Frozen's thervant 
 -アナ雪エルサ主従夢-




クリストフとスヴェンは尾根を越え、アナとオラフを岩だらけの谷間に連れてきた。

「見て、スヴェン。お空が起きてる」

オラフはトナカイの背中に寝そべって、夜空にかかるオーロラを眺めている。
オーロラの投げかける青みがかった光が、谷間をどこか幻想的に見せていた。

クリストフのお友達はここに住んでいるの?
こんな夜半に押しかけて、ご迷惑じゃないかしら、とアナは心配になった。
クリストフはアナが震えているのに気がつき、声をかけた。

「ふぅ……うぅ……」

「寒いのか?」

「ちょっとね」

アナは笑顔を作った。
気にかけてくれる相手がいるのは、いいものだ。
一瞬、クリストフはアナの肩を抱き寄せようと腕を回しかけて、思いとどまった。

「あ、あーほら!こっちに来て」

地面からところどころ、煙の湧き出ている場所があり、アナが近寄ると、湿った熱気を感じた。
うう、生き返る。
そういえば、この谷間には雪が積もっていない。
地下に温水脈が流れているのだろう。

「なあ。
あー、俺の友達のことだけど」

歩きながら、クリストフが説明を始める。
2人は時々立ち止まっては湯気にあたり、凍えた体を温めた。
オーケンの店のサウナには入り損ねたけど、これもなかなかいいものだ。

「友達っていうより、家族みたいなものなんだ。
子どものころ、俺はスヴェンと2人きりで生きてた。
そのあと、あいつらと暮らすようになって――」

「そうなの」

「ああ。怖がらないでくれよ。
あいつらちょっと荒っぽいし、声も、でかい。すごくにぎやかだ。
けっこう頑固だし、少し上から目線だし、それにすごく重い。ほんっとに重いんだ。
でも大丈夫。すぐに慣れるよ。悪いやつらじゃないし――」

「わかったわ」

アナがストップをかける。

「いい人たちみたいね」

湯気に当たったおかげか、クリストフの友だち思いの気持ちが伝わったためか、アナの身体の震えはだいぶ治まった。
傍らでクリストフが安堵のため息を吐く。

「……紹介するよ。俺の家族だ!
おいみんな!」

そう言って、谷間の開けた草地に向けて腕を広げた。
アナが周囲を見渡して、戸惑った表情を浮かべる。

「ただの、岩じゃない」

クリストフはアナにお構いなしに、谷間じゅうに散らばる丸っこい、苔むした岩の群れに話しかけた。

「よう、久しぶり。
あんただって気づかなかったよ。少し太った?」

スヴェンはスヴェンで、岩の間をうれしそうにピョンピョン跳ね回っている。
オラフがアナのそばに来て、ヒソヒソ声で言った。

「あいつ、おかしいんじゃない……?」

アナはあんぐり口を開けたまま、クリストフと岩のやりとりを見ている。

「僕が気を引いとくから逃げて」

そうアナに耳打ちすると、オラフは芝居がかった調子で手近な岩に近づいた。

「……やあ!スヴェンの家族さーん!
会えて嬉しいよーよろしくー!
……大好きなアナだけは、逃げてほしいんだ」

お得意の猫なで声を出し、岩に抱きつく。
一方、アナはその場に固まったままだった。
クリストフのこと、見直したばかりなのに……。
岩がお友達だなんて!
やっぱり、ただの危ないヤツだったの!?

「君は恋愛のスペシャリストなんだってねー!すごい!うぅ!」

オラフが捨て身の演技を続けつつ、横目でアナに必死に合図を送った。

「……なんで逃げないの?」

ようやくアナは我に返った。

「あー……、わかった。じゃあ、あたしもう行くね」

もと来た道へ、踵を返す。

「待てアナ。待ってくれ!」

谷間の奥からクリストフの引きとめる声がする。
次の瞬間、たくさんの岩が一斉に、アナたちに向かって転がり落ちて来た。
ギョッとしてアナが飛びのく一方、オラフは目を輝かせ、転がる岩を追いかけだした。
岩はあっという間にクリストフを取り囲んだ。

「クリストフ?……わぁ!」

アナが怯えて呼びかけると、満面の笑みのクリストフの目の前で、岩がむっくり起き上がり、ポン!と弾けて人の形になった。

「クリストフだー!」

トロールのブルダが、仲間を押しのけてクリストフの前に立った。

「クリストフが帰ってきたー!」

アナは目を白黒させて、事のなりゆきを見守っていた。
周りのトロールたちも口々にクリストフの帰還を歓迎している。
オラフも一緒になって声を張り上げた。

「クリストフだー!……え?待って?クリストフなの?」

オラフはいまだにクリストフをスヴェンだと思っているらしい。
身内同然のクリストフが久しぶりに戻ったというので、トロールたちはまるでスターに会ったファンのようにはしゃいでいる。
我先にと喋りだし、スターの気を引くのに一生懸命だ。

「ほーら顔を見せてよ」

「服を脱いで。洗ったげる」

「いいよいいよ。着たままで大丈夫だ。
ほんと久しぶりだね。
なあ、パビーはどこかな?」

クリストフは跪いて、膝上までの高さしかないブルダに話しかけた。
アナは目の前で繰り広げられるクリストフとトロールのファミリー·ドラマに、とてもついていけなかった。
両者を結びつけたのが、他でもなく自分だったとは知る由もない。
元はといえば、エルサの魔法によって意識を失ったアナを助けるため、生き岩の谷に馬を走らせる国王夫妻とヴィルの後をついてきたクリストフを、ブルダが見出したのだった。
以来、クリストフとスヴェンはアイス·ハーベスターたちと袂を分かち、この谷で暮らしてきた。
成長して、自身がアイス·ハーベスターとなった後も彼らとはつるまず、トロールに教わった秘密の洞窟から氷を切り出して、単独で商売をしている。今や、商売敵だ。

ブルダが返事をする前に、トロールの子どもたちが割って入った。

「お昼寝してる!
ねえ見て!キノコ生えたよ!」

背中にきのこを生やした子どもトロールが言った。

「炎のクリスタルをもらった!」

灼熱に輝くクリスタルを手にした子どもトロールが自慢する。

「腎臓の石が出たぞ」

思春期のトロールが自分の小型版のような石を見せた。
小さなトロールがクリストフに飛びついて、コアラの赤ちゃんよろしくぶら下がった。

「クリストフ、抱っこして!」

「重くなったな、すごいじゃないか!」

ちびでも、トロールはかなりの重さがある。
クリストフは腕が抜けそうになった。

「トロール……?トロールだ!」

ようやく、アナは岩人間たちの正体に思い至った。
その瞬間、トロールたちがピタリとおしゃべりを止めた。
一斉にアナを振り返り、目をパチクリとさせる。

「女の子を連れてきた!」

ブルダが表情を変え笑顔になって叫ぶや否や、トロールたちが色めきたつ。

「女の子だー!」

たちまち、アナはトロールたちに取り囲まれた。
あっという間に持ち上げられたかと思うと、荷物よろしくトロール伝いにクリストフのところまで運ばれ、気がつくと腕の中にいた。

「わ、わ、わ!
どういうことなの?」

「トロールの好きにさせるんだ」

相方のクリフに肩車させたブルダが、アナに顔を寄せ直々に検分する。

「どれどれ?
綺麗な目、しっかりした鼻、丈夫な歯!
いいねいいね、私たちのクリストフにぴったり!」

どうやらトロールたちは、アナとクリストフがカップルだと思っているらしい。
クリストフがガールフレンドを連れて来たと勘違いしてるんだ!
アナは慌てた。
きちんと誤解を解かなくちゃ。

「ちょっとちょっと、あー違うの」

しどろもどろに説明する。

「そうじゃなくて――彼とはそういうんじゃ――」

クリストフが助け船を出した。

「勘違いしないでくれ。そういう意味で連れてきたんじゃなくて――」

「何が問題なのお嬢ちゃん」

ブルダが遮って聞いた。

「なんでこんないい男をほっとくのさ?」

アナに反論する余地を与えず、ブルダを筆頭にクリフや他のトロールたちが畳みかけるようにクリストフの欠点を数え上げていく。

「歩き方のせい?」

「それかしゃべり方?」

「四角い足のせいかな?」

「ちゃんと洗ってはいるのに、いつもなんだか少し臭いとことか?」

「でもね、彼ほど繊細で優しい男はいないよ」

彼らはいったいクリストフを持ち上げたいのか、くさしたいのか。

「それはそうね。でも――」

クリフがさらに、アナの混乱に拍車をかける。

「そう、彼は完璧じゃない。ちょっとばかり改善が必要な欠点がある」

「少し変わり者で、トナカイへの愛情は異常だよね」

「だけど、手直しが利くさ。愛さえあればね!」

「この話はもうやめてくれないか?
それより、ほんとに困ってることがあるんだよ――」

クリストフは何とか軌道修正しようと口をはさんだが、トロールの思いこみの強さは長年のつきあいでよく知っていたので、半ば諦めていた。
案の定、ブルダは一向に引き下がらない。

「なるほどね。じゃ話してごらん?
気が小さいから?」

「変な奴だから?」

「森で立ち小便してる!」

「……それは聞きたくなかった」

「あなたが躊躇してるのは彼の男らしくない金髪アタマのせい?」

「それとも、本当は誠実なのにそれを素直に表に出さないところ?」

「そうさね、クリストフはちょっと改善が必要なだけ。
ちょっとシラミを飼ってるだけ」

「違うって!飼ってないよ!」

「孤独に暮らしてるのは癒しのぬくもりを死ぬほど求めてることの裏返しだよ」

「クリストフには手直しが必要さ。
でも、私たちにはどうすりゃいいか分かってる」

「このへそ曲がりを直すには、あんたと一緒にすりゃあいいのさ」

アナの前で次々と自分の欠点を上げられ、たまらずクリストフは、男のトロールたちに泣きついた。

「やめろやめろやめろー!
彼女は他の男と結婚の約束をしてるんだ!」

トロールたちは固まると、まばたきを2回ばかりした。パチクリ、パチクリ。
そして、この件に関する見解が下された。

「彼女も完璧じゃない。だが気にするなよ」

「あきらめることはないさ」

「"婚約"とは言っても、まだどうとでもなる」

「それに第一、指輪もしてないよ」

子どもトロールが鋭い点を突き、大人たちを調子づかせた。

「彼女も完璧じゃない。なんせ迷いがある。
婚約者と別れれば、すべて丸く収まるって寸法さ!」

トロールを"手直し"するにはどうすりゃいいんだ、とクリストフは心の中で毒づいた。
一方、女のトロールたちは女のトロールたちで、アナに世話を焼きはじめた。
雪を払いのけたり、髪の毛をとかしてやったりしながらも、おしゃべりを止めようとしない。

「あんたにクリストフを変えられる、とは言ってないのよ」

ブルダが言った。

「だって人は本質的に変わらないもの。
わたしたちが言いたいのは、愛は強くて未知の力を持っているってこと。パワフルさ。
人は恐怖におびえて我を忘れたり、重圧に負けたりして、道を見失うことがある。
でも、そこに少しばかりの愛を投げ込んでみて。
そうすれば、最善を引き出せるもんよ。
真実の愛は、人の最高を引き出すのさ!」

トロールたちに身繕いを任せながら、アナは知らず知らず、彼女たちの話に耳を倒けていた。
クリストフが彼らを"恋愛のエキスパート"と呼ぶのは、あながち的外れじゃないのかも。
何せ、地球が誕生した頃から生きている伝説の存在なのだ。ユーモラスな外見に似合わず、深い叡智を蓄えていてもおかしくない。

人は誰しも手直しが必要だ。
家族はそのためにある。
一緒に育ち、互いの角を取りあい、丸い調和の取れた人間になっていくのだ。
トロールがそう説明する間、アナは姉のエルサを想った。

そうこうしているうち、草花や天然石や苔のマントでトロール風に飾り立てられたアナとクリストフは、陽気に歌い踊るトロールたちによって、浅い縦穴の中に立たされた。
穴の上にはアーチ形のリースが渡してある。
トロールたちのお祭り気分が伝染したのか、2人とも、何とはなしにうきうきした気持ちになっていた。
凍りついたままのアレンデールも、雪の女王になってしまったエルサの苦悩も、遠い世界のことのような気がする。
ここでは、時間さえも違った流れ方をするようだ。
しかめ面して悩む事なんて、本当のところ何もないのかもしれない――。
アナとクリストフの目が合った。
お互いが、これまでとは違って映る。

「汝アナは、この男クリストフを夫とし――」

司祭の格好をしたトロールが、厳粛な声で文句を唱えはじめた。
……え、今、このトロール、何ていったの?
今度はアナとクリストフが、目をパチクリさせる番だった。

「え、何?」

「結婚を認める!」

司祭トロールがおごそかに告げた。

「……っ、」

アナも声を上げようとした。
だが、突然激しい寒気が全身を襲い、その場に倒れこんでしまいそうになるのを、クリストフが抱きとめた。

「アナ?……氷みたいだ」

天のオーロラが怪しく光る。

「魔法の力を感じる」

トロールたちをかき分けて、何者かが縦穴の縁までやって来た。
最長老のトロール、パビーだ。

「パビー、頼む」

「さあさあ、早くこっちへ……」

パビーはアナと向きあうと、冷たい手を取り、生気のない目をじっと見つめる。
パビーが白く変じた巻き毛を一房掻きあげると、アナの身体に震えが走った。

「アナ。君の、命が危ない」

パビーが低い声でいった。
トロールたちの間に沈黙が広がる。

「姉さんの氷の欠片が心に刺さっている。
もし……そのままにしておけば、君は凍りついてしまうだろう。永遠に」

「え……嘘……?
ヴィルが庇ってくれたのよ……?」

アナが息をのんだ。
クリストフは冷静になろうと努めた。

「パビーなら氷を取れるよな?」

「いや無理だ。すまないクリストフ。
頭に刺さったのなら簡単に取れた」

パビーは言下に否定した。

「だが、凍った心を解かせるのは、"真実の愛"だけなのだ」

「"真実の愛"……」

アナが聞き返す。

「しかし……ふむ……ヴィルの心にも刺さってしまったか……。
ヴィルはどこにいる?」

パビーは不意に尋ねた。

「女王のところへ戻るって、引き返していった。
ここへはあとで来ると」

クリストフがアナを労りながら答えた。

「そうか……。
……あの子は大丈夫。"愛"とは何かを知っている子だ。
すぐに凍りついてしまってもおかしくなかったが、そうならなかったのなら、ひとまずは安心できる」

しかし、パビーは表情を曇らせた。

「ただ、彼女の"真実の愛"と、エルサの魔法、どちらがより強いかで運命は決まる。
いまヴィルの心のなかでは、両方がせめぎ合っているだろう。
もしも氷の魔法が勝ってしまったら、彼女もまた、永遠に凍ってしまう……」

「その、"真実の愛"って、なんなの……?」

アナが口を開いた。
ブルダが自分の亭主、クリフに目配せをした。

「大好きな人のキスじゃないの?」

トロールたちはそれを合図に互いにキスをしあった。
クリストフとアナは、目を見交わした。
それってつまり……?
アナがもう一度ブルッと震え、髪がもう一筋ばかり白くなった。

「っ、」

「ヴィルのことも心配だが、アナ、君も急いだほうがいい」

パビーが深刻な表情で言った。

「ヴィルの心は純粋すぎる。
それゆえに、エルサの気持ちをほとんどそのまま通してしまった。
庇ったことで魔法の力をいくらか弱められたが、わずかなものだ」

「アナ、急いでハンスのところへ行こう」

クリストフが真剣な面持ちで考えを口にした。

「ハンス……」

アナが弱々しく言った。

「引っ張ってくれスヴェン!」

クリストフがアナを抱き上げ、スヴェンの角に掴まった。
スヴェンが後退して、縦穴からクリストフとアナを引き上げた。

「あーあ。クリストフは一生独り身だね、クリフ」

ブルダがため息を吐いた。

「いつかいい相手と巡りあえるさ、ブルダ」

クリフが言った。
クリストフはアナをスヴェンの背中に乗せてやると、自分はその後ろに跨り、手綱を取った。

「オラフ、行くぞ!」

「うん、行く!」

オラフがクリストフのベルトに掴まる。

「ハンスとキスをさせるぞー!
……ところでハンスって誰?」

スヴェンは頭をアレンデールの方角へもたげると、急ぎ足で駆けだし、生き岩の谷を後にした。
オーロラが影をひそめ、太陽に道を譲りつつある。
そして、彼らを見送ったトロールたちは、ひとりずつ、岩に戻っていった。



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