Frozen's thervant 
 -アナ雪エルサ主従夢-




アレンデールに背を向け山道を登るクリストフを、雪を含んだ向かい風が押し戻さんばかりに吹きつけている。
クリストフは顔がすっぽり隠れるように、スカーフをきつく巻いた。
ずいぶん遅れて、スヴェンが足取り重くついてくる。
後ろ髪を引かれるようにアレンデールを振り返り、首を振っていなないたが、クリストフは無視して黙々と歩き続けた。
と、スヴェンが足を早めてクリストフを追い越すと、クルッと方向転換して立ち止まった。
クリストフに面と面を突き合わせ、睨みつけてやる。

「どうした、スヴェン」

げんなりとしたクリストフが聞く。
トナカイは角で脇腹を突ついた。

「おい!危ないぞ!どうしたんだ?」

スヴェンが鼻を鳴らして頭を振りながら、口をブルブルさせている。
クリストフは飛び散るツバを避け、苛立たし気に相棒へ文句を垂れた。

「何を言ってるんだか全然分からない」

見かねたスヴェンは説得法を切り替え、クリストフを角で掬い上げた。

「うわ、やめろって!
こら、下ろせ!……うっ」

言われたとおり、スヴェンはクリストフを雪の積もった地面に叩き落とすと、もう一度トナカイ流に叫んだ。

「ダメだ!スヴェン!城には戻らない」

クリストフの毅然とした態度に、スヴェンは鼻を鳴らして不服を唱える。

「彼女は恋人といるんだ」

スヴェンは全然分かっちゃないね、と言う顔をしている。
すると突然、クリストフの背後から突風が吹きつけた。

「なんだ……?」

振り返ったクリストフは、不気味なアイスストームが城を取り囲むように吹き荒れているのを見て、ギクリとした。
上空には暗雲が垂れこめ、鋭い氷の爪が城壁をジワジワと這い上っていく。
まるでスノードームの中に閉じこめられたミニチュアの城のように、氷の嵐がアレンデール城を封じ込めようとしていた。

「アナ……!?」

クリストフは行き先を180度変更し、次の瞬間には王城に向かって走り出していた。
スヴェンが後ろから駆け寄ると、背中に乗れと言わんばかりにいなないた。
クリストフは走りながらスヴェンの角を握り、勢いのまま背中へ飛び乗る。
人間とトナカイのコンビは、急な坂道を全速で駆け下りていった。

アレンデール城のあちこちで氷が触手を伸ばし、刻一刻と建物全体を凍りつかせていた。
ハンスによって図書室に閉じこめられたアナは、固く閉まった扉の前で縮こまって震えている。
とても立ち上がる気力は残っていない。
冷たい床がみるみる体温を奪い、心臓が締めつけられるように痛んだ。
それでも、アナはギブアップしない。
ヴィルがそうしていたように、凍りつこうとする心臓に必死に抗っていた。

不意に、扉の取っ手がガチャガチャと音を立てた。
アナはハッとして耳を澄ませたが、何も聞こえない。
幻聴だったのかと思っていると、再び音がした。

「助けて……」

気力を振り絞って頭をもたげると、鍵穴からニンジンの先っぽが突き出しているのが見えた。
カチャリと鍵が外れるのと同時に扉が開き、オラフが勝ち誇った笑い声をあげる。
鍵穴からニンジンを引き抜いて自分の顔に戻すと、雪だるまは得意満面で部屋に入ってきたが、床にうずくまるアナを見た途端、血相を変えた。

「はっ!アナ!大変だ……」

オラフの目が暖炉に向けられた。
こんなに寒いというのに、この部屋は火を熾していないの?
脇に積んである薪へと視線をずらすと、駆け寄って暖炉へと薪を投げ入れた。
慌てすぎて危うく自分の腕ごと燃やしそうになりながら、マッチを擦る。
すぐに、赤々とした炎が立ちのぼった。
アナは、甲斐甲斐しく立ち回る雪だるまを現実感のないままぼんやり眺めていたが、やがて目の焦点が合い、オラフが何者か思い出した。

「オ、オラフ……?」

オラフは、熱が雪でできた身体に与える影響を知らない。
警告しなきゃ。

「オラフ、火のそばから離れて……!」

「うわぁ……」

オラフは炎をまじまじと見つめ、生まれて初めて、熱の洗礼を受けた。
少し怖かったが、とろけるような心地よさは悪くない。

「これが"熱さ"なんだねぇ……いい感じ……!」

手をかざしてみる。
乾燥した枝に火が燃え移り、慌てて手を振って消し止めた。

「あっ、触っちゃダメなんだ」

オラフは急いでアナのところに戻って、その小さな身体で抱き起こすと、暖かい暖炉のそばへ連れて行ってやった。

「ねぇ、ハンスはどこ?キスはどうなったの?」

「あたし間違ってたの……」

アナが途切れ途切れに言葉を押し出す。

「運命の人じゃ、なかった……」

オラフには、よく飲み込めなかった。

「せっかくお城まで来たのに……」

中も外も冷え切った身体が暖炉の温もりで徐々にほぐれてくるに従って、アナは気力も戻ってきた。
命の恩人の雪だるまが解けてなくなるのを、黙って見てるわけにはいかない。

「もう行って、オラフ。ここにいちゃダメ。解けちゃうよ……」

「"真実の愛"でアナを助けるまでずっとここにいる!」

オラフはアナと背中合わせに座った。
座っても、立っている時とあまり背丈に変わりなかったが。

「……どうすればいいか分かる?」

アナは深いため息をついて、弱音を吐いた。

「"愛"が何かも、分からない……」

「だいじょぶ!僕わかる!」

しょげ返るアナとは裏腹に、オラフは元気よく立ち上がった。

「愛っていうのは、自分より人のことを大切に思うことだよ。
今にも凍りつきそうなヴィルが、それでもエルサのもとへ戻っていったみたいにね」

オラフはめくれてしまっているアナのケープを直してやりながら、肩を優しくさすった。

「クリストフが、アナをハンスに任せて離れていったのもきっとそうだよ」

「クリストフが、あたしを好き……?」

アナはオラフの言葉が飲み込めず、聞き返した。

「わぁ、アナって本当に愛のことわかってないんだねぇ……」

少し驚いたようにオラフはアナの正面に回り、哀れむような顔でアナを見つめた。
その途端に、頭からニンジンがずり落ちてくる。
オラフはアナを見つめたまま小枝の手でそれを支えた。

「オラフ、解けはじめてる……!」

慌ててアナが警告する。

「アナのためなら、解けてもいいよ」

澄ました台詞を吐いている間にも、頭からぽたぽたと雫が落ち、顔の造作が崩れていく。
オラフはずり下がってくるほっぺたを両手いっぱいに押し上げた。

「……そんなこと言ってる場合じゃないね!」

突然、部屋の反対側の窓が開き、冷たい突風が部屋の中に吹き込んで来た。
アナがブルッと震えるのを見たオラフが窓辺に飛んで行く。

「待ってて、すぐ閉める!よいしょ……絶対に大丈夫だか――」

オラフは窓にかけた手を止め、遠くの景色に目を移した。
身を乗り出して、吹雪でかすむ地平線に向かって目を凝らす。

「あ、待って。待ってね、なんか見えた」

オラフは窓枠に垂れ下がったつららに手を伸ばすと、もぎとった。
尖った針先を口で噛んで折り、ひっくり返して片目に当てがって望遠鏡代わりにする。

「は!クリストフとスヴェンだー!」

つららの望遠鏡のおかげかどうか不明だが、城に向かってくる者の正体を見極めると、オラフは興奮してアナを振り返った。

「すごい勢いでこっちに来る!」

「え、ほんとに……?」

再び鋭い寒気に襲われたアナは、ゆっくりと反応を示した。

「わぁ、びゅんびゅん飛ばしてきてる……!」

オラフが実況中継した。

「離れていかないってことは、アナのことそんなに好きじゃなかったのかなぁ?」

「手伝って、オラフ、お願い……」

アナが心を決めたように、よろめきながらも立ち上がろうとしている。
オラフは急いで駆け寄り、アナを暖炉の前へ押し戻した。

「だめだめ!どこ行くの!
アナは火のそばであったまってて!」

アナは断固として言い張った。

「クリストフのところに行きたいの……!」

「なんで?」

オラフが聞いた。
アナのきらきらと輝くブルーの瞳を覗いて、ピンと来た。

「……はっ!あっあっ、なんでか分かったよ!クリストフが運命の人なんだ!
雪の中を走る臭くて勇敢なトナカイの王様!」

オラフはすっかり興奮して、アナの手を取った。

「行こう!」

ところが、大量の氷が2人のいる部屋の壁を締めつけ、亀裂を走らせた。
それが四方の壁に広がったと思うと、耐えきれなかった天井が徐々に崩れ始めた。

「危ない!」

アナとオラフが命からがら部屋から逃げ出した瞬間、さっきまでいた所を突き刺すように霜柱が急激に育った。
ここに留まっていては危険だ。
壁といわず床といわず、氷はどんどん広がっていき、2人は氷の浸食と競争するように薄暗い回廊を走った。

「あぁ、やっぱりあっちに行こう!」

飛び出してきた氷に行く手を阻まれ、オラフがアナを反対方向に引っ張る。
だが、そちらからも氷が鋭い角を突き出して威嚇し、とうとう2人は氷に囲まれてしまった。

「うぇぇ、閉じ込められた!」

オラフが叫ぶ。
アナは必死に辺りを見回して、脱出経路を探した。
オラフの手を取ると、手近の窓へ走る。
身軽なオラフが窓の桟に飛び乗って、雪と霜のこびりついた窓を蹴って開けた。
勢い余って落ちそうになるのを、アナが手で引き戻すと、今度はオラフが手を引いて、アナを窓の桟に立たせた。
外に出たはいいが、猛吹雪で一寸先も見えない。

「滑って!アナ!」

アナとオラフは思い切って、雪にすっぽり覆われた城の屋根を滑り降りた。
今度ばかりは、うず高く降り積もった雪のおかげで、難なく中庭に出られたようだ。
もっとも、オラフは滑走中にどんどん雪を拾ってしまい、立ち上がった時には倍ほども膨れあがっていたのだが。
2人は雪を払い落とすと、城門をくぐり、フィヨルドを目指した。
クリストフに会いに行くために――。


吹雪は今や、激しいブリザードとなってアレンデールの国土を苛んでいた。
氷混じりの雪が休みなく降り続け、凍てつく空気は吸い込むことさえ躊躇われる。
クリストフは懸命にスヴェンを駆り、氷原と化したフィヨルドを急いだ。
行く手には、地吹雪が煙のように立ち込めていたが、クリストフは怯むどころか一層速度を上げた。

「急げスヴェン、飛ばせ!」

吹雪がアナの顔に容赦なく吹きつけ、視界をふさぐ。
それでもアナとオラフはひたすら進み続けた。
フィヨルドの縁まで来ると、アナは腕を上げて視界を確保した。
フィヨルドの海水が凍りつき、氷の塊となって船を横倒しにしている光景は、アナの胸をさらに痛めた。

「クリストーフ!」

吹雪をついて、精一杯呼びかける。
クリストフの姿は見えなかったが、フィヨルドを渡ってこちらに向かっているのは分かっていた――そして、彼がアナの最後の望みの綱であることも。
心を蝕む氷は今もなおジワジワと全身に広がり、アナを衰弱させていった。
揺るぎない意思をもってしても、一足ごとに体力が萎えていく。
吹きすさぶブリザードが、辺り一帯を雪と氷でどんどん覆い尽くしていく。

「あぁん、先に行っててー!」

一陣の雪嵐がオラフを持ち上げ、バラバラにして吹き飛ばした。
フィヨルドを一心に見つめているアナは、そんなオラフの災難にまったく気がつかなかった。

「クリストーフ!」

風に抗って背を屈め、氷の海の上をそろそろと歩きながら、アナが待ち人の名を呼んだ。
指に鋭い痛みを感じ、手袋をしていない手をかざすと、指先が凍りかけている。
アナに残された時間は、もう長くはなかった。

あともう少しでフィヨルドを渡りきるという時、クリストフの目の前の氷が隆起し、 スヴェンの足が取られそうになった。

「行け!行け!」

クリストフは相棒を急き立てた。
一刻も早くアナのところへ行かなければ。
氷漬けになっていた船の脇を走っていると、再び氷が動いて船を押し倒した。
スヴェンは猛スピードで駆け抜け、崩壊しながら転覆する船体の下敷きを免れたが、転覆の衝撃で氷に致命的な亀裂が走り、一直線にスヴェンを追いかけてきた。
フィヨルドが裂ける瞬間、スヴェンが力の限りジャンプし、勢いのままクリストフを岸辺に投げ渡すと、自らは止まりきれずに極寒の海に突っ込んだ。

「スヴェン!」

クリストフが声を限りに叫ぶ。
渾身の力を振り絞ったスヴェンが水から飛び出すと、なんとか流氷のひとつに這い上がった。
濡れそぼったスヴェンがいなないて自分の無事を告げ、クリストフに先を促す。

「いい子だ……!」

クリストフは相棒を後に残し、凍った陸地を走り出す。
目指すは、アナのいるアレンデール城だ。
クリストフの耳に、自分の名を呼ぶアナの声が――この猛吹雪のなかではとても聞こえないような囁きが、聞こえた気がした。


「エルサー!」

エルサが突破した牢の形跡から判断したヴィルもまた、フィヨルドの氷面に繰り出していた。
今度こそ肺一杯に凍てついた空気を吸い込み、ときどき咳こみながらも、従者は大声を上げて主を探している。
しかしこのアイスストームは、ヴィルの呼び声を容赦なく掻き消していった。

もしかしたらもう氷の宮殿へ戻っているかもしれない。むしろ戻っていてくれたほうが、ここよりずっと安全だ。
まだ戻れていないとしたら、捕まって死刑宣告をされかねない――そう思うと、誰よりも早くこの凍りついた入り江から彼女を捜し出さなければならない。

ヴィルの脳裏に、3年前の記憶が蘇ってくる。
遭難し連絡の途絶えた国王と王妃を……そして何より、実の父親を見つけられなかったときのことを。
状況は違えど、大切な人を見つけられないこと――そして喪うことを、ヴィルは最も怖れていた。
もう二度と諦めるようなことはしたくない。
ヴィルは視界が歪むのを必死にこらえ、エルサを探す足を速めた。


そしてエルサ自身もまた、この雪嵐に閉ざされた氷原を彷徨っていた。
城の地下牢を破り、ノース・マウンテンに戻るつもりでここまで来たものの、自分の作りだした猛吹雪によってすっかり方角を見失っていた。
何か目印になるものか見えないか、立ち止まって周囲に目をやる。

「エルサー!このまま逃げるつもりなのか?」

背後から声がした。
驚いてふり向くと、ハンス王子が立っている。
獄舎からエルサの後を追ってきたのだ。
この視界ゼロの中を、猟犬並みの嗅覚でも持っているのだろうか。
エルサは妹の婚約者に内心うすら寒いものを感じたが、女王は臆病では務まらない。

「妹とヴィルのことをお願いね……!」

「君の妹?ヴィル?」

王子が気の毒そうな顔をする。

「アナは弱り果て、冷え切って帰ってきたよ……!
彼女もヴィルも、君が心を凍らせたそうだな」

「そんな……」

エルサは息を呑んだ。

「助けようとしたんだが、どちらも手遅れだった……!」

ハンスは善人の顔を崩さず、なめらかに嘘を続けた。

「アナの肌は凍り、髪は白くなっていた……。
ヴィルに至ってはボロボロだ……手の施しようがないほどに!」

自分の魔法の力が大切な家族たちに及ぼした破壊力を挙げ連ねられ、エルサの顔が凍りついた。
とうとう、怖れていた最悪の事態が起きてしまった――。
ハンス王子は、弱った相手にとどめの一撃を与える愉悦に、顔を歪めた。

「――君の大切な人たちは皆死んだ!君のせいだ!」

「うそ……」

エルサの心は真っ二つ折れた。
死のメッセンジャーから背を向けると、ゆっくりと氷上にくずおれ、両手に顔を埋める。

その途端、嵐が止んだ。
あれほど吹きすさんでいたブリザードがぴたりと止み、雪の片は引力の存在を忘れて空中で動きを止めた。
まるで時が止まったように吹雪が途絶え、視界が開けた。
突然訪れたしじまに呆気を取られていたヴィルが、気を取り直してあたりを見回すと、氷に傾く異国の船の隙間から小さな人影を見つけた。
遠く離れていても間違いない。ヴィルはついにエルサを見つけ出した。

「エルサ……!」

すぐさま駆け出したヴィルからは、船の陰に隠れハンスの姿は見えていなかった。

そしてクリストフもまた、フィヨルドの畔に立つアナを見つけていた。
アナの方からもクリストフのシルエットが小さく見えたが、1秒ごとに全身から生気が抜けだしていくのを止めることは出来ていない。
瞳の色が失われ、もはや口の筋肉を動かす力すら残っていなかった。
求めてやまない相手の名前を、吐息とともに吐き出す。

「クリストフ……!」

「あぁ、アナ……!」

クリストフはアナのもとへ、全力で駆けていく。
アレンデールは神秘的な静寂に包まれていた。
城では、まるで申し合わせたかのように衛兵や諸公が城壁に集まり、一様にフィヨルドの方を見守っていた。
視界が開けた彼らの目には、氷上に跪き、項垂れているアレンデール女王の姿が映った。
そして、その背後ですっくと立ったハンス王子が、腰の剣に手をかけている姿も――。




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