浸しの部屋
お題:雨の降る部屋


なぜこの部屋に雨が降っているかというと、それは水漏れしているからだ。
上の階から滴り落ちる雨粒のような液体に、彼の髪が濡れている。眼鏡を掛けた彼は右往左往したり、茫然としたり、寝転がったりして、そして叫んだ。

「うおぉおおぉお!?」

見ると彼の桃色書物が水浸しになっており、金曜日とタイトルの付いたグラビア少女が水も滴るいい女状態になっている。それにしても、しわくちゃだけれど。

彼は急いで近場にあったノートパソコンを避難させ、そして酒を飲んだ。昼間から飲むカルピスサワーは自堕落なのか健全なのか分からない。出しっぱなしのギターケースを片付け、彼は天に向かって叫んだ。

「誰だ上のやつううぅうう!?」

スマートフォンで天気予報を確認するが今日は雨ではない。彼の洗濯物も干してあるし、外には蝉が泣いている。日照りが続いている。夏だ。向日葵だ。お花畑だ。何が。いや、分からない。

彼は落ち着くためにキッチンに行きインスタントコーヒーの用意をすると、お湯を沸かした。やかんがことことしている。Tシャツが若干濡れており、何だか甚だ不快である。いまも上階からは水が垂れており、今日はずっとこれなのだろうかと心配になってくる。





お風呂に入っていた。そのはずだった。お湯を沸かして湯船に浸かり、今週の疲れを落とす予定だった。昼間だけれど。日曜日だし。お酒を飲むことも考えたけれど、昼間から酒を飲むやつはくそやろうだから、お風呂に入ることにしたのだ。しかし、テレビを付けてしまった。寝転がって、テレビを付けてしまったのだ。

目覚めると、顔が何だか冷たい。ぴちゃぴちゃと音がする。

「え…」

部屋を見ると、お風呂場から水が流れてきている。いや、溢れている。お風呂って溢れるものだっけか。彼女は実家のお風呂場を思い浮かべるが、ここは残念ながら実家ではなかった。大学の学生寮どちらかと言えばボロアパートであり、お風呂は全自動ではなかった。蛇口を捻るタイプであった。いやでも排水口が。そういえば。排水口は昨日詰まっていた。あまりにも掃除をサボりすぎたせいで、排水口には何か不穏なものが詰まっていたのだ。

そうこう言ってる間に彼女のお風呂は悲鳴をあげ、もうこれ以上飲めないよとのたうちまわり、口から吐き出された液体が彼女の家を侵食する。水漏れである。

「きゃあああぁあああ!?」


彼女は叫んで走り出そうとした瞬間、足を滑らせ、膝を打ち、そして顔を打った。





コーヒーを飲みながら落ち着こうと彼は椅子に腰かけ、スリープモードにしていたパソコンを開く。桃色動画でも観ながらひと休みすることにしよう。

しかしパソコンはうんともすんとも言わない、強制終了とかいう前に、画面が付かない。あれおかしいな電池切れかな。彼は後ろを覗くと電源ケーブルが抜けておりなんだと一安心してパソコンのスイッチを押す。しかし付かない。え、そんなばかな壊れてるはずはないまだ新品二週間のパソコンが壊れてるはずはないよそんなはずはない。だって新品二週間だぜ壊れてるはずがないじゃないか10万一括で購入したパソコンが壊れてるはずがないだろそんなはずは。

彼はひとしきり慌てた後、叫んだ。

「うわあああぁあああ!?」


彼の反逆劇が始まろうとしていた。いや反逆劇なんてそんな大層なものじゃない。ただパソコンを弁償してもらおう、それだけだ。保険? そんなもん知らん、弁償してもらおう。とりあえず、謝ってもらおう。とりあえずね、そうしよう。話はそれからだ。





遠のきつつある意識を奮い起こし彼女が立ち上がるとTシャツがびしょ濡れになっていた。水色のブラジャーが透けている。水も滴ると浮かぶ前に別にいい女ではないと否定し、お風呂の蛇口を止めた。

「ふぅ…」

これで一安心。一安心なのか。向こうの部屋まで濡れてしまった。これ大家さんに怒られるかな。大丈夫かな乾けば大丈夫かな。まあ夏場の日差しに任せてひと段落ということにして、お風呂にでも入ることにしよう。それにしても、なんか忘れてないかな大丈夫かな。あとでちゃんと、お部屋拭いておかなくちゃ。





階段を駆け上りながら、上のやつはいったいどんなやつなんだと彼は思った。きっと昼間からビールを飲んでるくそやろうなんだろうな。彼はカルピスサワーであるからいまだくそやろうではない。そういう手筈になっている。

彼は玄関の前に立ちインターホンを押す。

ピンポーンと音が鳴り中がパタパタとする。スリッパの音。いや足音か。

「すいませーん。下の者です」


玄関が開く。中から出てきたのは、下着の透けた女の子だった。





彼女はひと段落してTシャツを脱ごうとすると、チャイムが鳴った。いいや居留守を使おう。そんなことよりお風呂お風呂。

「下の者でーす」

下の者。下の者。下の者ってなんだ。え、これはまさか。水漏れ的な。そういうあれ的な展開なのか。そういうあらごめんあそばせ家のお風呂ちゃんがおイタを的な展開なのか。漏れたのか。


彼女は足をぺたぺたさせて玄関を開けた。





こいつはくろやろうだ下着を透かせて誘惑とはおっとそんなことを言ってる場合ではない。

「あの…」





こいつはくそやろうだ昼間から酒飲んでやがるないやそんなことより。

「ごめんなさいごめんなさい!」





雨が降ってきた。土砂降りの雨だった。夕立ちが辺りを濡らして、遠く向こうでは光が照らしている。湿った匂いの中で、世界が海に沈んでしまうような雨だった。

二階まで海に沈んだら、彼らの物語が始まる。



(あとがき)
雨が繋いだ、二人の物語。

お題提供:晴さん @a_ma_ga_e_ru_




[戻る]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -