Frozen's thervant 
 -アナ雪エルサ主従夢-




朝日が、夜の闇を追いやろうとしている。
シトロンに乗ったハンス王子率いるアナ王女捜索隊の一行は、ノース・マウンテンの雪深い森や急な斜面を登り、山頂を目指していた。
ある者は馬に乗り、ある者は歩いている。
ほとんどが松明を掲げ、槍や剣を帯びていた。
ウェーゼルトン公爵の側近2人は、ボウガンを携えている。
捜索隊の周囲では、吹雪が容赦なく吹き荒れていた。
ハンスは吹雪の中心へ行けば、エルサたちを見つけられると踏んでいた。
そしてエルサのもとには、必ずアナがいるはずだ。

ハンスが隊の先頭を歩き切り立った崖を回り込むと、氷の宮殿が姿を現した。
山の頂に穿たれ、冷厳な光を放つクリスタルの建築物の威容に、男たちは息を呑んだ。
一夜にして、エルサ女王がこれを築いたのだろうか。
いったい、彼女の魔法の力はどれほどのものなのか――。
しばし呆然と宮殿に見入っていたハンスは気を取り直し、馬から降りながら一行に向き直った。

「アナ王女を見つけて助け出すんだ!
女王に気をつけろ、ただし女王に手出しはするな。
みんな分かったな!」

捜索隊の一行が真剣な顔つきで話を聞いているなか、侯爵の側近がこっそり目配せを交わしている。
だが、熱弁をふるうハンスは気がつかない。

ハンスが宮殿に向かう階段に近づくと、不意に階段下の地面から咆哮が上がり、雪の塊が立ち上がった。
エルサの雪の門番、マシュマロウだ。
巨大なスノーマンは階段の前に立ちふさがり、テコでも動かない構えでいる。
その大きさにシトロンをはじめとした馬たちは恐れいななき、散り散りに逃げ出していった。

マシュマロウがいきなり拳をふり回し、ハンスはぎりぎりのところで身をかわした。
捜索隊の面々が一斉に武器を構え、槍を投げ、ボウガンで射る。
それがマシュマロウの怒りに油を注いだ。
眼光を青白く光らせ、雪崩よ起きよとばかりに大地が震えるほどの怒りの声をあげると、身体中から氷の棘を突きだした。
ついで腕を振り上げ、一撃で男たちをなぎ払う。
マシュマロウに投げ飛ばされた侯爵の側近2人は、雪だまりのクッションに受け止められ事なきを得た。
倒れ込んだ拍子に、マシュマロウの足の隙間から見えたのは、宮殿の扉を閉めるエルサの姿だった。
ヴィルやアナが戻ったのかと思い、外の騒ぎを確かめに来たのだ。

「……女王だ!」

目ざとく気づいた侯爵の手下が、相方に知らせる。
実戦経験の乏しいアレンデールの衛兵たちと違い、戦い慣れているらしい侯爵の手下は、マシュマロウがアレンデール兵に気を取られている隙をついて、宮殿内部にスルリと侵入した。

「こっちだ!行くぞ!」

響き始めた雷鳴が反響する宮殿の広間を突き進み、優美な階段を駆け上がる。
踊り場には、雪の女王その人が立っていた。

「あそこだ!」

追い追われ、エルサと侯爵の手下たちの戦いは、女王の居室で火蓋が切られることとなった。

「追い詰めた!」

「あぁ、やめて、お願い!」

エルサは自分の魔法の力で相手を傷つけるのを怖れ、警告した。
だが侯爵の手下たちは女王の警告など意に介さず、ボウガンをつがえ、エルサに向けて矢を放った。
同時に、稲光がカッと居室を照らし出す。
眩しさに閉じた目を開け、標的を仕留められたかと見やると、そこにはボウガンの矢を手に握り立ち上がるヴィルの姿があった。

「ヴィル……!?」

目の前のヴィルの肩が、大きく上下している。よほど急いで戻ってきたのだろう。
エルサの前に立つヴィルが横へ矢を投げ捨てると、血がぱたぱたと滴った。
双眸は2人の手下を見据えたままだ。

「仲間か!」

「こっちだ、こっちから狙え!」

射手は顔色ひとつ変えず左から回り込んで矢をつがえ直すと、今度は2人で、再びエルサの急所に狙いを定めた。
エルサは自分の武器である手のひらを相手にかざし、最後通告を申し渡した。

「近寄らないで!」

矢が放たれると同時に、エルサの掌から氷が迸る。
放たれた矢はヴィルの目の前に現われた氷の壁が受け止めた。

「エルサ様……!」

「う、撃て撃て!」

手下は2手に分かれ、反対方向からエルサとヴィルを狙った。
主と従者は自ずと背中合わせになり、それぞれ目の前の男と対峙する。
鋼と氷と雷の、未曾有のバトルが始まった。

宮殿の外では、ハンスと捜索隊が荒ぶるスノーマンと戦っている。
ハンスはマシュマロウが踏みつぶそうと繰り出してくる足を紙一重でかわし、みごとな剣さばきで、すねから下を切り落とすのに成功した。
痛みを感じないのか、片足を失ったことを気にも留めないマシュマロウは、階段を駆け上がるハンスを止めようと襲いかかるも、氷の架け橋を一部壊すに留まり、バランスを崩して崖から落ちていった。
ハンスは危ういところを階段の手すりに掴まってこらえ、衛兵たちに助け上げられる。
無防備となった氷の宮殿に、ハンスたちが駆けこんだ。

エルサの私室での戦闘状況は、相手の接近を拒むエルサたちが、紙一重の差で押していた。
侯爵の手下が、慎重にヴィルに狙いをつけた。
矢とほとんど同じスピードで駆け、相対的に目で追うことができた先ほどとは違う。
氷の魔法を持たないヴィルに、自分に向け放たれる矢を止める手段はない。
それでもヴィルは、片手を前に突き出し、男の手元をじっと睨みつける。
手下の指先にぐっと力が込められると同時に、ヴィルも手のひらから雷の魔法を発露させた。
放たれた矢はヴィルの腕を引き裂いたところで、不自然に軌道が逸れて居室の壁へと突き刺さった。

「(少し弱かったか……)」

「っヴィル、」

ヴィルはエルサに危害を加えようとする手下たちに激しい怒りを覚えていたが、冷静さも捨てていなかった。
先手を取り手下を攻撃することも十分可能であったが、ウェーゼルトン公国に対しこちらから手を出してしまっては国交に影響が出てしまう。
そう考えたヴィルは、あちらの矢が尽きるまで防戦に徹する構えだった。

「どうして戻ってきたの……!
あのままアナと一緒に、国に戻ればこんなことには……」

ヴィルの傷ついた左手にしがみつき、エルサがもはや懇願するような声で言った。
ボウガンから背を向けたそのチャンスを、侯爵の手下が逃すはずがない。
三度放たれた矢は、しかし2人に命中することはなかった。
氷づけになった左腕をそちらへ向け、ヴィルは先ほどより強い雷を腕から迸らせている。
ヴィルを狙っていた反対側からの矢も、差し出されたままだった右手がぐいっと軌道を逸らした。
ヴィルは威嚇するような目を伴って振り返り、虚を衝こうとした男を睨みつけた。
男は僅かに気圧されたように、ぐっとボウガンを上げた。

「……止血、ありがとうございます」

ヴィルは至極優しく聞こえるような声で、エルサに言った。
意図せず氷づけになった左手は、その氷で傷口が塞がれ流血を止めている。

「わたしは、エルサ様のそばで、お仕えしたいのです……。
そのお許しを、この薄氷のマフラーと一緒に、頂いたと思ったのですが……」

確かにその通りだった。
エルサは、ヴィルがそばにいることを許した。
しかしそれは、彼女の言う「傷つかない」という――もはや誓いとも言える言葉の上で成り立つものだった。
エルサがどれだけヴィルを凍りつかせてしまっても、彼女はいつだって、なんてことないように解かしてみせてきた。
だが、今のヴィルはどうか。
心に氷の棘が刺さり、髪はもうほとんど真っ白になっている。
身体はガタガタと震えているのに、体内でかなりの量の熱を生み出しているのだろう……汗が滴っている。
その上でボウガンを受け、傷だらけだ。
エルサは限界だと言うように、目を伏せて首を横に振った。

「……ぐっ」

それを見たヴィルが、ついに片膝をついた。
心を蝕む氷の棘に、着実に侵されている。
侯爵の手下たちは、ここぞとばかりに互いに目配せをし、2人同時にボウガンの矢を放つ。
今度はエルサが反応し、手のひらを両側に向け氷の壁を作った。しかしそこに矢が突き刺さることはなかった。
見ると、そこら中に小さな稲妻が駆け巡っていた。
ヴィルが床についた手を介し、居室中に電流を流して独自の磁界を作り出していたのだ。
鋼で錬えられた矢は、この場において真っ直ぐに飛ぶことはない。
エルサ様をお守りするんだ……。
あまりに強い力なのか、ヴィルの凍りついて真っ白な手の表面が、チリチリと電気で焼けてきていた。

「ヴィル、もうやめて……」

手足の末端は、もう凍りついて動かなくなっている。
雪の結晶を咲かせながら浸食する氷は、ヴィルの肘に達しようとしていた。
火傷なのか凍傷なのかも分からなくなった彼女の手に、せめて、とエルサの手を重ねたくても、それすら叶わない。

「お願い、止まって……凍ってしまわないで……」

何度この力を呪えばいいのだろう――エルサは絞り出すような声で願った。

「エルサのためなら、凍ってもいいよ」

ぽつり、とエルサの耳にその言葉が届く。
氷の壁に反響したそれは、囁くような大きさの声なのに、エルサの全身を優しく包み込むようだった。
はっとして顔を上げると、ヴィルの慈愛にも似た目線とかち合ったが、すぐにいたずらっぽい微笑みに変わった。

「……氷像になっていてはお守りできませんので、まだ凍ってやりませんけどね」

床についたまま動かせなかった手に顔を向けると、ヴィルは慎重に力を込めた。
パキパキと氷の割れる音を立てながら、手首、それから指の関節を動かしていく。
ほとんど絶望しかけていたエルサとは逆に、ヴィルはまだ諦めていなかった。

この戦いを終わらせて、一刻も早くヴィルを生き岩の谷へ連れていこう――。
エルサはなんとか気を持ち直した。
ヴィル自身が諦めていないのだ。私だって。

エルサは目を走らせると、氷の壁の隙間からしつこくこちらを狙う手下の1人に向かって、無数の氷の矢を放ち、居室の壁に釘付けにした。
男ののど元を複数のつららが狙い、身動きを封じる。
ほんの一瞬の出来事に、残された1人がたじろいだ隙をついて、エルサがもう片方の腕を振るって男のボウガンを氷で吹き飛ばす。
侯爵の手下は女王のパワーを見くびっていたことを後悔したが、もう遅い。
釘付けにしたほうの手を緩めないまま、驚いて逃げようとする男の退路を氷の壁で断った。
ひときわ分厚い氷の壁を作りだすと、床を滑らせて男にぶつけ、そのままバルコニーに通じる扉まで追いやる。
圧力に屈して扉が砕け、男はバルコニーのふちまで押し出された。
この高さで転落すれば、マシュマロウの二の舞だ。
なおも自分を押しやろうとする氷の壁に、男は必死に抗った。

マシュマロウを退け、2階に駆け上がって来たハンスは、ひと目で状況を飲みこんだ。
さぞや美しかったであろう室内の荒れ様が、戦いの激しさを物語っている。
氷の従者は主の足元でうずくまり、侯爵の側近の1人は串刺し一歩手前、もう1人は今にも転落死しそうだ。
男2人の命運は、エルサの次の一手に握られていた。

「エルサ女王!」

王子が叫ぶ。

「人々を苦しめるようなことをしてはいけません!」

「っ!
はぁ、はぁ……」

その言葉に、エルサはハッと我に返った。
自分に襲いかかって来た相手の目に、くっきりと死への恐怖が浮かんでいる――。
やり過ぎた。
早くヴィルを連れ出したい一念のあまり、押し退ける男たちの生死を問おうとしていなかった。危うく殺してしまうところだった。
この状況こそまさに、子どもの時にトロールの長がオーロラに映しだした光景ではなかったか。
エルサが手を緩めると、氷の壁が引き下がり、バルコニーに追いつめられていた手下は命拾いをした。

こんな絶峰の頂上に引きこもっているのは、自分の危険な魔力から人々を守るためであって、間違っても危害を加えるためではない。
それなのに、焦る気持ちで相手の執拗な攻撃を夢中になってかわすうち、自制心はどこかへ吹き飛んでしまったようだった。
ヴィルは冷静に、自分たちの身を守るのに徹していたというのに。
エルサが苦い思いとともにもう1人の男ののど元に突きつけたつららを収め、うずくまるヴィルに目線を落とした。
戦いが終わったのなら、今すぐ谷へ連れていかなくては。
エルサが身をかがめたとき、ヴィルはゆっくりと目を上げ、ハンス王子を見ていた。
彼は何をしに来たのだろう。アナ様を追って?エルサ様を連れ戻しに――?

往生際の悪い侯爵の手下が、つららが溶け去ったとみると、再びボウガンを構えてエルサに狙いをつける。
ハンス王子が素早く反応し、 ボウガンを上に押しやった。
王子を見ていたヴィルが、ハンスの走らせた目を追って見上げると、自分たちの真上のシャンデリアに行き当たる。
すぐに目を戻すと、ハンス王子が手下の腕を押し上げ、それを狙わせているように見えた。

「エルサ様!」

ヴィルは渾身の力を込めて、エルサを突き飛ばした。
標的を外れた矢は天井に刺さり、鎖の切れたシャンデリアがエルサのいたところをめがけて落ちてくる。

「っヴィル!」

突き飛ばされながらエルサが振り返ると、ヴィルが表情を歪めてこちらに手を伸ばしたままだった。
ヴィルはもう1mmも動けなかったのだ。
数トン分のシャンデリアがヴィルに直撃するのと、エルサが衝撃に打ち倒され意識を失ったのはほぼ同時だった。
氷の床もろとも轟音を立てて砕け、シャンデリアは四方八方に飛び散った。




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