Frozen's thervant 
 -アナ雪エルサ主従夢-




アナは9歳になった。
誕生日のお祝いに、渋る両親にせがんで、ふたり乗りの自転車を買ってもらった。
これで、姉さまとお城じゅうをサイクリングするんだ!
だが、国王夫妻が案じた通り、とりつくしまもなくエルサに誘いを断られたアナは、ひとりさびしく大広間や回廊を走り回ることになった。

それでもへこたれず、アナはエルサの部屋の扉をノックしては、出てきて一緒に遊んでほしいとあの手この手で誘った。
だが、姉は頑として応じようとしなかった。

ならばと、ヴィルを誘おうとは思った。思ったのだ。
しかし、15歳になったヴィルは、いよいよもって多忙になっていた。
成人すると同時に父と同じ警備隊に入隊することを目標としていたヴィルは、
基本的な教養を学び終え、兵士になるための軍学や兵法を学び始めていた。
それだけでなく、アグナル王から帝王学を教え込まれるエルサをフォローすべく、独学で先行してそちらの知識も得るようにしていたし、
男性兵士と渡り合っても遜色のないような身体づくりもしていかねばならなかった。

代々ソールバルグ家は、アレンデール王家に仕え続けてきた。
父・オーラもまたそれを誇りに思っていたし、ヴィル自身も警備隊に入る以外の自分は考えられなかった。
ヴィルがあまりにも真剣に取り組むので、オーラは喜んでそれを全面的にバックアップした。
兵学で躓く部分があれば、父親自身が教師代わりになりきちんと理解するまで教え込み、
基礎体力・筋力の強化のため娘の食事には気を使い、体術や剣術、馬術についてもどこまでも付き合った。
組手の最中、ヴィルがこっそり雷の魔法を使って瞬発力を高めたのに気づいた父親は、それを怒るどころか褒めそやした。

「命を懸けた戦いに於いて、フェアもアンフェアもない。使えるものはすべて使え」

以来、体術や剣術の指導は父子2人だけの秘密の特訓になった。
剣のほとんどは金属製だ。
オーラが振りかざした剣を、ヴィルの剣で受け止めると、ビリッと電気を走らせ剣同士を反発させた。
その勢いにオーラはひっくり返り、ヴィルは磁場と自身を引き寄せ合い踏ん張る。
尻もちをついたままオーラは大喜びして、ヴィルに手ぬぐいを投げて寄越した。

「いいじゃないか。使いこなしてるな」

「でももっとこっそり使わなきゃ、気付かれちゃいそう」

汗を拭いながらヴィルが手を差し出すと、オーラはその手を取って立ち上がった。
雷の魔法の応用には、まだまだ改善の余地があるようだ。

父の空き時間に組手の相手をしてもらったあとは、図書室に向かう予定だ。
警備隊の業務に戻った父を見送り、軽く汗を流したあと、図書室への廊下を歩いていると――

ガッシャーン!

少し離れたところから、何か大きな金属がぶつかる音がした。
何事かと音のした方へ向かってみると、そこは甲冑――エルサがいつも握手の練習をするパートナー――が据えられた階段の踊り場だった。

「……アナ?」

身構えていたヴィルが脱力しながら見上げる。
そこには甲冑に抱かれる形で引っかかっているアナがいたのだ。
音を聞きつけた召使いや衛兵たちがやれやれ顔で各々の持ち場に戻っていくのを見送りながら、アナはヴィルの手を借り降ろしてもらった。
傍らには2人乗りの自転車が拗ねたように転がっている。
それを見たヴィルの顔も、やれやれと言いたげだ。

「もしかして階段を自転車で降りたの?」

「まあね」

もっと言えばサドルの上に立ち上がっていたのだが、アナは秘密にしておくことにした。もっと呆れられるに違いない。

「お怪我はありませんか?」

ヴィルは跪いて、アナが肘や膝をすりむいたりしていないか確認した。
この頃のヴィルは、衛兵を志す身として、将来はその主となるエルサやアナに対しての立ち居振る舞いを改めはじめ、
恭しい姿勢をとり、丁寧な言葉遣いをすることが多くなった。
それでもまだ半分くらいはわざとらしくなってしまい、こちらも練習が必要のようだ。

「へいき!
……ヴィルは、これからお勉強?1人で?」

肘を調べるヴィルの手を引っ張り立ち上がらせたアナが、ペンやインク、羊皮紙を入れた彼女のショルダーバッグを見て尋ねた。

「はい。
これから図書室で自習しようかと思ってました」

ヴィルが過去形で答えると、アナは二ッと笑って、握ったままだった手を引いた。

「じゃあ、ちょっとはヒマってことね!
すこし息ぬきしない?」

「……しましょうか」

まだ始めてもいない自習の息抜きを決めたヴィルは眉を下げて笑った。
アナがお転婆娘をやって人を惹き付けたり、やたら人の予定を聞いてきたりするのは、ほとんどの場合一緒に遊んでほしいからだ。
それを弁えているヴィルは、騒ぎを起こすアナを怒ったりしないし、都合がつけばアナの遊びに付き合った。

この4年でアナは1人遊びをたくさん覚え、その中でもお気に入りな絵画室にヴィルを案内することにした。

久しぶりにヴィルが付き合ってくれるため、絵画室に向かう足取りは自然とスキップになった。
アナは絵画室の扉を開けると、動かない友人たちを紹介した――
野外で村民たちが持ち寄った楽器を演奏し楽しく踊る絵は、もしかしたらその日誰かの婚礼があったのかもしれない。
原っぱに敷物を広げ、そこに寝転がりながらアコーディオンを弾き語る男女の絵は、ピクニックで上気分なのだろう。
ほかにも、ダンスカップルが手の甲にキスを落とす絵や、楽器隊をバックにフラメンコを踊る男女の絵、
ぶらんこに乗り舞い広がるフレアドレスの表現が見事な絵と順に挨拶すると、アナは次の絵の前に立った。

「この人はジャンヌ・ダルク。
彼女を見てると、『がんばれジャンヌ!』って、なんだかおうえんしたくなっちゃって、お気に入りなの」

ひとしきり紹介して回った後は、そんな友人たちに囲まれたソファに腰かけ、時間いっぱいまでおしゃべりをした。
しかし、何気ない話から始まるおしゃべりでも、いつも最終的にエルサの話題に行きついてしまう。
アナは、誰もいない空っぽの部屋で柱時計がチクタク音を立てて動いているのを何時間も眺めたこともあるくらい、
1人で寂しくてたまらないことをヴィルにこぼした。
でもヴィルは、たとえアナがそう打ち明けてくれなくても痛いほどに気持ちが分かっていた。
あれだけ仲の良かった姉妹を見てきたのだ。
引き離されなければいけない経緯も見てきたのだ。
ヴィルは真実を打ち明けたくてたまらなかった。
いつも一緒にいてやりたくてたまらなかった。

しかし、それはヴィルの役目ではないのだ。
アナに必要なのは従者ではなく、エルサだ。
両親に黙ってこっそり姉妹を引き合わせることはできないだろうか――ヴィルの頭に一瞬よぎった考えだった。
ヴィルはすぐに頭を振りこの考えを打ち払った。
きっとエルサは何としてでもアナを拒絶する。
アナが大好きだからこそ、遠ざけているのだから。
より残酷な結果になってしまうのは目に見えている――ヴィルは口をつぐむしかなかった。

アナと分かれた後、図書室に立ち寄ったヴィルは、いくつか本をかいつまんで借りたあと、
行き先を変更して、エルサの部屋に向かうことにした。
アナがあんなに寂しがってる手前、内密とはいえ簡単に会いに行けてしまう自分に嫌気がさすこともあるが、
エルサの境遇を考えたとき、少しでも外部からの干渉があったほうがいいように思えた。
ヴィルがそう考えているのは確かだが、建前でもあり、本当は純粋にエルサの顔が見たかった。
いつもアナを思い、扉のすぐ向こう側から遊びに誘われる声を、返事をせずただただ聞くだけの心優しい姉を放っておけなかった。
次期女王というだけで重責であるのに、魔法に悩み、
その上で自分に課せられた役割を必死に果たそうとしている健気な姿を、心から支えたいと願っていた。

庭師が中庭を担当するタイムスケジュールをもはや完璧に把握しているヴィルは、
今や慣れた動作で軽く駆け上がり、誰かに見つかるより早く鍵の開いた窓に辿り着くことができるようになっていた。

「ヴィル!」

歴代の王たちの執務内容について記された本から顔をあげたエルサが、嬉しそうに声をあげた。
アグナル王が帝王学について教えに来るときや、召使いが部屋を訪れるとき以外で、エルサが窓の鍵を閉めることはなかった。
ヴィルはそのことが嬉しかったし、エルサはほとんど毎日欠かさず部屋を訪れ続けてくれる心遣いが嬉しかった。
いつか誰かに見つかってしまうのではないかという心配はあったが、それ以上に互いが互いにもたらす安心感が大きかったのだ。

ヴィルはエルサに丁寧に挨拶をすると、エルサの隣に座って本を取り出した。
当たり前のように来て、当たり前のように各々のやるべきことをするこの時間も大好きだし、
その日あったことを話し合う時間も大好きだった。

「アナは元気?」

エルサから定期的に聞かれる質問だった。
風邪などひいていないか、寂しがってはいないか――これはどうしたっていい報告はできなかった――、
家庭教師との勉強は順調か、困らせたりしていないか、エルサはアナのことならなんでも知りたがった。

「今日は、久しぶりに一緒に遊べました」

一緒に絵画室に行き、絵のことを教えてもらい、その後おしゃべりを楽しんだことをエルサに伝えた。
エルサは元気か、アナは元気か、お互いを気にかけるその気持ちの橋渡しを、ヴィルは担っていたのだ。

「エルサ様と遊べなくて寂しがってはいますが、お気持ちはしっかり伝えるようにしています。
アナはいつも元気いっぱいで――というか、元気すぎて――」

ヴィルは思い出し笑いをしながら、アナが自転車で階段を下り、甲冑に特攻したくだりを話した。
エルサもはじめは驚いたような顔で聞いていたが、怪我がなかったことを伝えると眉を八の字にさせながら笑ってくれた。

「わたしが、エルサ様のぶんまで頑張ります」

だから安心してください。
ヴィルはいつもそう言ってアナに関する報告を終える。

「ありがとう、ヴィル。ごめんね」

エルサはいつも決まって最後に謝り、部屋の室温を下げた。
何も悪いことをしていないのに、自責の念からかすぐに謝罪の言葉を口にすることが多かった。
ヴィルはそれが好きじゃなかった。
しかし、いくら「謝らないで」と伝えたところで、おそらくエルサは心の中で謝り続けるだろう。
1人でそうさせるくらいなら、ヴィルは自身がその言葉を受け止め、一緒に背負いたかった。
そもそも、エルサの魔法が暴発した一件は、自分がもっとしっかりしていれば回避できたかもしれない事故だったのだから……。


ある日、ついにエルサとヴィルの秘密が明るみに出る日が来てしまった。
父親との特訓続きだったヴィルが、エルサの部屋でうたた寝をしてしまい、
エルサもまた、決して簡単ではない帝王学を学ぶ日々の疲れが出たタイミングと重なってしまったのだ。
並んで机に伏して眠ってしまっていたところで、部屋がノックされる音で目を覚ました。

「ああ、まずいわ……ヴィル、起きて……!」

部屋の空気が一気に凍てついた。
父親から渡されて以来必ず身に着けている手袋越しにヴィルの肩を揺すると、
エルサの動揺が手袋を超え彼女の肩に霜を降らせた。
揺り動かされ、そしてあまりの寒さにヴィルが目を覚ますころには、国王夫妻が今にも扉を開けようとしているところだった。

「エルサ、そろそろ寝る時間だ」

王と王妃がいつも通りの言葉と共に、扉を開けた。
湛えていた穏やかな微笑みは、まるで氷室に立ち入ったかのように凍りついた。

「これはいったい……エルサ、どうし――」

扉を一気に開け、部屋の中の様子を目の当たりにした王と王妃は、そこに本来いるはずのないヴィルを見つけ、
そしてその肩に添えるエルサの手へと目が映っていった。
いつも通りに、エルサの部屋を訪れ、彼女を寝かしつける――といっても、エルサは両親を傷つけないように、近づけないように、いつも聞き分け良くそそくさとベッドに入っていくが――、それだけのつもりだった。

「違うの――お父さま、お母さま、ごめんなさい、私――」

「申し訳ございません、陛下」

エルサが自身の周りの家具に雪を降り積もらせる傍らで、ヴィルは片膝をついて国王に首を垂れた。

「わたしが、いつも押し掛けるのを、お優しいエルサ様が受け入れてくださっていただけです。
どうか、ばっするのであれば、決まりを破ったわたしを――」

「いいえ、お父さま!私が――」

「2人とも、落ち着きなさい」

国王が制した。
想定外の事態に驚いたはずの両親以上に、エルサもヴィルも慌てていた。
2人はこうなる日が来ることを、想像していなかったわけではない。
しかし、想像していたよりあっけなくその日は訪れ、想像していたよりずっと自分が子どもだと痛感する心の揺らぎだった。
自身の動揺以上に慌てる子どもたちを前にした国王と王妃は、その姿を見て落ち着きを取り戻さざるを得なかった。

「2人に聞きたいことは山ほどあるが、まずはヴィルの肩を何とかしないと」

霜が降り、氷が張りついた肩を見て国王が言った。
静かに燻っていた暖炉に新たな薪をくべ、王妃がヴィルを促し暖炉前のカウチに座らせた。

「寒くない?
もっと毛布を被せたほうがいいんじゃないかしら――」

「あの、」

冷静なエルサの両親を見たヴィルもまた、落ち着きを取り戻してきていた。

「見ていただきたいものがあります」

ヴィルは全てを打ち明ける機会だと感じ、電気熱を肩に集中させ始めた。
少し離れたところで自身の手を胸の前で握りしめたエルサが見守る中、王と王妃の前で、ヴィルは肩の氷を完全に解かして見せた。
両親は目を丸くして顔を見合わせ、そしてまたヴィルを見つめた。

「解かせるのか……?
完全に元に戻ったのか?凍えが残ったりは?」

「ありません。
わたしは、エルサ様の氷を解かせます」

先ほどまであった、ヴィルやエルサを追及するような目は、国王夫妻から消えていた。
ヴィルを見る4つの目はむしろ、エルサの魔法の扱いに活路を見出したかのような輝きだった。

「エルサ様」

ヴィルは振り返ってエルサのもとへ歩み寄ると、不安げに見上げるエルサに頷きを返し、そっと手をとり手袋を外した。
息を呑む両親の前で、初めてこの部屋を訪れた4年前のように、強張るように震えるエルサの手を握った。
ヴィルの手はたちまち凍りついたが、すぐに解け、水滴となってカーペットに染みを作らせた。
その凍る勢いは4年前のそれより強く、より早くなっていたが、ヴィルも相対的に力を強め対応していた。
4年間、ヴィルはただ部屋を訪れ共にいただけではなく、エルサの雪と氷の魔法を見つめ、向き合い続けていたのだ。

「エルサ、ヴィル」

国王夫妻がエルサの魔法の前で笑うのは本当に久しぶりだった。
どう対処したらよいのか皆目見当がつかず、暗闇の中手探りをしては壁にぶつかり続けていたところへやっと見えたか細い光だった。
両親は2人を抱きしめようと近づいたが、そこでエルサはハッとして後退り鋭く警告した。

「ダメ!」

エルサがヴィルの手を振り払って壁際まで下がり、ヴィルの手は名残惜しげに宙をさまよい、ぎゅっと握られた。
ヴィルは国王夫妻に向き直り、握った手に目を落とした。

「わたしは、自身にくっついた氷しか解かせません。
国王様、王妃様がもし凍りついてしまえば、
あのときのアナ様へしたのと同じように、解けない氷をあたため続けることしか、わたしにはできません……」

「……私、怖いの」

エルサが打ち明けた。

「魔法の力が、どんどん強くなってる……!」

「取り乱すとかえって良くない。
落ち着くんだ、エルサ」

なおも父王が手を取ろうと1歩踏み出した。

「触らないで!お願い……けがさせちゃう……」

力が強まることで最も怯えているのはエルサ本人だった。
エルサの背にした壁が、たちまち凍りつきはじめた。

「お父さま、ヴィルは、もう立ち入りきんしになるの?
その――そっちの、ほうが、いいと、思う――」

「エルサ!」

たどたどしいエルサの言葉に、ヴィルがたまらず声をあげた。
ヴィルはそれだけはしたくなかった。

「ヴィルは、今は大丈夫だけど、私、いつかあなたも傷つけるんじゃないかって、それが怖いの……」

凍りついた背後の壁から、つららが棘のように突き出しはじめた。
エルサの目尻には涙が浮かんでいる。
ヴィルを傷つけたくない。
でも、一緒にいてもいいのなら、そうしたい。
そんな気持ちがない交ぜになった涙だった。

「それは――それは、分かるよ、エルサ。
分かるけど、わたしは言ったはず。わたしは傷つかないって。
わたしは大丈夫だから……お願い、そばにいさせてほしい……」

ヴィルはそこで言葉を切って、国王と王妃に振り返った。

「国王陛下、王妃様、エルサの言葉は、本心じゃありません……!
どうか、禁じないでください……この部屋にいさせてください……」

アグナル王とイドゥナ王妃は顔を見合わせた。
エルサの氷を解かすことができるヴィルの存在は大きい。
2人を認めてやることで、魔法の力を抑えるヒントが何か見つかるかもしれない。
そして何より、両親もまた、エルサがヴィルの立ち入りを禁ずることが心からの言葉だと思えなかった。
イドゥナ王妃はヴィルの肩に手を置き、エルサに問いかけた。

「エルサ。
次期女王になるあなたは、嘘をついてはいけません。
本当に、ヴィルを遠ざけたいの?
心からそう願っているのかしら……?」

エルサは押し黙った。
心からヴィルを遠ざけたいと願う?そんなことこれっぽちも思っていない。
4年間、感情を見せないように必死に抑え続けてきたせいで、意思表示をすることがとても難しくなっていた。
首を横に振ることすらすぐにできないエルサは、滲ませ今にもこぼれそうな涙を、目尻で凍りつかせることしかできなかった。

目を伏せるエルサに手を伸ばしたヴィルが、あたたかな指でその氷の粒をそっと拾った。
その手は、見上げるヴィルの微笑みは、あまりにも優しかった。
堰を切ったエルサの目からはどんどんと涙がこぼれ、そのいくつかはまた氷の粒になっていた。

「ごめんなさい、お父さま……見せないように、しないといけないのに……」

頬を拭い拭い、エルサがしゃくり上げながら言った。
父王は何も言えなかった。
何が正解なのか分からなくなっていた。
ヴィルがたまらずエルサを抱きしめるのを、エルサと同じように涙を流す王妃の肩を抱き、見守ることしかできなかった。
部屋は凍てつき、ヴィルは全身に霜を降らせていたが、そんなことは気にも留めずにエルサが落ち着くまで抱きしめ続けていた。


「ありがとう、ヴィル」

泣き疲れて眠ったエルサをベッドに寝かせ、アグナル王が静かに言った。
ヴィルは首を振り、ベッドの端に腰かけてエルサの頭を優しく撫でていた。

「いつからそうしていてくれた?もしかして、最初から?」

「はい」

眠るエルサの眉間に、しわが寄っているのに気づいたヴィルは、起こさないようにそっとそれを伸ばした。
甘えるべきときに甘えられないエルサを、両親に代わりたった3つ年上のヴィルが甘えさせていた。

「一国の主である私が、臣下の子である君にこぼすべきではないのだが」

アグナル王は、指の背でエルサの頬をひと撫でし、寝顔を見つめた。

「どうしたらいいのか、分からないのだ。
いつか必ず、方法を見つけてみせるつもりだが、今すぐというわけにも、なかなかいかぬ。
……それまでの間、ヴィル、君にエルサを頼んでも?」

アグナル王と、イドゥナ王妃がヴィルを見据えた。
ヴィルはベッドから降り、月明りを背に凛と立つと、まだ練習中の、様にならない敬礼をしてみせた。

「命に代えてでも、エルサ様をお守りいたします」



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