら怪我をしている。
うつらうつらと船をこぎながらもなんとか手当てをしてもらい、お腹いっぱいに夕食を食べたあとは、寝支度もそこそこに導かれたベッドへ沈み込んだ。
その隣へオラフもダイブする。
ヴィル(とオラフ)をエルサの自室のベッドへ寝かせることに成功した姉妹は、いたずらっぽく笑い合いながら、やがて自分たちにもやってきた睡魔に身を委ねて3人川の字になって眠ったのだ。

足りていなかった睡眠をしっかり補い、ヴィルが目を覚ましたのはとっくに陽が高く昇りきってからだった。
ある意味で見慣れた豪奢なベッドから身を起こし、しばらくぼーっとしていたが、両隣で眠る姉妹に飛び上がった。
その振動でエルサが目を覚ますと、ヴィルはオラフと一緒にベッドの下に転げ落ちていた。
オラフにとっては最悪の目覚めだが、本人は気にせずヴィルの不格好さを笑っている。
慌てて居住まいを正したヴィルは――立派な寝癖がついていて全く格好がついていない――居心地悪そうにしながらも、敬礼してみせた。

「お、おはようございます、エルサ様。
すみません、眠るベッドを間違えたようで……。
オラフもごめんね、痛くなかった?」

「んふふふ、全然平気〜」

「ふふ、いいのよ。ここで寝てほしかったから」

ヴィルは恐縮しながら俯くと、そこでやっと寝癖に気が付いた。
さらに縮こまって寝癖のところを手で押さえるヴィルを小型犬のように思いながら、エルサはまだ眠りこけるアナの肩を優しく揺すった。

「アナ。起きて。
少し出掛けたいところがあるの」

ヴィルも一緒に、エルサはそうつけ加えた。
アナが唸る。
寝覚めの悪いアナが、いつもの灰色の毎日はもうやってこないことをやっと思い出すと、起き抜け早々に大好きな姉にハグをした。

「おはよう、エルサ!ヴィル!オラフ!」


かなり遅めの朝ご飯を食べながら、エルサがある疑問を口にした。

「ヴィルはどうやってあのシャンデリアをかわしたの?」

一瞬、ヴィルは何のことを聞かれているのか分からなかった。
逡巡して、氷の宮殿でのことだとようやく思い至ると、もぐもぐと噛んでいたパンをごくっと飲み込んだ。

「あんまり覚えていないんですけど、落ちてくる瞬間にわたしも凍りついたみたいです。
アナ様のように、鋼の剣すら弾き返す固い氷像に。
エルサ様のお陰で、助かったんです。
……気づいたら、牢に繋がれてましたけど」

ふふ、とヴィルが朗らかに笑った。
その後を思えば到底笑いごとではないが、すべて丸く収まったあとだ。ヴィルはあまり気にしていなかった。
エルサが発してしまった氷の棘が、必ずしもヴィルを苦しめ続けただけではなかったと、彼女はそう言ってくれているのだ。
エルサはまたヴィルに救われた気がした。

「じゃあじゃあ、その時も"愛の力"が発揮されたんだね!」

ヴィルの膝によじ登って座ったオラフが見上げて言った。
オラフは"真実の愛の業"についてご執心のようだ。

「ヴィルの心に氷の棘が刺さったとき、すぐに凍りつかなかったのって、もしかしてずーっとずーっと、エルサのことを想ってたからじゃない?
"真実の愛"が凍りついてくる氷を解かし続けてたんだよ!」

さながら恋の話をする乙女のように、オラフが夢見心地で頬を押さえた。
意表を突かれたヴィルが、飲んでいた紅茶で咳き込んでしまう。

「っ、変なこと言わないでよオラフ……!」

ヴィルが咳払いした。

「わたしも雷の魔法を使えるんだよ。
それを使って身体を暖めることができるから、凍りつくのを遅らせられたの」

「じゃあヴィルはエルサのこと好きじゃないの?」

間髪入れずにオラフが突っ込んでくる。
ヴィルが口ごもると、エルサとアナが口元を押さえて吹き出した。
それを見て沈黙を決め込んだヴィルは、パンをちぎって乱暴に口に押し込んだ。
これで喋らなくて済む。

「いいえオラフ。ヴィルは姉さんのこと、大好きよ」

純粋なオラフの質問に、アナが代わりに答えてあげた。
口の中いっぱいに詰め込んだパンのせいで、ヴィルは抗議の声を上げることができない。
こんなの誤算だ!
そんな顔をしているヴィルや、笑い転げるアナたちを見て、エルサは微笑みながらこっそり涙をにじませた。
久しぶりにみんなで摂る食事って、こんなに楽しいものだったのね。

そんな賑やかな朝食を終えるころには、昼時もすっかり過ぎ去っていた。
身も心も満たされた彼女たちは着替えるために部屋へ戻ることにした。

「ねぇエルサ、行きたいところって?」

アナが尋ねた。
エルサは少し考え、遠慮がちな微笑みを浮かべた。

「……いいえ、また今度にしましょう。
いつでも行けるところだもの」

疑問符を浮かべるヴィルがちょうど着いた部屋のドアを開けると、エルサが「あっ」と小さく声を上げた。
そこに用意させていたトルソーには、エルサが出掛けたい場所に合わせたドレスコード――喪服が掛けられていた。

「……あんなに楽しい食事のあとに行くところでは、ないでしょう?」

3人分のそれを見たアナとヴィルは、たまらない思いでいっぱいになった。

「いいえ、行きましょう。行くべきよ」

暗くなるでもなく、アナがしっかりエルサを見つめて答えた。
身だしなみを整え気持ちを切り替えると、3人は厳粛に袖を通した。
2人が聞かずとも分かった、エルサの行きたい場所。

「オラフは待っててね」

こっくりと頷き大人しく言うことを聞いたオラフを残し城を出ると、3人は黙ってその"丘"へ向かった。

アレンデール王国が一望でき、たくさんの思い出が詰まった城を臨めるこの丘は、夏でも心地よい風が吹き抜けていた。
丘を登りきったところで、ひと息つくように深く息を吸い込み、深緑を胸いっぱいに取り入れる。
この丘にはエルサとアナの両親が、そして傍らにはヴィルの父親の墓石が建てられている。
3年前に据えられたそれは、まだ苔が生えるには早く、墓標の周りに草花が咲くには十分な時間が過ぎていた。

「やっと、来られた……」

エルサがぽつりとこぼした。
アナが進み出てエルサと肩を並べると、姉妹揃って手を合わせ、祈りを捧げた。
その数歩後ろでヴィルも目を閉じ、胸に手を当てる。

そのまま数秒、時が過ぎて、誰からともなく顔を上げた。
その表情は決して悲しみに暮れたものではなく、凛としている。

この気持ちで今日ここへ来るには、エルサ、アナ、ヴィル、誰かが欠けていてもできなかったことだろう。
笑顔で食卓を囲み、並んで眠り、これからもみんなで支え合って生きていく。

「ずっと、たくさん、泣いてきました」

ヴィルがエルサとアナに言った。

「でもきっと、幸せになれます。
もっと輝く毎日を、あるがままに受け入れて」


3人の笑顔の花が、丘いっぱいに広がっていった。






Frozen1 the end.
Thank you for reading!
( 22/22 )
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