は猫である。名前なんかない
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鼻がかゆいのは今女の子が僕の下から猫じゃらしで僕の鼻をくすぐってるからだが、というかマジでなんだこの状況はおれ今日寝不足で頭働かないんだよやっとレポートも終わってひと段落してこれから猫カフェでフィーバーだぜとか考えてたらなんだ僕は猫じゃないぞ僕は猫じゃないぞ僕は猫じゃ…

「…ないぞ」

「え?」

「僕は猫じゃない」

「うん、知ってる」

「僕は猫じゃないし、君の猫だったことは一度もない。これからだってずっと僕は君の猫じゃないし、そもそも僕は人間なんだ。君の猫じゃない」

「だけどさ、私の猫は死んじゃったしさ、あなが猫になるのが当然の権利でしょ?」

「意味がわからない」

「ううん、分かろうとしないだけ」

彼女は僕の鼻の穴に猫じゃらしを突き刺したまま他の猫と遊びはじめた。


僕は彼女に拾われたんだ。どうしようもなかったんだ。僕はもともと死ぬつもりだったんだから。どこに行っても一緒だし、どうせもう捨てた命なんだ。


僕が死のうとした理由はそれは主に色々挙げられるけれど、とりあえず一つ挙げられるとしたら、今の僕はクラス全員からシカトされていてすでに居場所がないこと、そしてもう一つ挙げられるとしたら家族全員からシカトされてすでに居場所がないこと、妹からは死ねと言われてドアに指を挟まれたこと、それからさらにもう一つ挙げるとしたら最近彼女に振られてその別れ際の一言が「あんたクサイ」だったこと。主にこんなことが僕の死の理由として挙げられる。まあ色々溜まってはいたけれど、そろそろ限界だなと思った。

僕は走って戸田橋に駆け寄る。

欄干に上って、そして一瞬考えた。

川に落ちて死ねるのか?


「あんた死にたいの?」


後ろから声がして振り返った途端に、僕は足を滑らせた。そして川に落ちて行く。


目覚めたら僕は彼女の部屋にいた。

「あんたバカじゃないの」

ソファの上でどれだけ眠っていたのだろう。辺りはもう暗い。そして僕が首を起こそうとすると、

「うっ」

僕の首に圧迫感が、ひどい圧迫感があった。僕は首のところに繋がれた、そう、それは、首輪の存在に、気付いた。

「え?」

「あんた猫だから」

「は?」

「あんた今日からウチの猫だから」


そうして僕は猫になった。名前なんかない。





僕の一日はまず彼女を起こすところから始まる。彼女は大変低血圧なので寝起きが悪く、機嫌が悪いと僕はしょっちゅう蹴飛ばされる。蹴飛ばされるうちに彼女の体温が上がってきて彼女が目覚める。僕はいうなればサンドバックである。

次に僕がかかるのは朝食作りである。彼女は毎日パン派なので僕はトースターにパンをセットしてまたサラダを用意してそしてコーヒーを用意してスクランブルエッグを作る。目玉焼きでもよい。とにかくパンに合ったものを作る。そして彼女はめざましテレビを見ながら朝食を食べる。

僕はその間、昨日彼女が買ってきたポンデリング生を食べている。僕は可愛い食べ物しか食べてはいけない運命らしい。まあ、どうせ死んだ身だから、こればっかりはしょうがない。僕は自分の生についてあきらめている。

彼女が自分の部屋で着替えている間僕は彼女の食べた食器を洗っている。作るのから洗うのまで僕の仕事である。彼女がいってきますと言って部屋を出たときに僕の朝の仕事は終了する。

ちょっと待て。猫の要素どこいった。完全に家政婦じゃねえか。家政婦は見たじゃねえか。いやべつに何も見てねえよ。とにかくなんだこれ。おかしいぞ、おれは自分の命を捨てて命がけで家政婦になったのか。すごいなそれ、どんな等価交換だ。

「いや、元々死んでたんだ。何しても一緒か」

僕は口癖のように、魔法の呪文を口にした。





一日中家にいてもつまらないから、僕は彼女にiPhoneを買ってもらって、調べものをするようになった。高校はまあなんとか卒業したから、僕はそのまま通信制の大学で勉強するようになった。書類審査だけで入ったその大学は慶應だったのだけれど、なんといっても通信だしその難易度の高さに4年で卒業する人は少ないと聞いて、僕はしばらく部屋で寝転んでいた。ここはまあ猫みたいなものだった。

その間に僕はTSUTAYAでビデオを借りてきて映画を観るようになった。最近観た「あまりにもうるさくてありえないほど近い」は泣けた。

彼女は帰ってくるとまず僕の背中に乗っかって馬乗りにポカポカと僕の背中を叩いたあと、しばらく転がり、そして着替えだす。僕は買ってきた食材を材料に料理を作る。いつの間にか食材を調達するのも夕飯を作るのも僕になっている。今日の献立はシチューである。甘くてとろとろで美味しい。それは彼女の口の中のように。

彼女のベッドで一緒に寝るようになったのは僕が彼女の首輪に繋がれて二週間ほど経った頃だ。彼女の舌が僕の口の中に入ってきて頭がぼおっとして、その前に彼女のいい匂いに頭がくらくらして、そして僕はしばらく彼女の口をむさぼっている。

口周りがべとべとしてきたから僕は彼女の胸に口を移してしばらく揉んでいる。それはもうただひたすら。

僕はバックで犯すのが好きだ。背中の上から彼女の胸をつかんで、肌を寄せているときの温かさが好きだ。

そして僕は絶頂をむかえて、「なんだか猫みたいでいいなあ」と思った。





彼女の猫は彼女の夫に殺されてしまったので、僕は彼女の夫を殺した。

彼女の猫に変わって。

夫の死体は細かく刻んで食べた。

吐き気がしたので、残りはトイレに流した。

さよなら。

さよなら。





「てめえ誰だよ」

「彼女のペットです」

「おい、どういうことだよ」

「…」

「なあ、どういうことだっていってんだよ!」

彼はただ暴力的に彼女を殴り続けていた。

猫が死ぬ前に、きっと彼女は何度も殴られたのだろう。

彼女の身体はあざだらけだったから。

「人がいない間に浮気しやがって!このクソ女!!」

彼女の歯が飛んだ。

カラン。

もう無理だよ。

なあ、こいつ殺していいだろ。

僕は包丁を持って、彼の頭部を突き刺した。

ズサッ。

これは彼女の分だ。

辺りに激しく血飛沫が舞う。

彼女の白い服が真っ赤に染まっている。

ポタポタ。

そして彼の首すじを勢いよく切り裂いた。

ズシャア。

鮮血。それはもう鮮やかな。

部屋が真っ赤に染まった。

こいつは、猫の分だ。

世界の時が止まった。

そんな気がした。





「あっ…あっ…!」

切り裂かれた彼の死体をほおっておいて、僕らはしばらく抱き合っていた。

興奮から冷めた体温が恐怖を呼んで、それを温めるために僕らはひたすら抱き合った。もう全て忘れるくらいに。気が狂ってしまえばいいと思った。そのまま全て消えてしまえばいいと思った。

全部消えてしまえばいいんだ。





この狂った世の中でとっくに僕の居場所は見当たらなくて、だからといって彼女との関係ももう限界で、僕らはそのまま死ぬことにした。

最後の日くらいは私がやるよと彼女は夕飯の準備を始めた。

トントントン。

カタカタカタ。

出てきたのは豆腐の味噌汁にごはんにアジの開きという質素なものだったけれど、僕は味噌汁を飲んで涙が出た。


ゲームセンターでしばらくUFOキャッチャーをして遊んだ。彼女があまりに下手すぎて僕は笑った。

帰り際に撮ったプリクラは、あまりに目がでかくて、何だか人間じゃないみたいだった。

猫みたいだった。


僕らが二人で並んで欄干の上に立っていると、後ろを黒猫が通った。

「死んじゃうの?」

と黒猫は言った。

「ああ、居場所なんか、元々なかったんだ」

彼女は黙ったままだった。

黒猫はどこかへ消えた。

僕は彼女の手を握りしめる。

ほんの少しだけ考える。

本当に死んでいいのか。

やり直す道はなかったのかな。

もしかしたら、あったのかもしれない。

だけどもう、そのやり直す元気すら残されていないんだ。

いったいどうしたらいいんだ。

「君が猫になってくれて、嬉しかったよ」

彼女が笑った。

「だから、僕は猫じゃないって言ってるだろ」

「飛ぶね」

「ああ、飛ぼう」

彼女と僕は手を繋いで、飛び込んだ。

世界が反転した。





僕はこの世に一言だけ手紙を遺した。


「僕は猫である。名前なんかない」



(あとがき)

童貞の男の子がペットになる話だったのに、どうしてこうなった。




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