の彼女
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触れた指先の跡は溶けて消えました。彼女は雪で出来ているからです。僕の熱は、彼女を崩壊させるだけでした。


第一話


雪で出来た彼女はすぐに腕が折れます。元気よく振り回した腕は電信柱に当たって飛びます。それは折れた腕の先です。先ほど折れた腕です。彼女は折れた自分の腕を追いかけ、また腕を付け直します。それは彼女の腕です。彼女は自分の腕を愛しており、また大切にしています。それから彼女はまた何事もなかったかのように歩き出し、そのうちまた腕を折ります。彼女の腕は繊細でもろいです。


彼女は冬だけに現れます。春になると彼女は溶け出し、僕は彼女を青いバケツにしまっておきます。彼女は水になります。水になった彼女に時おり塩や砂糖を混ぜ、彼女は青いバケツのまま、春を過ごします。


梅雨になると彼女は青いバケツから、外の蒸せるような雨を眺めます。雨の音以外には何も聞こえない、そんな季節です。ベランダから僕は彼女と共に雨を眺めて、雨が降り続いているのだと実感します。紫陽花が咲いているのがそこからは見えます。マンションの近くの道路の脇です。梅雨なのだ、と僕は心の中でつぶやいて、水のままの彼女を眺めます。夏が、近づいています。


夏になると彼女は蒸発し始めます。彼女は夏の暑さで、気体になろうとします。気体になったところで彼女は彼女ですが、それでは僕の手に負えないし彼女は意識を失い始めるので、僕は青いバケツに白い氷を入れておきます。白い氷は彼女を液体のままにしようと努力し、そのうち努力のかいも虚しく氷は溶けます。そして溶けた氷によって彼女の水かさは増します。彼女は少し怒りますが、彼女は水なのでよく分かりません。



土砂降りの雨でした。僕は急いで学校から帰宅し、傘の忘れた、濡れたままの身体を家まで運びます。ベランダに置かれたままの彼女はバケツから少し溢れ出しています。彼女の水かさは増しています。僕は慌ててベランダに巻き散らかされた彼女の残骸を、ハンカチで吸い取って黄色いバケツに搾ります。これは彼女の緊急避難先です。彼女はいま青のバケツと黄色いバケツに分裂しています。どこまでが彼女か分かりませんが、僕は肥満になった彼女を想像して、少し笑いました。彼女はきっと怒っているでしょうが、やはり水なので分かりません。


雨はまだ降り続いています。どこかで落雷が鳴りました。落雷は黄色く鋭く光って、その存在を主張しています。雨は青く照らされて、雨と雷のショーが繰り広げられています。それが夏の醍醐味です。どこか遠くで、雨の鬼と雷の鬼が言い争いをしているのを想像しました。きっと雲の上でしょう。青い鬼と黄色の鬼は、それぞれの太鼓を鳴らして気候を操ります。青い鬼は雨を降らし、黄色の鬼は雷を降らし、大地に存在を主張します。自らの存在を主張すること、それが、そこにいるということです。


そんな風に空を眺めていたら、いつの間にか雨は止みました。遠くの空に光が差します。雲の割れ目から光が差して、大地を照らしました。風で雲が動き、紫陽花が揺れました。雨と雷はどこかへ消え、太陽が、私はここにいるのだと言いました。

夏が、過ぎようとしていました。



落ち葉が揺れるのを、僕は彼女と眺めました。秋が来ていました。少しずつ涼しくなって、僕の一番好きな季節でした。ベランダに座って僕はコーヒーを飲みました。彼女のバケツには塩を蒔きました。僕は彼女と共に、赤色と黄色の葉を眺めました。揺れる落ち葉はぎざぎざと自らを主張します。葉先が鋭いのになぜか優しいです。葉先が鋭いのになぜか優しい落ち葉を僕は見習いたいです。落ち葉はひらひらと風に揺れています。落ち葉はまるで風に乗っているようでした。軽快な乗り具合でした。ハーフパイプの金メダル級でした。オリンピックも夢ではありません。落ち葉が乗る風は、どこかから涼しげな風を運んで、夏の暑さが残る大地に、落ち着きなさい、子供じゃないんだからと諭します。熱狂が終わって淋しくなった大地は、来たるべき冬に向けて、風を吹いて遊ぶのでした。


秋に光る月は、長々と続く夜に、光を差して、今日は読書日和だよ、団子も美味しいよと教えてくれます。僕は団子はまあ置いておいても読書日和なのは間違いないと部屋で読書をします。窓から見える月は彼女のおっぱいに似ています。いいえ、嘘です。僕はそんなことを考えたことがありません。いまたまたま思い付いただけです。それにしても月は綺麗です。僕は月の差す部屋の中で、いつまでも読書をしていました。秋の夜は続きます。寒さの取り戻す外の気配に、青いバケツに入っている彼女は、もぞもぞとし始めました。もうすぐ、冬が訪れます。


裸になった木を眺めて、彼女みたいだと思いました。嘘です。僕はそんなことを考えたことはありません。いまたまたま思い付いただけです。そんなことよりも冬が来ました。雪はまだ降りません。しかし彼女が生活するには十分です。僕は彼女を冷凍庫に入れ、青いバケツから彼女が生まれるのを待ちました。


青いバケツで液体から個体へと成長する彼女は長く閉じこもった身体をモジモジと動き出しました。彼女には首がありませんでした。正確には頭がありませんでした。あれ首どこ行った、正確には頭どこ行ったと思って僕は思い返すとそう言えば彼女は黄色のバケツに分裂しているのでした。僕はベランダに行って彼女の首が入った黄色のバケツを取ると、黄色のバケツは震えていました。彼女は怒っているようでした。僕は黄色のバケツを冷凍庫に入れました。黄色のバケツに入った彼女の首は液体から個体に成長し、冷凍庫の中で頭が生まれました。身体だけになった彼女は冷凍庫から自分の頭を取り出すと、頭のあるはずだった胴体に自分の頭を取り付け、そしてしばらくクルクルしたり回したり調節したりして、首を回したり肩を回したり目を回したりした後、僕を眺めて彼女は言いました。



「おはよう」

「うん、おはよう」


「今年もまた生まれてしまいました」

「うん、今年も生まれたね」


「今年もよろしくお願いします」

「うん、こちらこそ、今年もよろしくお願いします」



彼女が生まれた冬の朝を、いつだって僕は忘れません。だから、毎年の冬は、僕にとっての宝物です。



(あとがき)

白い彼女と水色の僕の、四季を巡る物語。




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