お題:傷つけない弱さ


こんにゃくだった。こんにゃくが落ちていたのだ。そのこんにゃくは彼に何かを示唆しているように思えたが、それはあくまで思い過ごしで、誰かが落としたごみかもしれない。

こんにゃくを落とすのにどんな理由があるだろう。たとえば、こんにゃくキャッチボール。こんにゃくはふにゃふにゃで柔らかいので、ボールには最適であり、友だち同士で適度に遊ぶことができる。難点は、少し手が臭くなることである。

他には、こんにゃくドライアイス。こんにゃくは冷や冷やして気持ちいいので、冷えた感触が欲しいときにはこんにゃくを握るとよい。難点は、少し手が臭くなることである。

また、こんにゃくスマホ。こんにゃくを握っていると、なんだかスマホを持っているようにカモフラージュできる。難点は、少し手が臭くなることである。

このように、こんにゃくには様々な利点があり、そのどれも、一つ間違えれば滑って落としやすいので、誰かがこんにゃくを落としたのだろうと容易に想像ができる。

彼が考える限り、こんにゃくは最大限の傷つけない弱さでできており、それを人は優しさと呼ぶ。しかし、こんにゃくだって好きであの柔らかさになったのではないだろうから、そんなことを言われても心外である。こんにゃくが。

あれこれ考えてる内に辺りはすっかり夕方になり、彼はなぜこのような思案を巡らしたのだろうかと己に問うてみた。それは、人を傷つけないで逃げてばかりの自分が、なんだかこんにゃくのようで情けないからだ。しかし、こんにゃくだって好きであの柔らかさになったのではないだろうから、それはやはり心外である。こんにゃくが。

とにかく逃げてばかりの自分に嫌気が差したので、彼はガツンと言ってみることにした。こんにゃくに。なぜって、まずはこんにゃくに言ってみると相場は決まっているからだ。こんにゃくは、人を傷つけない最大限の柔らかさでできており、まずはこんにゃくに言ってみることで練習してみようと彼は考えたのだ。

「いい加減に…」

彼がこんにゃくに叫ぼうとしたところ、後ろから犬が吠えた。彼はびっくりして後ずさり、声を飲み込んでしまった。こんにゃくで練習した後は、あの野良犬に向かって叫ぼうと彼は心に決めた。


何も言えなかったのだ。彼女が嫌っているのなら、これ以上関係を続けるつもりも、必要も、その義務も、権利も、何もなくて、言葉だって、もう出てこなかったのだ。言ってやりたかったけれども、それこそ不毛なことで、何も生まない行為だと分かっていることを、改まってやるほど、お互いに暇でもなかった。執着はあったろうけれど、それにしても、あっさりとした、幕引きだった。

エンディングロールは、既に流れていたのだ。

彼はこんにゃくを蹴って、家路に急いだ。



(あとがき)
こんにゃくの柔らかさについて。

お題提供:追音 翠さん @hkn_voice




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