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僕は蜘蛛でした。何時から蜘蛛だったのかは分かりません。雲だったらどんなに良かったかと思ったこともあるけれど、それはあくまで空想であって、やはり僕は蜘蛛であるのだから、蜘蛛として生きていくしかないのである。歩くとき、時々脚が絡まることがある。だから、僕は蜘蛛ではないのかもしれない。前世は二足だったのかもしれない。蜘蛛失格であり、まずは上手く歩くことが先決であった。

友達のバッタは、良く空を跳ぶ。一瞬ではあるが、飛んでもいる。羽があるのは大変狡い。私だって飛んでみたいと思ったことはあるけれど、糸で宙を舞うくらいで、飛んでいるとはとても言えない。勿論、傍目には浮いているように見えるけれど。

バッタの奴は緑色で、草に隠れているが、私は闇に隠れる為に黒い色をしている。それは活動する空間の違いで、彼らは草むらを、吾々は陰を移動する。こそりと移動する吾々に対し、彼らは跳びながら移動するのだ。ダイナミックな限りである。

友達の蝶は良く空を飛ぶ。紛れも無く空を飛ぶ。だから僕はそれを見て、美味そうだなあと思う。食べたいと思う。実際に食べる。卵だけ残して、親を食べる。

綺麗な羽を一枚ずつ剥ぎ取り、頭を齧る。首がもげる。胴を裂き、内臓を食べる。性器を弄り、汁を吸った後、残りは捨てる。彼女は、とても良い匂いがする。

糸を張って外敵を待つだけでは詰まらないので、たまには直接狩りに出かける。蝶に声をかけて食べさせてもらうこともあれば、下らない下衆の蝿や蚊を貪り食うこともある。

それは破壊衝動であり、また欲望や憎悪の発散でもある。

煌びやかなのは何時だって雄で、雌は彼らが必死で誘い光り輝き喜ばせるのを眺め、微笑み、優越に浸り、そして相手を選ぶのである。自分自身が喜ぶことしか考えていず、そして自らを飾るのもまた、自分の為なのである。


ある夜、雨が降っていて、街灯の影にぶら下がっていると、蜉蝣が側に止まりました。華奢な脚をしていて、ほそりと長い身体が美しい、美味しそうな虫でした。

「私はそろそろ死ぬのです」

彼女の口は退化して、とても物を食べるようなものではありませんでした。それは、飾りのようなものです。

「どこから来たんだい」

「ただ、子孫を残すためだけの生です」

彼女の寿命は長くて三日で、そのため食べ物を食べる必要すらないのだとか。成虫になるとすぐ、子を産むためだけに動くのだ。

「僕は君を食べたい」

彼女の脚は美味しそうでした。

「三日以内にお相手がいなければ、貴方の所に来るとしましょう」

彼女は飛び立ち、消えました。


次の日は、月の綺麗な夜でした。

彼女は街灯の側に止まり、しばらく休みました。

「どうだった?」

僕はそれとなく聞いてみました。

「最近の雄は意気地なしよ」

三日の命を、ただ飛び回るために使ってしまう雄がいるのです。

彼女は嘆くと、羽根を震わせました。

精気を失っていく彼女の身体は、退廃的で、また官能的でした。

目が死んでいるのです。

もはや何も見ていないかのようでした。

「考えたくても、それ以外のことは考えられないの」

彼女の声は沈んでいました。

彼女は暫く休んだ後、夜の闇に消えていきました。


最後の日、彼女は泣いていました。

それは美しい涙でした。死の前の、覚悟の涙でした。

「あなたにあげるわ。どうせ死ぬんだから」

彼女は小さな声で言いました。

僕は彼女の最後を看取りました。少しだけ、神様というものに祈ってみました。それがどういうものかは、知りません。

僕は彼女の羽根を一枚一枚、丁寧にもぎ取った後、端から、少しずつ食べていきました。

羽根の失った彼女の性器には、ほのり露が残っていました。準備だけして、雄のものを入れられなかった、彼女のそれに、手を入れて、少しだけ吸いました。

胴を裂き、彼女の心臓だけ、食べました。後は、そのままにしておきました。

頭を切り取り、齧りました。彼女との会話を、少しだけ思い出しました。


バッタはいつもの様に、空を跳んでいます。また飛んでもいます。気持ち良さそうです。僕も空を飛んでみたいと思いました。そうすれば、あの蜉蝣の気持ちが、少しは分かったかもしれない。


巣に帰ると、糸に蝶が掛かっていました。それは、いつかの蝶の子供でした。僕は彼女を、頭から齧りつきました。



(あとがき)
山椒魚に影響されて、短篇を書く一日でした。




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