ラゴン育成日記
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その日は見事な大雪で、一面が白に覆われていた。

荒れ狂う白い雪の中を、ドス黒い爬虫類が飛行する。

ドラゴン。それが、この世界の王者だ。





子どもの頃に見たコモドドラゴンは、恐竜時代の生き残りのような、だけど大きなトカゲのような、不思議な生き物だった。

僕は、もっと大きくてかっこいい生物はいないものかとよく思ったものだ。

僕の空想の頂点は竜である。龍とも書く。ドラゴンとも言う。

大きくて長くて尻尾が生えていて、背中がギザギザで、鋭い牙を持ち、かぎ爪で敵を切りさく。

黄色くて長く角が生えている。時には炎も吐く。それが、僕の空想の中の、竜という生物だ。





僕は中学校へ入ってからも、ゲームキューブやPS2を通して、画面の向こうの魔物を倒す。ゲームの世界では、よく竜が強大な敵として登場する。

だけど、それは恐らく天災のようなもので、ある意味防ぎようもないもので、強大な魔法や屈強な剣士にでもなれない限りは倒しようがない。その点で、竜は永遠の敵でもある。


たとえば目の前に強大な爬虫類がいたとして、人間は死の危険を感じるから、それは分かりやすい敵となる。

安直な敵だという前に、自らの命がかかっているからだ。

たとえば分かりやすい世界征服を企む悪の秘密結社というわけではなく、ただ巨大な、死の危険を持つ爬虫類は、ハチやクモやヘビに似て、人間の恐怖の対象になりえるだろう。





僕はカードゲームが好きで、よく友だちと一緒に対戦したりする。

カードゲームをするとき、僕は魔物を引き連れて、対戦相手のライフを削ろうとする。そのときモンスターは僕の味方で、対戦相手の持っている魔物だけが、僕の倒すべき相手だ。

僕の持っている魔物は僕の味方で、彼の持っている魔物は憎むべき相手なのだ。

あれ、竜は人類の永遠の敵じゃなかったっけ。いつから僕の味方になったんだろう。


そして僕は出会ったんだ。隣の空き地で、あの大きなタマゴに。





高校生になるとカードゲームは痛いやつのやるもので、相変わらずテレビゲームは盛んで、モンスターを狩るゲームが巷で騒がれたりしていた。相変わらず竜は人類の永遠の敵だった。

おれはあまりそういうゲームはやらないようになった。

たとえば考えてみてほしい。猫を飼っている人間が、猫を狩るゲームをやるだろうか。犬を飼っている人間が、犬を狩るゲームをやるだろうか。(まあ、人を飼っている人間が、人を狩るゲームはやるかもしれないが。)

それらは、非日常であることが担保とされている。つまり、ゲームの世界はある意味でファンタジーがないと成り立たないのだ。

おれにとって、竜はもはや非日常ではなくなった。

なぜなら、おれは竜を飼っているからだ。





こいつの背丈は最近ではおれと並んできて、衣装タンスぐらいの大きさになってきた。昔はごみ箱くらいの大きさだったのに。

初めてこいつのタマゴを見たときは、ああ、これが噂に聞くダチョウのタマゴか、美味そうだな食ってやろうくらい思ってたのに、中から出てきたのはドス黒い爬虫類で、なんだか肌はゴツゴツしてるし、タマゴから出てきてネバネバしてるし、潤んだ瞳でこっちを見るし、何だこの気持ち悪い可愛い生き物はと思って色々大変だった。

母ちゃんに話したらあら可愛らしいワンちゃんねえ、それにしても硬い肌ねえと言っていた。母ちゃんは目が見えないから。

餌は主に肉。それしか思いつかなかった。牛でも豚でもなんでも食うが、鳥が一番好きみたいだった。焼いてあると食わなくて、生肉のみ食べた。

そろそろ空でも飛べるんじゃねえかと思ってまたがってみたら案の定飛べた。部屋の窓が割れた。ごめん母ちゃん。





たびたび空を飛んでみて思ったのは空ってけっこう寒いなってことで、最近では少し厚着してから飛ぶことにしてる。

こいつはたびたび鳥を咥えたりするのでその度ご愁傷様と拝む。

そういえばそろそろ名前決めないとなあと思った。竜に名前をつけるっていう発想がなかった。

一瞬ドラちゃんという言葉が頭をよぎったが、それは完全にドラえもんなので駄目だ。何がいいだろう。

ケンイチでいいか。いや適当だけど。その日から、おれはこいつのことをケンイチと呼ぶようになった。





落雷に塗れて天空城に行ったり、竜巻に巻き込まれてオズに行ったりは聞くけれど、まさか大雪に飲まれて異世界に着くとは思わなかった。いやまじで。

その日東京は記録的な大雪で、おれは空から白い街を眺めようとケンイチに乗って飛んだら、風に流されて、気付いたらここまで来てしまった。

なぜここが異世界と分かるかというと、今目の前にティラノサウルスがいるからだ。

いや、ティラノサウルスじゃないかもしれないけど、ティノレックス的なやつかもしれないけど、とにかくなんで恐竜がいるんだよ。恐い竜っておまえ竜だったのか。まあおれも竜飼ってるからな、じゃあおれたち仲間だな。

ガオオオオオオオオオオォォォ!!!

ぎゃあああああああああぁぁぁ!!!


おれたち、つまりケンイチとおれは一目散にその場を逃げ出した。なんで飛んで逃げるっていう発想がなかったんだろう。

その時空から黒いものが降ってきた。え? プテラノドン? マジかよ勘弁してくれようおおおなんかクチバシがおいやめろケンイチをいじめるなああケンイチ翼が!!


おれたちは空から不時着した。ケンイチは翼を怪我した。





「大丈夫だった?」

おれはいま素敵なお姉さんに介抱されている。

未知の動物や昆虫がうろつく中で、しばらく歩くと植物に囲まれたファンシーな家を見つけたので、おれたちはお邪魔することにした。

「すいませ〜ん。だれかいませんか〜?」

だれもいないのかな。あ? 鍵が開いてる。失礼しま〜す。

わあすごいなこれ植物ばっかだな。薬草とかないかな。

ん? なんか音がするな。

奥か。水の音がする。

ガラララ。

これは…もしや…。

床には、脱ぎ散らかった服が落ちている。

扉を開けると、中で女の人がシャワーを浴びていた。

女の人はむこうを向いて、こちらに気がつかない。

時どき見える横乳がエロい。綺麗なお尻だな。太もも触りたい。

異変に気付いたのか、女の人がこちらを向く。目が合う。

「あの、どちらさまですか?」

「あ、えっと、あやしいものでは…」

「うしろにいるのは、竜ですか?」

「あ、そうだ、こいつ怪我してて、ケンイチっていうんですけど、手当てしたいんです」

「どうやって入ってきたの?」

「あ、鍵が開いてて…」

「違うわ。その竜よ」

「え?」

「この家には竜除けの薬草が置いてあるのに」

確かに、この家には、至る所に植物があるが、竜除け…。

「もしかしたら、種類が違うのかもしれません。こいつはずっとおれと暮らしてきたので」

「人間と…? 信じられないわ、そんなこと。竜は人を食うのよ」

「ああ、でもこいつは鳥が好きなんですよ」

シャワーの音が浴槽に響いていた。

「あ、すいません。帰りますね」

扉を閉めようとした。

「待って、手当てしてあげるわ」

いつの間にか彼女の全身が見えていた。

「薬草なら、たっぷりあるもの」





彼女によるとこの竜はしばらく飛べないだろうから、うちで休んでいきなさいと言われた。彼女の家族は、離れの村にいるらしい。ここは薬草採取の拠点で、彼女は度々ここに泊まりこんで、薬草を調達するのだとか。

「さっきは勝手に上がりこんですいませんでした」

「いいのよ。気にしないで」

彼女は下着のままで作業をしている。下着というか、薄い布一枚ずつというか。ここの人たちはみんなこんな感じなのだろうか。

「ここの家には、竜からのカモフラージュも兼ねて、家の外に竜の嫌がる植物を置いてあるの」

家の屋根にも壁にも植物が付いていて、カメレオンのような家だった。

「その子は大丈夫かしら」

彼女はケンイチの方を見る。

「あんまり嫌がってないので、たぶん大丈夫だと思いますよ」

恐竜の嫌がる匂いと、ケンイチの嫌がる匂いは違うのだろうな。人間と暮らしてきたせいかもしれないし、種族的な問題かもしれないけれど。

「ここの人たちは、みんな竜に対してどうしているんですか」

「お祈りをしたり、儀式をしたり、色々あるけれど、最近は必死で狩ろうとしているわ」

「勝てるんですか?」

「食われてばっかりよ」

どこの世界でも、竜は永遠の敵だった。



(あとがき)
竜と刀に青春の全てを捧げてきたといったら完全に過言である。でも竜は好き。




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