厄冥土物語
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もしも神様がいるとしたら

どうして世の中は

こんなに平等じゃないんだろう。




池袋の真ん中にメイドは立っていた。

白いフリルのついたミニスカートをはためかせ、彼女は客を待っていた。

当然ながら彼女にご主人様はいない。強いていうなら、道行き彼女を眺める鼻の下の伸びた男共が彼女のご主人様だ。そんな客たちをのらりくらりとかわし、華麗に舞って接客するのが彼女の仕事だ。


今日も彼女は池袋の真ん中に立っている。
空は何だか薄暗い。今にも雨が降ってきそうだ。そういえば傘持ってないなと彼女は思った。服濡らすのやだな。また店の傘借りようかな。そんな風に思考を巡らせて彼女が空を見上げると、空に黒い点が浮かんでいる。カラスかな。それにしては変な形だな。彼女はその黒い点をじっと見つめる。次第にそれらは分裂して、少しずつ大きくなる。
黒のコートに真っ白な顔の亡霊のような何かが、空を飛んでいる。いや、この距離では確かなことは言えないけれど、彼女は野生児のように鍛え抜かれたマサイ族にも負けない目を持っているのだ。

襲来する黒い点に彼女は怯える。どこかで雷が鳴る。雨が降ってきた。もう、天気の予報の嘘つき。曇りだって言ったじゃない。



彼女は急いで店に戻る。階段を昇って店のドアを開ける。カランカラン。店のベルが鳴る。
彼女が店に入ると、店の様子がいつもと違う。部屋の中が薄暗い。窓から差し込む光で店の中は見渡せる。店員が誰もいない。店員とはつまり、彼女の仲間のメイドのことだ。
客がいる。皆椅子に座ってじっとしている。下を俯くように座っている。誰一人動かない。
異様な光景に、彼女はしばらくその場から動けなかった。慌てて電気のスイッチを入れる。しかし電気はつかない。停電かしら。それにしても、皆どこへ行ったのだろう。
彼女は恐る恐る客に近寄る。

「あのう、ご主人様」

彼女はこんな時でもプロ根性を忘れない。

「他のメイドをお見かけしませんでしたか」

すると突然客が立ち上がり、彼女の胸を揉みだした。彼女の胸はGカップある。揉みしだくには十分なそれを、客はひたすら揉んでいる。

「いやっ」

反射的に声が出て彼女は少し困惑しながら、無言で客の頬を思い切りひっぱたいた。客が吹き飛び並んでいた椅子が倒れる。彼女は野生児のように鍛えられた、マサイ族にも負けない腕を持っているのだ。

「おいたがすぎますわ、ご主人様」

彼女はこんな時でもプロ根性を忘れない。
客が倒れた音に反応して、辺りの客が一斉に立ち上がる。
よく見ると目がおかしい。いやにギラギラしている。赤く充血して黒目が殆ど見えない。
みんなどうしたのだろう。この店に何が起きているのか。

「…m…mぁ…せ…ろ…」

うわ言のように何か言っている。よく聞き取れない。それにしても、このままここにいると私の身が危なそうだ。彼女はそう感じて、一歩退いた。
腕を捕まれる。いつの間にか後ろに客がいた。思い切り胸を揉まれる。逃げようとするが他の客に掴まれて身動きできない。

「mぁ…せ…ろ」

「え?」

「もま…せろ…」

どうやらずっと揉ませろと言っていたようだ。それにしても、揉ませろと言って揉ませるほど簡単には揉ませられないと思っているのにいつ間にか揉まれているのだけれど、さてこの状況をどうしようか。

このままでは、私はレイプされるかもしれない。彼女はなるべく冷静に考えた。この大人数、逃げ切れるだろうか。
店の客は12人。取り囲まれたら一貫の終わりだ。後ろでもぞもぞしているのが3人。前方から迫ってくる人影9人。
彼女は思い切り頭を後ろに振る。頭突きの音が盛大に響く。客がよろめく。彼女は瞬時に身体をひねり左手の方に足を蹴り上げる。客の股間に炸裂する。客が困惑する。左手が空く。彼女は目の前の椅子を掴み、右方向に思い切り振った。客の顔面に椅子が炸裂する。客が吹き飛ぶ。
彼女は近くにあった非常ベルを押す。辺りに警報が鳴り響く。椅子を投げてスプリンクラーにぶつける。上から勢い良くシャワーが出る。
ここまで約10秒間。彼女は満足気に頷く。
足を捕まれる。

「え」

足を引きずられる。彼女はバランスを崩し倒れる。テーブルに頭をぶつける。痛い。彼女はうずくまるような姿勢で横になる。やばい。どうしよう。いつ間にか周囲は12人の男に囲まれている。もはや彼女に客と呼べるだけのプロ根性はない。周囲にいるのはただの男だ。いや、正確にいえば目の色がやばい男だ。

なんだろう。彼らはやばい薬でもやっているのだろうか。私はいったいどうなるのだろう。なんでみんないないの。彼女は仲間のことを思い出した。みんなどこに連れていかれたのだろう。こいつらは奴隷商かなにかで、私たちをどうにかするつもりなのだろうか。



窓が割れた。

激しい音と共に誰か入ってくる。

銀髪。右手に鎌を持った若い男。
彼はこちらを一瞥し、走ってくる。
助走からの飛び蹴り。男が吹き飛ぶ。宙を舞う彼を見ながら、彼女には何が起きているのか分からなかった。
彼が思い切り鎌を振り回す。
彼らの背中から一瞬、黒コートの真っ白い亡霊のような顔が現れ、そして消えた。

「よう。危ないところだったな」

イケメンだった。いや、そんなことを言っている場合じゃない。

「じゃ、おれは行くから」

彼はそう言って立ち去ろうとする。

「待って」

彼女はとっさに引き止める。

「ん?」

彼が振り向く。

「何が起きているの」

彼女の仲間や客の様子や、説明の付かないことが多すぎる。

「ああ、話せば長くなるんだ」

彼はぽりぽりと鼻をかきながら話す。

「要するに」

彼女は固唾を飲んで彼の様子を見守る。

「死に神たちの反逆だ」



「死に神…」

彼女は彼の言葉を繰り返す。

「そう、死に神」

確かにあの黒コートに亡霊のような白い顔は、本当に死に神のようだった。

「どうして」

「ああ、なんか人間を皆殺しにするって」

「そうじゃなくて」

彼女は彼の言葉を遮る。

「ん?」

彼女は一呼吸置いて、そして言葉を吐く。

「どうして、あなたはそんなことを知っているの」

「まあ、色々あるんだよ」

「色々って何? ちゃんと説明して」

彼は困ったように鼻をぽりぽりとかく。

「めんどくさいなあ」

「めんどくさいって何よ。人が困ってるのよ?」

彼は腕を組んで少し考える。

「まあとにかく、おれはもう行くから」

そうして彼は窓の方に走って行き、飛び降りた。

あれ。彼女はここで疑問に思う。ここは確か二階のはずじゃ。急いで窓の方に走り下を覗く。彼はもうそこにはいなかった。外にはまだ雨と雷が降り続いていた。



彼は窓を割って入ってきた。しかしここは二階なのである。そう簡単に入ってこれるはずがない。彼はまさか空でも飛んだのだろうか。まさか。しかし、彼の持っていた大きな鎌はなんだろう。まるで死に神のようだった。

この先どうしようかと彼女は考えた。とりあえずお家に帰ろう。そうしよう。そのためには、まずこのびしょ濡れのメイド服をどうにかしなければ。彼女は更衣室に行って洋服も下着も脱いだ。いったい何が起きているのだろう。死に神の反乱って何? 容易には信じられない。彼女は新しいメイド服に袖を通す。彼女は私服までもがこの格好である。それが彼女のプロ根性だ。

池袋の街に出る。雨が降り続いている。人が誰もいない。どうしたのだろう。いくら雨が降っているからといって、誰もいないはずがない。

いや、違う。人が倒れている。どこまでも続くばたばたと倒れた人の群れ。彼が倒したのだろうか。みんな死んでるの? 私これ無事に帰れるのかしら。

後ろに人が立っていた。
目が赤い。黒目はほとんどなく焦点が合ってない。男はいきなり彼女の腕を掴み、彼女の口に唇を押し当てる。ちょっ!? 彼女は驚き思い切り足を振り上げる。男は股間を抑えて退く。彼女は思い切り走る。どうしよう。このまま駅に向かって大丈夫だろうか。もし電車の中で襲われたりしたら。彼女は少し迷い、とっさに左に曲がる。彼女は友だちが勤めるバイト先に向かうことにした。その子はガールズバーで働いている。彼女は追っ手を振り切り走る。



大型書店の目の前にひっそりと佇むようにそのガールズバーは建っている。彼女は店へ続く階段を降りる。カランカラン。店のドアが開く。やけに静かだ。中は真っ暗である。誰かの声がする。彼女は奥へすすむ。

「んっ…あっ…」

艶めかしい声が微かに響いている。彼女は嫌な予感がした。

メイが犯されていた。

制服姿の彼女が床に倒れている。
びりびりに破れた洋服。スカート。ニーハイ。彼女は無数の男たちに囲まれている。挿入されて突かれる音が辺りに響く。

「やめてっ…」

制服姿の彼女は床に転がり、泣いている。どれだけの間こうしているのだろう。なぜ周りに誰もいないのだろう。なぜ彼女は一人でこの場に残されているのだろう。

彼女は近くにあった空き缶に足がぶつかる。カランカラン。
彼らが一斉に振り向く。どうしよう。戦うか。逃げるか。でもメイを置き去りには出来ない。敵は5人。さっきよりは少ない。だけどここには窓がない。彼もきっと助けにはこない。
ここまで約3秒間。彼女は一通り考えて、近くの椅子を握りしめた。走り出す。

「ウオオォ!!」

彼女は思い切り椅子を振り回す。男の顔面にぶつかる。男がよろめく。しかし、男は倒れない。彼女は困惑する。男が彼女の腕を掴む。やばい。やられる。彼女は足を振り上げる。しかし男は片足を上げて受け止める。後ろでメイの悲鳴が聞こえる。挿入音が響く。彼女は近くにあった空き瓶を握る。思い切り相手の顔面を殴る。空の酒瓶がはじける。男の眼に破片が刺さる。男は顔を押さえてよろめく。彼女は思い切り股間を蹴り上げる。男は倒れた。

よし。一人撃墜。急いでメイの元に駆け寄ろうにも、まだ4人の男たちが囲んでいる。彼女は空き瓶を両手に握りしめた。男二人の顔面に同時に空き瓶を叩きつける。右手の男がよろける。左手の男はとっさに顔面を守る。まずい。どうしよう。右手の視界に入った消火器を見る。消火器。使い方分かるかな。彼女は右手に走る。消火器を掴み栓を抜く。男が迫る。彼女はホースを男に向け、そして白い粉を撒き散らした。まるで射精みたいだと意味のないことを考えながら、彼女は右手を向く。

「いつまで腰振ってんのよ!!」

彼女は男の頭を、思い切り消火器で殴りつけた。男がよろめく。彼女は前方にいた別の男に消火器を振り撒き、投げつけ、そして彼女と共にその場から逃げ出した。



本屋の横のカフェに入る。

中を見渡す。客はいない。店員が一人立っている。

「いらっしゃいませ」

店員が愛想良くあいさつする。

「誰もいないんですか」

「そうなんですよ。店長も来ないし」

彼女はどうやらおっとりした性格のようだ。彼女の今後が心配である。

「キャラメルラテのトールを二つ」

甘くて美味しい茶色の液体を飲みながら、しばし休憩した。

「大丈夫?」

彼女はメイの顔を覗き込みながら尋ねる。

「うん、慣れてるもの」

メイは空元気のように答える。慣れないでくださいとつっこもうと思ったが、彼女は馬鹿らしくなってやめた。メイのこの巻き込まれ体質は何なのだろう。登場する度に犯されている気がする。

池袋の街を眺める。彼女はこれからのことを考える。この街に何が起きているのだろう。新種のウィルスだろうか。しかし、彼は死に神の反乱だと言っていた。死に神と人間がおかしくなることと、一体何の関係があるのだろう。仮に死に神のせいだとして、死に神たちは何に反乱しているのだろう。

彼女はわけがわからなくなって考えるのをやめた。それにしても疲れていた。よく見ると、身体のあちこちにすり傷がある。温かいお風呂に入りたいと、そう思った。



(あとがき)
久々の新作。メイドさんへの愛を詰め込んだらこうなった。後悔はしていない。反省もしていない。



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