Frozen's thervant 
 -アナ雪エルサ主従夢-




マシュマロウは氷の宮殿を出たところで、片手でアナとクリストフの首根っこを掴み、もう片方の手でオラフを捕まえた。

「やめて!下ろしなさい!」

アナの抗議もむなしく、マシュマロウは招かれざる客を、氷の階段に放り投げた。
2人はなめらかな段々をお尻で滑り降り、スヴェンの手前で止まった。
うっかり手すりにくっつけてしまった舌を引きはがそうと奮闘中のスヴェンが、空から降ってきた2人に目を丸くする。

「出ていけぇ」

マシュマロウは一声吹えると、オラフをパーツごとに投げつけた。
兄と違い、弟は腕力に訴えるタイプらしい。

「危ないよー!うっ!」

アナとクリストフがあわてて首を引っこめると、2人をかすめ、オラフの頭が雪の吹きだまりに突っこんだ。

「次はおしりが来るよっ」

2人が飛びのくのと同時にオラフの残りが吹きだまりに刺さる。
やっかい者を追い払ったのを確かめた後、マシュマロウは宮殿に戻りはじめた。
カンカンに怒ったアナが、階段にとって返そうとする。

「ちょっと!人のこと投げるなんて絶対許せない!」

エルサはわからず屋よ!
アナは雪をすくうと、ぎゅっと握って雪玉をこさえた。
それを見たクリストフが、熱くなったアナを掴んで制した。

「おいおいおい!カッカするな、落ち着けよ」

「離してよ!」

「いいからほら、落ち着けって」

噛みつかんとばかりに腕から身を乗り出すアナを、ぐいっと引き戻す。

「分かった分かった、もう平気!」

アナはクリストフに免じて気を収めてくれたようだ。

「あんな雪男ほっとけって」

「分かってる」

「よかった」

アナがそっぽを向いた――というのはフェイントで、

「……ふんっ!」

よほど悔しかったのか、どうしても雪玉を特大スノーマンに投げつけ返さないと気が済まなかったらしい。

「あっ、おいよせ!」

雪玉がゆるやかに放物線を描き、ポソッと肩のあたりに命中する。
数秒かかって刺激が頭に伝わると、マシュマロウがふり向いて、この世のものとは思えぬ咆哮を発した。
同時に体の節々から氷の棘が飛び出し、凶悪さがいや増す。
エルサはマシュマロウを作った時、よっぽど頭に来ていたらしい。

「ほら見ろ!あいつを怒らせた!」

いくら俺でも、あんなデカブツの相手はゴメンだ。
クリストフは焦った。

「ここは僕に任せて逃げてー!」

オラフが吹きだまりに貼りついたまま雄々しく言った。
クリストフはオラフの提案をありがたく受け入れ、アナを引っ張って逃げた。
手すりから開放されたスヴェンが反対の方向へ走りだす。
オラフの胴体とお尻が吹きだまりから落ちて、トナカイの後を追っていく。

「だめだめお前じゃないって!」

マシュマロウが通り過ぎた振動で吹きだまりから落ちたオラフの頭が、雪に埋もれた声で文句を垂れた。

「……これじゃ何にもできないね」

アナとクリストフは雪の積もった急斜面にダイブして、滑ったり転がったりしながら落ちていった。
雪山に慣れっこのクリストフは、手をぴったり身体にくっつけ、己をソリのようにして斜面を滑走した。
対してアナはもんどり打って転がり落ち、先に平地に着いて立ち上がったクリストフの足元を掬って止まった。
マシュマロウの巨体も間髪入れずに上から降ってくると、カいっぱいに2人を吠えたてる。
2人は立ち上がりざま、森と吹きだまりの迷路に駆けこんだ。
マシュマロウがドシドシ地面を震動させながら追いかけてくる。

木々の間を縫って走り抜けていくが、マシュマロウが振り回す腕が木に積もった雪を落とし、いつ頭の上に落ちてきても不思議じゃない。
アナはこの森に入ったときの災難を思い出した。
あの手が使えるかも。

「何をやってるんだ!」

クリストフの声を無視して、アナは雪の重みにしなりきった木の枝を力いっぱい引っ張った。
いくらかの雪が崩れ落ち、重荷を下ろして軽くなった木が反動で勢いよく上にしなり、マシュマロウを直撃する。

「あはは、やっつけたー!」

アナとクリストフが思わぬ成功を喜んだのも束の間、必死に走り続けて松林から抜け出たふたりの前に、断崖絶壁が口を開けて待っていた。

「……おおぅ、止まれ!」

危ういところでつま先立ちになり、踏みとどまる。
アナが崖下を覗きこみ、落ちて行く雪のかけらを目で追った。

「30mはある?」

「60mだ」

クリストフはロープを取り出すと、自分とアナの腰に巻きつけて、きつく引っ張った。
次いで跪くと、雪にU字型の溝を掘りはじめる。

「……どうするつもり?」

アナは尋ねた。

「ここにロープをかける!」

スノー・アンカーを掘りながら、クリストフが手際よくこしらえていく。

「分かった!落ちたらどうなる?」

「ふかふかの雪がたっぷり積もってる」

クリストフが説明した。

「クッションの上に落ちるようなものさ……たぶんね」

クリストフはスノー・アンカーにロープを結びつけた。
マシュマロウの吠え声がいよいよ近づいてきた。
空気がビリビリと震える。

「よしアナ、3で跳ぶぞ」

アナは崖を見下ろして身構えた。

「分かった」

「1…」

「3って言われたらすぐ跳ぶからね!」

「2……」

「いつでも大丈夫!よし!」

アナはグッと気合を入れ、待ちきれないとばかりに手袋の上から手を擦り合わせた。

「落ち着け……」

急場しのぎのスノー・アンカーが2人分の体重を支えきれるか、クリストフにしては賭けだった。
ここは石橋を叩いて渡る慎重さが要求される。

空を切り、大木がうなりを上げて飛んできた。
マシュマロウの投げた木が、雪しぶきを上げながら2人の2mほど手前まで滑ってきて止まる。

「さーーーん!」

アナは叫ぶと、崖からジャンプした。クリストフを道連れにして。
ハンス王子は正しい。
アナは石橋を、よそ見をしながら突っこんでいく。

「待て!うわぁー!」

垂直に落下しながら、クリストフが恐怖の叫び声をあげる。
一瞬のち、ふたりは上下逆さまになって崖からぶら下がっていた。

「……うっ、慌てるなって!」

一方、崖の上では、オラフがよたつきながら森から出て来た。
パーツが目茶苦茶な組み合わせの身体を引きずって、何とか崖っぷちにたどり着く。

「はぁはぁはぁ、あーもうダメ……」

息を切らしながら素早く自分で組み立て直す。
胴とお尻の順番を正して、耳の位置に刺さったニンジンを鼻に戻した。

「はぁ、ふぅー、はぁ、これで、よし!
ねえアナ!スヴェン!どこ?マシュマロウはもういないよ!」

次の瞬間、木立が左右に割れたかと思うと、巨大なスノーマンが現れ、オラフの背後で仁王立ちになった。
マシュマロウの影が、小さな雪だるまをすっぽり覆う。
気配に気づいたオラフがそぉっと上を見やった。
こうして見ると、弟は兄の10倍ぐらいガタイが大きい。
目を鋭くしてオラフを見下ろし、氷のかぎ爪の生えた指を、脅かすようにこちらに向けている。……相当おかんむりのようだ。
エルサはどうして、もう少し愛嬌のある弟を作ってくれなかったのかしら?ぼくみたいにさ。
オラフは作り笑いを浮かべ、猫なで声で懐柔にかかった。

「やあ!いま君のこと話してたんだ!悪口じゃないよ、いい話!」

マシュマロウは一声吠えると、クリストフとアナを支えているスノー・アンカーに近づいた。
オラフが慌てて、スノーマンの足にしがみつく。

「だめー!」

だが、文字通り巨人の足下にも及ばないことに気がついた。

「こんなことしても、意味ないんだろけどさ、きっと!
あぁ〜〜〜!」

マシュマロウは小さな雪だるまをふるい落とそうと、崖の向こうまで蹴り飛ばした。
ロープに身体を預け、そろそろと下降していたアナとクリストフの傍らをオラフが落ちていく。

「2人とも頑張ってー!」

「オラフ!」

落ちていくオラフが、すれ違いざまの2人に励ましの声をかけた。
そしてオラフを追うように真っ逆さまに落ちていくのは――

「ヴィル!?」

アナはもっと早く降りようとクリストフを急かした。

「っ急いで!早く!
今ヴィルが落ちて……っ、えっ何!?」

突然身体が引っ張られるのを感じ、クリストフとアナは、マシュマロウがロープを引っ張り上げようとしているのに気づいた。
アナがロープを解こうと腰の結び目に手をかけるが、きつく縛られたそれはびくともしない。
クリストフが助けようとアナに手を伸ばしたが、揺れるロープの勢いが余って崖に頭をぶつけてしまった。

「いでっ!」

「クリストフ!」

マシュマロウは、2人を崖上まで引っ張り上げると、目の高さで止めた。

「もう来るなー!!」

2人に吹雪のツバを飛ばしながら、きつく申し渡す。

「分かってるっ」

アナは意識の朦朧とするクリストフのポケットをまさぐってナイフを取り出すと、ロープを切ってマシュマロウから逃れた。
アナとクリストフはどんどん落ちて……。

――柔らかい雪の上に着地した。

「……言ってた通り、クッションみたいね!」

胸元まですっぽり雪に埋もれたアナが、頭を振って雪を払う。
崖の底は、シンとしている。
マシュマロウが追ってくる気配はない。
巨大スノーマンの役目はアナたちを宮殿から追い払うことで、害を為したいわけではないらしい。

「ヴィル?オラフ?」

アナはすぐさまあたりを見回した。
オラフを追って落ちていったのは見間違いじゃないわよね?
突然、吹きだまりだと思っていた小さな雪山が崩れ2人が姿を現した。

「……はぁ、はぁ、ふう。
思ったより大変な目に遭ってましたね、アナ様」

「アナも見た?
ヴィルってばスーパーマンみたいにびゅーんって飛んで助けに来てくれたよ!僕のヒーロー!んふふふ!」

腕に抱え込んでいたオラフを解放すると、ぴょんぴょんと飛び上がって喜んだ。

「オラフを……、あたしたちを助けに来てくれたの?」

「ええ――」

「ぷはっ、ふう」

突き出していた足がバタついて、クリストフの上半身が雪の下から起き上がった。

「みんな無事のようですね」

ヴィルが立ち上がって雪を払う。
そこへスヴェンがやって来て、オラフのにんじんの鼻を嗅ぎはじめた。

「やあスヴェン!」

オラフはトナカイに声をかけてから、ヴィルに紹介しようと振り返った。
今まさに鼻に噛みつこうとした腹ぺこスヴェンは惜しくもタイミングを逃したようだ。

「改めて紹介するね。
こっちのトナカイがスヴェンで、そっちの変な顔したロバみたいな奴もスヴェンなんだ!覚えやすいでしょ!」

「ヴィルです。よろしくね」

ヴィルがあいさつ代わりにスヴェンの喉元を掻いてやると、トナカイは満足げに喉を鳴らした。
再びスヴェンに向きなおったオラフは、「いい子のトナカイちゃんでちゅね!」とあやすように頬ずりした。
相棒を犬猫扱いされるのに我慢ならなかったクリストフが、オラフの首根っこを掴んで、スヴェンから引き離す。
対するオラフはくすぐったがって、くすくす笑っている。

「そういうしゃべり方はよせ!それに俺は――」

「ねえ、いい加減あたしを引っ張り上げてくれない?」

雪に生き埋め状態のままのアナがクリストフを遮って助けを求めた。
オラフの勘違いを楽しんでないか?
クリストフはため息を吐いてからアナを助けに向かい、彼女を引っ張り出してやった。

「待ってろ……っ、大丈夫か?」

「ありがと」

アナとクリストフの目が合う。
一瞬見つめ合い、 互いにあいまいに微笑むと、すぐに目をそらした。

「あなたこそ……頭はどうなの?」

クリストフが崖に頭を強かに打ちつけたあたりを、アナがなでた。

「あー!」

突然、クリストフはアナとの距離が近すぎるように感じ、それをヴィルに見られていると思うと気恥ずかしくなった。

「あっはは、まあ、俺は大丈夫。あー、なんでもない。石頭だから」

自分の軽口にクスッと笑うアナを見ると、胸のあたりがじんわりと暖かくなるみたいだ。

「えっ石でできてるの?」

オラフが茶々を入れる。

「……僕のは違う」

「あなたは誰?」

ヴィルがクリストフに尋ねた。
氷の宮殿へ当たり前のようにアナを助けに来たが、少なくとも戴冠式へ招待した賓客のなかにこの人はいなかった。

「あぁ、あー、ただの氷売りだよ。あと俺はスヴェンじゃなくてクリストフ。
山小屋でアナと一緒になって、それで――」

「あたしが巻き込んでソリを壊しちゃったから、早くこの冬を終わらせて、ソリを弁償しないといけないんだけど……」

ヴィルに説明することで自分の置かれた状況を思い出し、アナはパニックになった。

「……あ〜〜〜このあとどうしたらいいんだろう!?
エルサと仲直りできなかった!このままじゃアレンデールには帰れない!
あなたも氷が売れないし、それに――」

「おいおいおい、俺の商売のことはどうでもいい」

アナを落ち着かせようとしたクリストフは、彼女の異変に気がついた。

「……その髪どうしたんだ?」

その問いかけに表情を厳しくしたヴィルもアナの髪に目を遣った。

「え?崖から落ちてボサボサになっただけよ――」

「いやそうじゃなくて……白くなってる」

心配そうにクリストフが言う。

「白く?これは――……どうして?」

驚いたアナがおさげ髪を手に取って見ると、確かに白く変色していた。
一房だけだった白髪が全体に広がりはじめ、メッシュを入れたようにとび色の髪を侵食している。

「エルサ様の魔法が当たったから――」

ヴィルが顔をしかめた。
それが意味するものが、クリストフは心配でならなかった。
だが、アナの関心は他にあった。

「この色じゃ変?」

クリストフが答えるまで、やや間があいた。

「…………いや?」

「ちょっと考えたよね?」

両手で自分の頭を持ち上げて、オラフが話に首を突っこむ。

「すぐに答えたよ!」

「でもヴィルが姉さんの魔法から庇ってくれたじゃない……あなたは大丈夫なの?」

アナがヴィルの髪を見上げると、アナと同じように一部が白くなっていた。
もっと正確に言えば、一部どころか髪の半分くらいはもう白髪となっている。
それでもヴィルはいつも通りだ。

「わたしは、自分で暖めることができますから――それよりも、アナ様をなんとかしないと……」

しかし、アナ自身に助けが必要であるという自覚がなかった。
だがこのまま放っておくわけにはいかない。
クリストフとヴィルには、どこへ助けを求めたらいいのかも分かっていた。

「アナ、ヴィル、俺がなんとかしてやる。来てくれ」

「知っているの?」

ヴィルが目を丸くした。
あの谷のことを自分以外に知っている人がいるなんて。

「いいよぉ。どこ行くの?」

オラフが聞いた。

「友達に会いに行く」

アナの片眉が吊り上がる。

「恋愛のスペシャリスト?」

「恋愛のスペシャリスト!?」

オラフがすっとんきょうな声をあげる。

「そうだ。心配するな。その髪は治るよ」

歩き出したクリストフとスヴェンに、アナは従った。
その後をオラフがついていき、最後尾にヴィルだ。

「なんで分かるの?」

状況がよく飲み込めず、アナは聞かずにはいられなかった。
クリストフは何と答えたものか思案し、アナを振り返るとこれだけ言った。

「治したのを見たことがある」

「僕も恋愛のスペシャリストなんだよぉ」

オラフの能天気な発言に、スヴェンが鼻を鳴らして異議を唱えた。

「……クリストフ、本当に治し方を知っているんだね?どこへ行けばいいのかも?」

少し考えていたヴィルが、一行を立ち止まらせて言った。

「ああ。あいつらとは長い付き合いなんだ。……それがどうかしたか?」

「アナ様の、案内を任せたい」

短時間だが、悩みに悩み抜いた結論だった。
ショックを与えたままのエルサを氷の宮殿に残してきたことが、ずっとヴィルの気がかりだったのだ。
元よりすぐに戻るつもりではあったが、予定より早ければ早いほどいい。

「それはもちろんそうするけど、ヴィルも来るだろう?あんたもその髪を治さないと……」

「わたしは後でいい。
クリストフ、アナ様のことをお願いしても?」

「ヴィルはどこへ行くの?」

アナが尋ねた。
ヴィルは微笑んでアナの肩に手を添えた。

「エルサ様のもとへ。
クリストフの案内で、アナ様の髪を治しに行ったことを報告して少しでも早く安心して頂きたいのです」

アナは口を開いたが、次の句が出てこなかった。
ヴィルも一緒に治しに行ったほうがいいのも確かだが、エルサを安心させ冬を終わらせる手がかりを探るのも急ぎたい。
アナは暫しの逡巡ののち、ヴィルを送り出すことに決めた。

「それが終わったら、あなたも早く治しに来たほうがいいと思うの。たぶんね」

「ええ、そういたします」

ヴィルは表情を和らげ、手を胸に当てて敬礼した。
それから改めてクリストフに向き直る。

「必ず、アナ様をあの谷へ送り届けること」

「あんたに言われなくても、初めからそのつもりだよ」

クリストフがぶっきらぼうに応えた。
しかしヴィルはその言葉と態度の奥底にちらつくものを信じることにしたのだ。
どこの馬の骨ともわからない男にアナを任せるのは気が引けることだったが、巻き込まれたとは言え、ここに至るまでアナを助け、守ってきたのもまたこの男なのだ。
ソリの弁償もあると言う。アナを山に置き去りにしてきたり、ひどいことはしないはずだ。

ヴィルはオラフとスヴェンにも別れを告げると、もと来た道を引き返すように駆け出した。
彼らの姿が見えなくなったところで足を止め、落ちてきた崖を見上げるが、60mを超えるこの断崖は、ちょっと登れそうにない……。

「っ、」

ヴィルが胸を押さえ、片膝をついた。
手足の末端が凍え、感覚がなくなってきている……。

「戻らなくちゃ……」

バチバチッと周囲に小さな雷が漏れた。
ヴィルは自身を再び立ち上がらせると、また急ぎ足で駆けていった。


ノース・マウンテンの頂上は分厚い雲に覆われ、夜の帳も下り氷の宮殿は闇に包まれていた。
その中でエルサの感情を反映した宮殿は不気味に赤く光り、主を映し出していた。
妹との再会は、最悪の結果で終わった。
二度と起こすまいと思っていた災難を再び引き起こし、魔法でアナを強かに打ちのめしてしまった。
幼かった時のように、妹の命に関わるほどのダメージを与えるには至らなかったのが、せめてもの救いではあるが……。

「あぁ……、しっかりしないと……。ヴィルはいないのよ……」

部屋を往ったり来たりしながら、エルサは自分に言い聞かせる。

「力を抑えるの……。
落ち着いて……落ち着いて……」

1人ぼっちで、かつて父王に教えこまれ、これまで何度となくとなえてきた呪文を呟く。
その時、背後で氷の割れる音がした。
歩みを止めて周囲を見回すと、自分の足下から氷のさざ波が立ち、四方の壁にまで這いのぼっている。
氷に誤魔化しは通用しない。
エルサが心のうちでどれほどうろたえているのか、氷はお見遠しなのだ。
小さく悲鳴を上げたエルサは、気を鎮めようと、さらに強く念じた。

「落ち着くのよ……!落ち着くのよ!」

氷のさざ波が激しい音を立てながら変化し、鋭い棘となってエルサを狙う。
その光景はまるで、13年前にオーロラの幻影で見た、赤く禍々しい記憶そのものだった――。





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